第22話 フワリンのほしいものですか?

 みんなでせんべいを食べたあと、モニークの弟妹たちはフワリンとカピバラのショコラを追いかけて遊んでいた。フワリンは飛べるし、ショコラの固有魔法は高速移動だ。ちょっとやそっとじゃ捕まえられないから楽しいのだろう。

 

「トットは遊びに参加しないの?」

 

 トットは窓辺で日に当たりながら「にゃーん」と鳴く。参加する気は無さそうだ。

 コアラのスイミーはずっとモニークの腕に装着された革のベルトで支えられて寝ている。いつ起きるのだろう。

 

「そういえば、スイミーの爪。かなり鋭そうだけど痛くないの? なんか食い込んでるように見えるんだけど」

 

 出会った時から疑問に思っていたことをモニークに聞いてみると、「全く痛くない」と返ってきた。スイミーはまるで赤ん坊用のだっこ紐のような革で体を固定されでいるが、モニークに手でしがみついている時がある。見ていて鋭い爪がとても痛そうだと思ったのだ。

 

「普通だったら痛いんだろうが、私は身体強化を頻繁に使わないと、魔力が体内に溜まって体調が悪くなるから……スイミーの爪が食い込む部分を強化することで、痛みを感じなくなるんだ。私の魔力が溜まってきたら、スイミーは爪を立てて教えてくれているんだと思う。だから相性のいい使い魔を召喚できて、ソレイル神には感謝している」

 

 眠っているだけに見えるスイミーが、そんなことをしてくれていたなんて驚きだ。使い魔は基本的に相性のいいものが召喚されるというが、モニークとスイミーの関係は他と比べても理想的だなと思う。

 そんなことを考えていると、モニークが深刻そうに問いかけてきた。

 

「なあクリスタは、聖女様のことをどう思っているんだ。私は昔からこの体質の研究のために神殿に連れていかれて、聖女様ともよく会っていたんだが……私が妹がいるのだと言うと、羨ましいと言っていた。自分は妹と会えないからと。聖女様はとてもいい方だよ。親の目がない学園でも、仲良くできないのか……?」

 

 なるほど、考えてみればありえる話だった。

 魔力循環不全が不治の病と言われるのは、聖女の使える治癒の魔法を使っても治せないからだ。治癒の魔法は要するに、身体を正常な状態に戻す・・魔法なのだ。先天性の疾患は治せない。

 普通なら聖女と魔力循環不全の患者が会う事はないが、モニークは特別だ。一度「奇跡の子」と聖女の能力を掛け合わせる実験をしてみたいと、神殿が思っても不思議ではないだろう。

 私が口を開こうとすると、キャンディが会話に割り込んでくる。

 

「モニーク。クリスタが聖女様に近づかないのは自衛のためだよ。聖女様からじゃない、貴族たちから身を守るため。平民は聖女がどれだけ今の貴族にとって危険な存在か知らないでしょ」

 

 それをモニークに言ってしまっていいのだろうかと私は思ったが、キャンディはゆっくりと語り始めた。 

 

「今の王弟と王。つまりクリスタのお父様とその兄は、昔どちらが王になるかで争った。表向きは真っ当な戦いだったけど、裏ではたくさんの血が流れたの。今の王様が勝って王になって、貴族社会も安定したと思われた矢先。王弟の家に聖女が生まれてしまった。王は王弟が聖女を足掛かりに神殿を味方につけて、王の座を奪いにくることを恐れているの。だから自分の子である第二王子を聖女と王命で婚約させて、聖女も今の王室に取り込もうとしている。この戦いの要は聖女の存在なの。クリスタはただでさえ庶子で立場が弱い。聖女と仲が良いなんて広まったら確実に色々な争いに巻き込まれる。特殊な使い魔も召喚しちゃったから、余計にね」

 

 そう、キャンディの言う通り。私は姉と離れていた方が安全なのだ。私が意図的に姉と距離をとっていても、父はなぜか何も言わない。将来は私を姉の侍女にすると言っているのに、今は何も言ってこないのはなぜかわからないが、逃げられるうちは逃げていたい。国取り合戦に巻き込まれるのなんかごめんだ。

 モニークは口をあんぐり開けていた。

 

「ご、ごめん。そんな事情だと知らなくて……貴族って大変なんだな」

 

 黙って話を聞いていたレヴィーが苦笑する。

 

「うちもキャンディの家も中立だからね。クラスのグループも大体王派と王弟派と中立派に分かれているよ。先生がそうしたんだと思う」

 

「あたしがクリスタに一番に話しかけたのは、中立派として特殊な使い魔を召喚しちゃったクリスタが、どっちかの勢力に取り込まれるのを避けたかったから。……モニークは嫌だろうねこんな話。でもあたしもクリスタも、お互いの思惑なんてわかったうえで友達になったの」

 

 モニークは茫然としているけど、それくらい貴族社会は面倒くさいし陰湿だ。そんな中で、よくこんな穏やかで楽しいグループを組めたと思う。先生には感謝しないと。

 

「どうしよう。これからの学校生活が不安になってきた」

 

 青い顔をして言うモニークに、キャンディが笑う。

 

「大丈夫、サード家もレヴィーのノーム家も、中立派の中でも影響力が強い家だから。何かあったらちゃんと守るよ!」

 

 そのとき「へぷー!へぷー!」と、フワリンの歓喜のおたけびが聞こえた。みんなで慌ててフワリンの元に行くと、モニークのお父さんが持っている、金属製の箱のような物に夢中になっていた。

 

「一応大きめのと小さめの、ニ種類作ってみたが、これでいいのか?」

 

 モニークのお父さんの問いにフワリンは「へぷっぷ!へぷぷー!」と言った。「最高だぜ親方。これをそれぞれ二十個ずつ作ってくれ」と強い思念が頭に流れ込んできた。

 いつもは私以外にテレパシーを送るのは疲れるからとやらないのに、今日はモニークのお父さんにも能力を大盤振る舞いだ。それだけ興奮しているのだろう。

 

「すみません、うちのフワリンが……」

 

 ただでさえ急いで作ってくれたのにそれを大量に欲しいだなんて、わがままが過ぎるだろうと謝罪すると、モニークのお父さんは笑って言った。

 

「かまわねーよ。鉄板を箱型の器にするだけならそんなに時間はかからねぇ。むしろ毎日料理を作る方が大変だろうよ。明日の放課後までには完成させて家に届けるよ」

 

 フワリンが「へっぷー!」と小躍りしている。この金属の箱は何に使うものなのだろうか。謎である。

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