1-3
駿が倉庫裏に着いたが、早川さんの姿はまだ無かった。
本来だと早川さんが所属するバトミントン部はテニス部よりも早く終わって、待っている筈だった。
「心の中で練習が長引いているんだ」と言い聞かせていたが、同時に「もしかして昨日の事は嘘で、本当は来ないのではないのか?」と疑う気持ちが少しずつ芽生えていた。
そんな事を考えていると、急足で早川さんが倉庫裏にやって来る。
「ごめん!練習が長引いて遅くなった」
その声が聞こえた瞬間、強い安心感に襲われる。
「安心したような表情してどうしたの?」
「と、特に何もないよ」
早川さんが来ないのではと不安になっていた事を勘付かれないように話したつもりだったが、ぎこちない返答になってしまった。
「もしかして、私が来ないと思っていたの?」
「・・・・」
胸の奥がチクリと痛み、言葉が喉につかえた。
「私がそんな事する訳無いでしょ!」
そう言って、早川さんが眉をきゅっと寄せて見つめてくる。その瞳の奥に、怒りよりも悲しさが滲んでいるように感じた。
「ごめん…そういう経験が初めてで嬉しい気持ちと同
時に不安な気持ちもあって…」
「私も初めてなんだから…」
「そ、そうなんだ…」
「うん…今まで色々な人から告白されてきた。だけど、皆んな、私が可愛いからっていう理由やただ好きだからっていう理由で告白してきて、ちゃんと私を見てくれないんだなって感じがして、断ってきた。でも、駿はそうじゃない気がしたし、ちゃんと私の事を見てくれる気がした。だから付き合おうと思った。なのに、そう思われるのはムカつくし、悲しくなる」
早川さんの顔を見ると、瞳に光の粒のような涙が滲んでいた。
「・・・・」
今にも泣きそうな早川さんに返す言葉が見つからず、離れた場所に居る生徒達の会話がやけに響いていた。
「ごめん…私も言い過ぎた。でも、私の駿への想いは伝わった?」
早川さんの想いを知り、それに答えないとという思いで咄嗟に話し返す。
「謝るのはこっちだよ。早川さんの想いに気付けなかった自分がほんと恥ずかしい。でも、それ以上に早川さんの想いを知れて凄く嬉しい」
早川さんにとっては想定外の言葉だったみたいで、頬を赤く染める。
「後、今度から私の事、早川さんじゃなくて果奈って呼んで。付き合ってるのに早川さんって呼ばれるの何か他人行儀みたいで嫌」
「うん、分かった。改めて宜しくお願いします。果奈」
「そこは普通に宜しくで良いのに。でも、私こそ、宜しくね」
一悶着はあったが、果奈との関係は確かなものになったように感じた。
「因みにみんなの前ではどちらで呼べば良い?」
「う〜ん、そこは早川さんで良い。でも、2人の時はちゃんと、果奈って呼んでね」
「分かった」
「でも、いつかは皆んなにバレる日が来ると思うし、その時は皆んなの前でも果奈って呼んでね」
「バレた時は周りから目が痛そうだな…」
「まぁ、その時はその時」
「人事だな〜」
果奈と会話しながら帰る時間はあっという間に過ぎ、気付くと別れる場所に辿り着いていた。
「じゃあ〜また明日」
「ちょっと待って!」
「今週末、空いてる?」
「部活が土曜日にあるけど、午前中で終わるから、午後は空いてるよ」
「じゃあ、土曜日の午後に遊ばない?」
「良いよ!」
これってもしやデートなのでは?と心を弾ませる。
「決まり!楽しみにしてるね」
「俺も楽しみ。早川さんまた明日〜」
不意に果奈の事を再び、苗字で呼んでしまう。
「だから、果奈って呼んでいってるでしょ!もしも、土曜日に早川さんって呼んだら、私帰るからね!」
「ごめん…果奈、また明日」
「また明日ね」
果奈と別れて、薄暗い空を見上げながら家へと帰宅する。
——同じ夕暮れ、美生は夕飯の買い物をしていた。
所属している女子テニス部は男子テニス部よりも1時間以上早く練習終わり、通り道にあるスーパーで夕飯の買い物を済ませて、駿君の家に向かうのが日課だった。
夕飯の食材を買い、スーパーを後にしようすると、いつものなら出会う筈の駿君の姿が無い事に気付く。
部活が長引いてるのだと思い、何も気にする事なく、駿君の家へと向かうことにした。
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