第6話 菌類ってなんでしょう?
「お財布よし! 袋よし!」
従魔召喚の翌日、私は真剣に持ち物の確認をしていた。「へぷ! へぷ!」とフワリンも一緒に確認してくれている。
今日は学校に入学する前のお出かけ練習をするのだ。先生は最初一人で出かける練習をさせるつもりはなかったみたいなのだけど、昨日色々実験してみて、フワリンの空間魔法の容量が人間十人くらいなら余裕で飲みこめる広さだと判明したので許可してくれた。
ちなみに亜空間の中では時間も止まるらしい。これはお湯を飲み込んでもらって判明した。数時間たっても熱々のままだったのだ。
「いいですか。フワリン。クリスタお嬢様に危険がせまったら、すぐにその空間魔法を使ってください。空間魔法で作り出した亜空間の中は時間が停止する……お嬢様に危害を加えようとした人間をすかさず飲み込むのです。そうすれば、そいつらはもう何もできません。そのまま兵士の詰め所に連行してください」
先生に言われたフワリンは「へぷ」と反発することも無く頷いた。なんだかんだ生意気だけど、私を守ってくれるつもりはあるみたい。これだからフワリンは憎めない。
「よし、フワリン。いっぱい買い物するよー!」
私たちは意気揚々と街に出る。事前にフワリンに台所を見せたので、足りないものを買い足すつもりだ。フワリンの台所探索は長かった。途中「へぷへー」と鳴きながら台所をごろごろ転がったりしていたので、買い足したいものがたくさんあるのだと思われる。
使い魔は主の能力やきずなの強さに応じて成長するし、強くもなる。まれに新たな能力を取得して、外見が変わることもある。これは他の魔物を食べた魔物にも起こる現象で、キメラ化と呼ぶ。
召喚して一日たって二人の力が馴染んだのだろう、フワリンが私の頭の中に映像を送るのに、フワリンが力むことはなかった。ただ瞳を七色に光らせるだけで、映像が送られてくる。
フワリンが送ってきた映像は、昨日の小麦屋だ。米を買い足したいと思っているのかもしれない。しかしフワリンがその店で買ったのは、米と小麦と小麦粉だった。
こっそりと買ったものをフワリンの口の中に放り込んで、市場を散策すると、フワリンが次に目をつけたのは豆屋だった。そこで白くて丸い大豆を見つけると「へぷー!」とフワリンは歓喜のおたけびをあげた。大量に欲しかったらしく、お店の大豆を買い占める勢いで買うはめになった。
店主さんに持って帰れるのかと心配されるくらい買って、お店を出てすぐフワリンに飲み込ませる。
「……フワリン。もう予算が少ないよ」
私が財布の中身を見せると、フワリンは考え込んでいた。「へぷ」と鳴くと、少量の卵と野菜、チーズなどの日常的な食材の買い物に切り替えてゆく。なぜかトマトだけはまた大量に買っていた。
……もしかしたらフワリンは、お金の価値を理解して計算しながら買い物してるのではないだろうか。さっきから食材ごとに一番品質がよくて安い店を探して買っているように思う。その証拠に、一度入った店に戻ることもあった。そして店主が横柄な店には二度と入らない。
「なんかフワリン、買い物し慣れてない?」
買い物初心者の私はフワリンについてゆくことしかできない。「へっぷー?」とフワリンは誤魔化すように鳴いた。フワリンは使い魔なのに、なんだか反応が人間じみている。
……まあいいか。フワリンは特別な使い魔なんだ。
「ちょっと待って、フワリン。これ、買うの?」
最後に来たのは陶器の食器などを売っている店だ。先程から食品ではないものが売っている通りを歩いているとは思っていたが、せっかくの初めてのおつかいだから色々見てみたくて、気にしていなかった。
フワリンが食い入るように見つめていたのは巨大な水瓶だ。私の背丈と大きさが変わらない。
「ちょっと待って、高すぎるよ。お金が足りない」
今日持たされたお金と同じくらいの金額だ。「へぷ」と残念そうにフワリンが鳴いた。
「もう帰ろう。水瓶ならもう一つくらいは倉庫にあるかもしれないし、ちょっと小さいけど壺もいくつかあるはずだから」
そういうとフワリンは「へっぷ」と嬉しそうに鳴いて私の腕の中に戻ってくる。今回は一体何を作るつもりなんだろう。大量に買った大豆やらトマトでいったい何ができるのか、楽しみだけど怖さもある。
家に帰ると、早速私はフワリンに背を押され料理をすることになった。先生に水瓶の予備がないか確認して持ってきてもらうと、フワリンは喜んだ。
そして寸胴に逆さにしたボウルを入れて、その上に深いボウルを乗せる。フワリンの見せる映像のままにやったけど、この意味不明な調理法はなんだろう。
上のボウルに買った大豆を入れて、布をかける。寸胴には水を入れて、蓋をして火にかけた。ちなみにこの公爵家の別邸は、私が住む前は使用人の宿舎として利用されていたので大きな調理器具はたくさんあった。
そしてそれを火にかけている間に買ってきた小麦を炒って、炒ったものを砕いた。ますます何をつくるつもりなのかわからない。
しばらく何度もこの作業を続けると、謎の調理法で柔らかくなった大豆と炒って砕いた小麦で水瓶がいっぱいになった。
その頃には私はもう疲れ切っていた。もう少しも手を動かしたくない。
フワリンは「へっぷー! へぷ!」と大喜びだ。フワリンが水瓶の中を覗き込んだかと思ったら、フワリンの魔力が大きく動いた。「へっぷー!」とフワリンが叫ぶと、目が七色に輝き、大きく開けた口からなにか気持ちの悪いものが出てきた。
「え? 何? カビ……?」
水瓶の中に大量のカビのようなものを吐き出したフワリンは「へっぷ!」と鳴いて私に突進する。「混ぜろ」と言っている。
「え? 混ぜるの? 待ってこれ食べ物だよね? 今フワリン何したの?」
なんだか誇らしそうに目をかがやかせたフワリンが「へぷ」っと鳴いた。「菌類生成」という言葉が思い浮かぶ。ちょっと意味がわからないけど、フワリンの能力みたいだ。
さすがにこの大きな水瓶の中身を混ぜる体力はなかったので、先生にお願いした。
「菌類生成ですか……フワリンが出したものはチーズの表面のようにも見えますし、似たようなものなのではないでしょうか? なんにせよ、このまましばらく寝かせておくのでしょう? 完成品を見てから、食べられるか判断しましょう」
そう、これはフワリンいわく半年は寝かせるものらしいのだ。先生は棒を使って、水瓶の底から丁寧に混ぜてくれている。
フワリンは「へっぷー! へっぷー!」と歓喜の歌を歌っている。こちらの不安をまるっと無視して、実に楽しそうである。
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