聖女に転生したみたいだが逃げ場がないので今すぐやめたい

紫雲 橙

第1話 転生?

「聖女様が、聖女様が産まれました!」


  意識が朦朧としている田宮空たみやそらの耳に聞こえてきたのはこの言葉であった。

 助産師は産まれてきた赤子の手を見て言った。

 その手には証が刻まれていたのだ。正式な聖女を表すレインボーローズという花の紋章。その紋が刻まれている者は、一つ前の代の聖女が力が尽きた後に産まれてくるとされている。それは文書にも記されていることであり、その掟ができてから一度たりとも途絶えたことはない。

 そしてどの代でも、一人だけしかその紋がある者は産まれてこない。つまり、今産まれた赤子が今代の聖女ということだ。

 助産師の言葉を聞いた親は大層喜び愛おしそうに赤子を見た。当の本人は内心混乱しているようなのだが。


(あれ?俺さっき仲間を庇って刺されたはずじゃ?なんか声が聞こえる……てか聖女って何?え、もしかして俺のこと?え、生まれ変わりというやつ?聖女ってことは今世女子⁈どういうこと⁈)


  頭の中は混乱で埋まっている。

 田宮空としての人生を終えたと思った次の瞬間自分が産声をあげている。

 戸惑い、驚き、怒り……あらゆる感情が田宮の中にあった。怒りというのは彼自身の心をのぞく方が早いだろう。


(抗争を仕掛けてきた人が俺の大切な人を狙ったの許せないし、なにより守るだけで自分が生きられる方法を判断できなかった俺自身に腹が立つ。彼らに悲しそうな顔をさせてしまった。最後まで共にいると言ったのにな……)


 そう、田宮は自分に怒っていた。大切な仲間を泣かせてしまった自分に。

 狙った者が悪いというのに、守ることしかできなかった自分に責任を感じているのだ。


 ここで彼の人生を語ろう。田宮空の人生は滑らかな道ではなかった。彼は血を注いでいるからとヤクザの組長になれと高校生の時に告げられた。

 嫌だと何度も断った。それなのに、教育係もつけられて強くなれとトレーニングさせられたり、幹部は必要だろうと同じ学校の同輩や先輩、刺客として来た人まで勝手に候補にしたり……散々な目に遭うことばかりであった。


 そしてある日気がついたのだ。

 今の自分の誇りが、勝手に決められたことで出会った友人であり仲間だということに。その仲間たちを守るには自分が組を継ぐしかないと。

 そうして田宮空は組長になった。


 どうせなるのなら先代の思いを汲み取り町を完全に守ることができる組織にしようと日々励んだ。

 一般人を巻き込もうとしている組や会があれば作戦を立て、なるだけ穏便に壊滅させてきた。

 始末書を書くなど大変なことも多かったが仲間がいるから頑張れると茨の道をも進んだ。


 しかし、そんな仲間と過ごせる毎日は突如終わりを迎えることとなった。


 組長が代わりあまり暴れることができなくなった構成員の不満が爆発し、組を裏切り別の組織と共に抗争を仕掛けにきたのだ。

 その数は急では対処しきれないもの。幹部たちが指示を出したことで組全体の混乱は免れた。

 それでも数は変わらないし、危害を加えないように対処するので田宮にとって苦しいことだった。


 危害を加えない。それは田宮が常日頃言っていることで大事にしていること。

 裏切った者はそのことを知っていたからこそ、数を引き連れてやってきたのだ。

 田宮が仲間を大切にしていることも、幹部を特に大切にしていることも知っていた。

 だから、弱点をつけたのである。


 その弱点とは田宮が最も大事にしていた彼の右腕という存在の男を狙うこと。田宮という男には自分が懐に入れた人間を絶対に守り、誰にも手出しをさせないという強い意思があるからだ。

 それこそが彼の最大の強みであり弱さでもあった。


 右腕が強いのが分かっていても不意打ちには対応できないだろうと咄嗟に身体を動かしてしまった。

 自分がどうなるのかも考えずに行動して庇った。 行動して腹部に痛みが走ったところで田宮は自分が判断を間違えたことに気がつく。


((徹夜してからの急な抗争じゃ判断も間違えるか……あとのことはきっとみんながなんとかしてくれる。俺はもう無理だ。……最後にありがとうって口で言いたかったな。ついてきてくれてありがとうって、俺も組長と言ってくれてありがとうって……でも、もう声が出ない。俺が倒れて泣かせてしまったことも謝れないんだなあ。みんなとまた笑い合いたかった、な……))


  心の中で仲間を思い浮かべて目を閉じた。

 享年四十五歳。これで彼は田宮空としての人生を終えた。

 だというのに、また産まれている。再びごうを背負って。

 田宮は生まれ変わったとしても業を背負う運命にあるようだ。


 彼は聖女として人生を歩んでゆくことになる。彼はもう彼女となったのだった。今、名も決められた。


「この子の名はチェーロ。きっと素敵な人生を辿ることになるわ」


  名を授けられたことによりこの世界での居場所が完全に作られた。田宮空はチェーロとして完全に生まれ変わったのだ。


(後悔したままだとあいつに怒られそうだ。どうせなら今世は平凡に暮らしたい)


  チェーロは後悔しないようにした。今は自分のそばにいない教育係にどつかれそうだと思ったから。

 そして、平凡に暮らしたい。そう思っているようだがその願いが叶うかどうかは今後の行いにかかっている。


 彼女がこれからどのような行動をしていくかどうかは神のみぞ知ることだ。

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