5-3
その日の夜、駿の家で夕飯を終え、いつもはない小さな弁当袋を手に、美生は静かに決意を胸に、家路を歩いていた。
家に着くと、いつもは鍵がかかっている筈の玄関の鍵が空いていて、そのまま玄関に入り、茶の間に向かうと、そこにはお父さんが居た。
「お父さん、ただいま。今から夕飯準備するから、ちょっと待ってて」
「おかえり、お父さんも準備手伝うよ」
「お父さんは仕事で疲れてるんだから、休んでいて」
「分かった」
持ってきた料理などを温めたりした後、お父さんに料理を出す。
「美生、また料理の腕上げたね。生姜焼き凄く美味しい」
「ありがとう、夕飯の買い物の前にお父さんが帰って来る事を知れたから、お父さんの大好きな生姜焼きにしたの」
「今のお父さんにとって1番の楽しみは美生の料理を食べる事だよ」
「そんなお立てても何も出ないよ」
「でも、仕事の関係とはいえ、帰ってくるのが遅い時間ばかりなのとたまに帰って来れない日があるのはごめんな」
お父さんが顔を顰めながら、話した。
「お父さん、夕飯食べる時にそんな暗い話しないの。私も高2になったから、1人で家に居る事なんてへっちゃらだからさ。それに夕飯は駿君や結ちゃんと一緒に楽しく食べているし、私は凄く幸せだよ」
「そ、そうか…」
夕飯を食べる時間は別々であったが、お父さんとたわいのない会話をするこの時間は駿君達と夕飯を食べている時と同じくらい楽しかった。
お父さんが夕飯を食べ終わり、宿題などを終わらせた後、覚悟を決めて、お父さんに話しかける。
「お父さん、ちょっと良い?」
「良いよ」
「私も来年で高3になって進路を決めなければならないでしょ」
「確かにね、美生は成績が良いから良い大学からの推薦貰えるんじゃないのかな?」
その言葉を聞いて、お父さんは自分に良い大学に行ってもらって欲しいのだと思い、複雑な気持ちになる。
「私ね——パティシエになりたいの」
「パティシエね…」
そう言った後、お父さんは黙り込んでしまう。その沈黙が怖かったが、逃げずに話し続ける。
「私が小さい時にお母さんとお出掛けした時に食べたプリンがあって、そのプリンが今でも忘れられないくらい美味しくて、私も作りたいと思った。それから、中学生になって、おばあちゃんとプリン作りの練習するようになったんだけど、最初はなかなか上手く行かなかった」
「あの時、毎週のようにおばあちゃんの家に行ってたのって、そういう事だったんだな」
「うん。でも、何回もやっていくうちに、上手く出来るようになって、中3になる頃には1人で美味しいプリンを作れるようになった。1人で作れた事も嬉しかったけど、それ以上にここまで試行錯誤して辿り着くまでの過程が楽しかったし、このプリンを色んな人に食べてもらいたいなって思った。それが私がパティシエになりたいと思ったきっかけだった」
とにかく、真剣にパティシエになりたい理由を話したが、お父さんの表情を見るに、自分よりも真剣になって、話を聞いているように見えた。
真剣に向き合ってくれるお父さんの為に、更に思いを告げる。
「高校に入学してから、パティシエになる為にどんな進路を歩めば良いのか調べていたら、市内に製菓専門学校がある事を知ってね。私、そこの学校でお菓子作りを学たい」
言いたい事を全て告げた後、お父さんは険しい表情で考え始め、再び沈黙の時間が流れ始める。
「駄目かな…」
望み薄だと思い、諦めかけたように話すと、
お父さんが話し出す。
「う〜ん、お父さん的に美生は成績が優秀だから、偏差値が高い大学に行って良い就職先に内定出来れば、美生の将来の為にもなると思うし、親としても安心する」
期待を裏切ってしまった事に、心が張り裂けそうな気持ちになる。
「でも、それはあくまでお父さんの願望であって、大切なのは美生が何をやりたいかなんだよ」
「お父さん…」
「だから、どうしても美生がパティシエになりたいって言うんだったら、美生自身も頑張って行かなければならないと思うし、お父さんも出来る事があったら何でも協力するよ」
それを聞いた瞬間、自然と涙が溢れてきてしまう。
「そもそも、美生に毎日寂しい思いをさせているのに、お父さんに美生の夢を否定する義務なんて無いからね」
「ありがとう…」
更に感極まって泣いてしまい、お父さんがそれを慰めるように、優しく抱きしめ、背中をさする。
一件落着した後、お父さんは明日も仕事が早いので、風呂に入ったりなどして、寝ようとしていた。
「美生、先に寝るね」
「分かった。最後に1つ良い?」
「うん?」
「改めて、私のわがまま聞いてくれてありがとう」
「わがままと夢は全然違うよ。お父さんはただ美生の夢が叶う為に頑張るだけだよ」
「ほんとにありがとう。おやすみ」
「おやすみ」
部屋に戻って、自分の時間を過ごす事にする。
——美生の父親である拓也は寝転がりながら、美生が将来の夢を告げた事について考えていた。
(美生がパティシエね〜いつもは本音をなかなか言ってくれないから、そう言ってくれた事は父親として嬉しかったな。でも、今の生活が凄く幸せって、言っていたのは俺に心配かけさせないようにする為に、そう言ったようにしか聞こえないんだよな…美生にそんな心配をさせない為にもおれも頑張らないと)
美生の話を聞き、父親として、美生の夢を共に支える事を心の中で決心し、眠りについた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます