嘘はクリームで蓋をする。

月野 咲

嘘はクリームで蓋をする。

 袖の中に風が迷い込んだ。

 赤黄色の風景が肌を冷やした。

 シャツだけでは寒いからクリーム色のパーカーを上に着る。ハルトは制服にパーカースタイルが好きって聞いたから今年からそうすることにした。

 お昼休みから10分ほど経って彼は一人になった。教室から出ていったので、後ろから静かに追いかける。

「わっ」

 肩を叩くと、彼は少しだけ飛び上がった。

「おお、びっくりしたー。ひまりか。どうした?」

 優しく微笑む。笑顔を見ると私まで頬が緩んでしまう。初めて見た時から胸にバババンって撃ち抜かれるような感覚がした。これでハルトに惚れない人はどうなってんだ!、って突っ込みたくなるけど、ライバルは少ないほうがいいから誰にも言わない。

 好きな人の魅力を伝えるなんてありえない!

「土曜日って空いてる?」

 上目遣いでねだるように彼に言った。私の身長は156cm程度で彼の方が20cmくらい高いから少しだけ背伸びする。

「土曜日? ちょっと待ってな」

 彼はスマホを取り出す。数回画面をタップして2回くらいスクロールした。

「空いてる」

 やったっていう歓声がつい漏れそうになる。体が少し浮き上がる。

「もし、よかったらなんだけど、遊園地行かない? 今まで行ったことなくて行きたいんだけど」

 控えめな口調で彼に言った。

「え、面白そう。行こう行こう。めっちゃ楽しみ」

 笑顔をはじけさせてから彼は続けた。

「ゆうか誘った?」

 私と二人では遊んでくれないんだってわかると、アイスクリームが零れ落ちた時のような気持ちになった。

 ハルトとゆうかが二人で遊ぶことも、二人で通話してることも知ってる。ゆうかが教えてくれるから。

 ゆうかは私がハルトのことを好きだとは知らない。ゆうかがハルトを好きと言ったことない。でも、絶対に好きだと思う。彼のことを話している時のゆうかの顔はいつもより得意げで、声のトーンもいつもより高い。

 それだけで私にはわかる。彼らの中で特別を共有しているってことは。

「あ、ごめん。まだかも」

「かもってなんだよ。じゃあこっちから誘っとくわ」

 彼は笑いながら言った。彼の笑顔が大好きなのに胸が痛くなった。


 土曜日。駅集合になった。彼が好きなビッグサイズのパーカーとワイドデニムパンツを着てワンポイントにイヤリングを付けた。

 駅にはすでに二人とも来ていた。ハルトの格好は秋用のニットに黒のパンツ。ゆうかの格好はロングスカートに灰色のネックタートルだ。

 二人とも家が近いから一緒に来たんだろうな、と推察してしまうと、足取りが少しだけ重くなった。私はゆうかに勝てるのかなと考えてから足元にあった石ころを蹴飛ばした。

 バスに乗って遊園地に着いた。遊園地の受け付けは長蛇の列だ。ハルトは俺だけ行くよと言うセリフは言わない。誰でも言えそうなかっこつけるようなことは言わない。言っても私は好きだな〜って思うんだろうけど。


「とうちゃーく」

 ゆうかが背伸びをして解き放たれたかのように空に投げた。

「まず何に乗る?」

 ハルトもテンションが上がってるのか歩くスピードが速い。

もちろん、私はゆうかのことも大事に思ってる。でも、今この瞬間だけはハルトだけを望んでる。ハルトのことだけしか考えたくない。

「ひまりはジェットコースター乗りたい!」

「良いじゃん」

 私の提案通りに最初に室内ジェットコースターに乗った。席は私とゆうかが隣でハルトが後ろの席に座った。ハルトの隣に座りたかったけど、ハルトは自ら後ろに座りにいった。

 彼の優しさ。知らない人と隣同士になるのは嫌だろうからと後ろに座ってくれたんだろうと思う。私たちが恋敵であることなんて彼には全く分かっていないんだろう。だって、すぐにゆうかを誘ってしまうようなわからずやなんだから。

 もっと私が意識させたら……次に来るとき彼は隣に座ってくれるんだろうか。

「ジェットコースターなんて乗るの久しぶり」

 ゆうかは楽しげな声で言った。

「へー」

 彼は後ろから声を出した。

「最後に乗ったの小学生の卒業してからの春休み以来かも」

 再度私が相槌を打とうとした時、彼女は続いて声を出した。

「ねえ、ハルト? あのときの遊園地覚えてる?」

「家族同士で行ったやつだよな?」

「そうそう。あれ以来だー」

 彼らは楽しそうに思い出を語った。

ああ、ずるいな。私の知らないハルトを知ってる。嫉妬心が溢れる。嫉妬に塗れて顔が歪んでしまっているかもしれないからハルトの方は向かないで前を向いた。正面から当たる風が気持ちを拭う。

「ひまりはいつ以来?」

 ハルトが私にも話題を振ろうとした瞬間。

『―では空の旅をお楽しみくださーい』

 アナウンスをキャストが楽しそうな声で言った。

 ガタガタという音が大きく鳴る。景色が広くなっていくのに私の心は狭くなっていく。

「ほら。もう始まるよ」

 彼の質問を合法的に無視した。

 暗くなっていく視界が私の心の小ささを見せてくれているようだった。


「おもしろかった。次は何にする?」

 テンションが上がったのかハルトは声を大きくする。彼はニットの袖をめくった。

「私はメリーゴーランド行ってみたい」

 ゆうかが先に声を出した。一歩出遅れた。左端で話を聞いていたから反応が遅れた。

「メリーゴーランドって小学生?」

 ハルトはゆうかに対して意地悪な言い方をした。私にはそんな意地悪を言わないのに。意地悪を言う彼の口元はニヤリと動いていた。

「うるさい」

 ゆうかは目を細めて彼に対して怒ったような表情をする。それをみてハルトはあははと笑った。

「ひまりはどう?」

 ゆうかはこちらに聞いた。

「メリーゴーランドもいいけど、あそこでやってる劇はどう?」

 私にもハルトに笑顔を見せて欲しかったからお道化た。予想通り彼は私に対して笑いかけた。

「ひまりも小学生仲間じゃん」

 彼の笑顔を補給すると私まで笑顔になった。


 メリーゴーランドはここから数十メートル歩いたところにある。

「あの遊園地ってまだ残ってるか知ってる?」

 ハルトはゆうかに問いかける。固有名詞が出て こないから私は一切混ざれない。

「まだ残ってるんじゃない? 遊園地ってそんな無くならないもん」

「あれ面白かったなー。ほら覚えてる? ひまりがアイスクリーム落として泣いてたの」

「覚えてるよ」

「泣き止んでもらうためにアイスクリーム嫌いって嘘ついてひまりにあげたの今でもおぼてるわ」

 二人で盛り上がっている間にメリーゴーランドの場所に着いた。風がびゅっと吹いて体が震えた。風の向こうでハルトとゆうかの二人の姿が見えた。私だけが風で取り残されたみたいだった。一枚のイチョウが私の前に落ちてきた。

「ごめん。二人でのってきてくれない?」

「え、なんで!?」

 ゆうかは驚いた顔でこちらに向いた。

「メリーゴーランド乗ったら気分悪くなっちゃうから二人で乗ってきてくれない?」

 彼らの話を聞いていると彼を好きになってしまった私は間違ったのかな、って感じてしまった。

 でも、好きな気持ちは間違いじゃない。

 太陽の光に当たって目を細める彼はかっこよくて、今も好き。

 体調が悪くなったらハルトは心配してくれると思う。もしかしたら、ゆうかのことを放置してこっちに構ってくれるかも。それで、ゆうかも文句を言わないと思う。ゆうかが優しいことを私は知ってる。

「でもひまりが楽しめないならだめだよ」

 ゆうかは言う。ゆうかは優しい、嫌われるような女になるのが怖くなる。

「いいのいいの。楽しんでるのを見るのも好きだから。行ってきて」

 穏やかに言う。

 私が言っても、ゆうかはまだ申し訳なさそうに顔を伏せる。

「ゆうか、早く乗ろう」

 彼は私のことを思ってか、ゆうかを誘ってすぐにメリーゴーランドに乗り込んだ。彼らは二人で同じ乗り物に乗った。シンデレラが乗っていそうな馬車の中に二人して乗り込む。

 思っちゃいけないって自分で分かっているのにどうしても頭の中に流れるのはお姫様と王子様の様子。二人とも美男美女だから頭から消えない。

 二人は楽しそうに笑ってメリーゴーランドは回る。二人が近くのベンチに座った私に手を振る。精一杯の笑顔で手を振り返す。見えなくなったら手を降ろしてため息を吐いた。

 心の中がぐるぐると回る。まるで目の前で回るメリーゴーランドみたいだ。楽しい思いばかりだったらいいのに、私の心の中で回るのは考えるだけで枕に目をふせたくなるようなものばっかり。

 あー、辛いな。無理してメリーゴーランドに乗ればよかったかな。色々と考えているとメリーゴーランドは止まった。

彼らは帰ってきた。

 楽しそうなのにその中に申し訳なさを感じさせる顔でゆうかは帰ってきた。

「……楽しかった?」

 私はゆうかとただの恋敵じゃない。ゆうかの友達でもある。卑劣に自分も楽しくなさそうな顔してゆうかに罪悪感を与えるようなことをするのはできない。

「楽しかった。な?」

 私の質問にハルトは答えてゆうかに聞いた。

「そうだね」

「次はどこ行くか。最後は俺だもんな。うーん、何にしようかな。もう一回ジェットコースターはどう?」

「えー、また?」

 ゆうかは笑った。少し気まずそうな笑顔さえ可愛らしい彼女に嫉妬した。

 

 ジェットコースターに乗って、時間はもう17時過ぎになった。

「そろそろ帰るか」

 彼は言った。私はまだ帰りたくなかった。このまま帰ったら気持ちが抑えきれずに家に帰って、ベッドに寝転んだら泣いてしまう。

「ちょっとだけそこで休憩しない」

 だから私はテーブルと椅子が置かれた休憩スポットを指さした。そしたら二人とも了承したのでそこに座った。

「ちょっと疲れた?」

 彼は私の顔を覗き込んだ。見つめると顔が赤くなってしまいそうで目を逸らした。

「大丈夫?」

 倣うようにゆうかもそうして私の肩に手を置いた。

 二人とも優しくしないで。泣いてしまう。私も優しくしてしまう。

「大丈夫。ちょっとだけ気分悪くなっちゃってたのかも」

 ゆうかの方は向かないで気分の悪いふりをした。

「そっか。じゃあ飲み物買ってくる。二人とも座っといて」

 そう言って彼はテーブルを離れた。

「疲れたね」

 ゆうかは椅子にもたれかかる。鞄を机に置くと重みで声を鳴らした。

「でも、楽しかった。ゆうかも突然誘ったんだけど、楽しかった?」

「もちろん。ごめんね。酔いやすいって知らなかった」

「いいの」

 カップルの声が聞こえてきた。聞こえてくる猫なで声に将来を想像する。腕を組んで歩いているカップルは太陽の光に照らされていた。その姿に私は投影できない。

「ねえ、本当に大丈夫?」

 そして彼女はまた質問した。訝しげな顔して私の顔を覗き込む。

「全然なんでもないの。飲み物私も取ってくる」

「じゃあ――」

「荷物見といてくれない? ごめんね」

 彼女の返答を待たずに離れて、彼の元に向かった。彼の大きな後ろ姿は太陽の光を受けていた。

「こっちきたの? ゆうかと喧嘩でもした?」

「殴り合いしちゃった」

 彼の冗談に冗談で返す。

 彼は飲み物3つとアイスクリームを一つ注文していた。――あの時言ってたやつだ。

 ふふふと軽く笑った。

 ああ、だめだ。

 好きだ。

 気持ちを抑えられないよ。

「だいぶ治ったっぽいね」

 優しい笑顔で私のことをよく見てくれてる。その事実でもう私の気持ちが溢れる。彼の横顔と私たちの腕に太陽の光が当たる。

 流れてくる音が聞こえてこないために耳に手を当てた。

「次は……二人で、遊園地行きたいな」

「え」

 ひどい女。

 お待たせしました、と言って店員が出したアイスクリームを彼の前に差し出す。それを勝手に奪い取った。

 彼の顔を見ないでゆうかの元に戻った。ゆうかは驚いた顔をした。

「あれ、どうしたの?」

「アイスクリーム一緒に頼んできた」

 自分のもてる無邪気な顔で言った。

 斜陽が私の右頬を叩いていた。

 彼は帰ってきた。まだ戸惑いの顔が残ってる。ゆうかはそれに気づいているのだろうか。気づいているのなら、なんでそんなことになったかわかるだろうか。

「楽しかったなー」

 私はアイスクリームを落とさない。

「そうだ……ね」

 彼は戸惑っていた。

 私も少しだけゆうかに追い付けただろうか。

 やっと、私もハルトと二人だけの秘密ができた。


 彼に流れる秋色の風は私色に染めてあげる。

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