第9話

「先生、席を変えてください !」


 先生は明らかに驚き、眼鏡を直した。


「何かあったの ?陽平君 ?」


 私の名前を知っていたんだ。 その認識で、一瞬ぼうっとなった。


「別に……ただ、あそこに座りたくなくて……」


 私はちぐはぐに言い、両手を不安そうに後ろで組み、指先が掌に深く食い込んだ。

 本当の理由は言えなかった。先生も他の人たちのように、あの「お坊ちゃま」「お嬢様」たちの肩を持つんじゃないかと恐ろしかった。


「でも……」


 水無月先生の口調には幾分かの困惑がにじんでいた。


「楓さんがわざわざ職員室に来て、あなたと席を並びたいって言ってくれたんだよ。彼女、その日とても真剣に話してたから、だからあなたたちを隣にしたんだよ」


(は ? 聞き間違いか ?)


「楓さんが……」


 私は口を開けたが、何の声も出てこない。

 頭の中が真っ白で、すべての理由と口実がこの瞬間、とても滑稽に思えた。


「もう大丈夫です先生 !さっきは頭がちょっとおかしかったみたいで !」


 私は慌てて自分の思考を打ち切り、

 ほとんど逃げるように職員室を後にした。ドアをそっと閉めた後、廊下の壁にもたれかかり、両手で頭を抱えた。

 さっきのすべてが、まるで荒唐無稽な夢のようだった。


 心落ち着かずに教室に戻り、後ろのドアを開けると、またあのひそひそ話が聞こえてきた。


「よくもまあ戻ってこれたな」

「さっきあんなに速く走ってたから、どこかに潜り込むかと思ったよ」

「人のいないところで泣いてたんじゃねえの !」

「どのようなスキンケア製品を使用しているので、厚い顔を維持する」

「………………」

「…………」

「……」


 私はこれらの議論を無視し、どんな感情も表に出さなかった。

 ただ黙って自分の席に戻り、うつむいて沉思に耽った。

 楓汐里の席は空いていた。どこへ行ったのかわからない。


「リンリンリン——」


 授業のチャイムが時間通りに鳴り響いた。

 チャイムが止まる瞬間、楓汐里が小走りで教室に入ってきた。

 彼女は汗だくで、息が少し切れているように見えた。まるで遠くから急いで戻ってきたかのようだった。


 彼女のこめかみの汗を見て、私は考える間もなくカバンから清潔なハンカチを取り出し、手を伸ばして渡そうとした。

 しかし、彼女に渡そうとした瞬間、また激しく手を引っ込め、素早くハンカチをカバンに押し戻した。


「やっぱりやめとこう……」


 と心の中で自分に言い聞かせた。

 さっきあんなことがあったばかりだ。今は彼女と何の接触も持たない方がいい。


 彼女はすぐに学習モードに入り、私も授業に集中しようと努めた。

 しかし午前中ずっと、クラスメートたちから投げかけられる異様な視線と、私に関するささやきを感じ取ることができた。


 ようやく昼休みの時間になり、クラスメートたちはグループを組んで食堂へ食事に向かい、私は一人で学校の隣のコンビニに潜り込んだ。

 数日前と同じパンを買い、あの人のいないベンチへと向かった。

 ここは楓汐里が一度来た以外、他に誰にも邪魔されない。

 この学校で私の唯一の避難場所だ。


「ビリッ——」


 私はパンの包装を破り、機械的にぱさぱさしたパンを噛んだ。

 頭の中にはクラスメートたちの冷ややかな嘲笑がこだまし、それらの言葉は針のように私の神経を刺す。

 彼らが言うことは正しい——

 無名の「陰キャ男」が、全校注目の校花に手を出すなんて。

 この認識に、彼女の口を押さえたあの手を切り落としたいほどだった。


「まだここでご飯食べてるの~」


 聞き覚えのある女性の声がして、私は顔を上げると、楓汐里がベンチのそばに立ち、穏やかな笑みを浮かべているのを見た。

 私が返事するより早く、彼女は自然にベンチの反対側に座った。私たちが初めてここで出会った時と同じ距離を保っている。


「ごめんなさい」


 私はうつむいて小声で言い、指で無意識にパンの包装袋を強く握りしめた。

 パンが入ったビニール袋を手に取り、ここを離れようと立ち上がった。

 彼女は私の服の裾をぐいと掴み、私を動けなくした。


「行かないで……ずっと探してたんだから……」


 声にはいくぶかの懇願と優しさが込められていた。

 私は硬直した木のように、四肢を不自然に動かしてベンチに座り直した。

 しかし、わざと距離を置き、彼女との間隔をさらに広げた。

 幸いここにはほとんど人が来ない。もし他のクラスメートに見られたら、おそらく私は転校しなければならなくなるだろう。

 彼女はゆっくりと手を離し、沈黙した。

 その後、弁当箱を取り出し、中から精巧なサンドイッチを取り出し、私の前に差し出した。


「食べてみる ? 自分で作ったんだよ」


 私は呆然とし、彼女の手の中の完璧な形をしたサンドイッチを見つめ、そして自分が持っているぱさぱさのパンを見た。

 言いようのない感情が胸に広がった。


「なぜ……」


 私は顔を上げ、ついに長い間私を悩ませていたあの質問を口にした。手に握ったパンにさらに力を込めて。


「なぜ私にそんなに親切にしてくれるんですか ? 私たち明明別世界の人間なのに」

「もしかしたら……私たちは別世界の人間じゃないかもしれないよ~」


 楓さんの目が一瞬揺らぎ、そっと弁当箱を私たちの間の空いたスペースに置いた。声は独り言のように優しかった。

 この言葉は、平静な湖面に投げ込まれた石のように、私の心に幾重もの波紋を広げた。


「あなた……あなたも今朝クラスメートが私をどう言ってたか聞いたでしょう」


 声にはかすかな震えが隠れていた。強く握った指の関節が少し白くなっていた。


「彼らが言ってることは全部本当です!!!」


 感情は決壊した洪水のようで、私は抑制できずに叫び出した。声はがらんとした隅で特に耳障りだった。

 口にした瞬間、後悔した。慌てて顔を背け、彼女の反応を見る勇気がなかった。


 楓汐里は何も言わず、ただ静かに私を見つめていた。

 いつも笑みをたたえているあの瞳は、今は薄い水膜で覆われているようで、陽の光の中で微かにきらめいていた。

 彼女はそっと下唇を噛み、一片の怒りも見せなかった。


「すみません」


 私は深く息を吸い、声を平静に戻そうと努めた。


「感情を抑えきれなくて」

「……」

「私はもう一人に慣れてしまったんです……」


 この言葉は、むしろ自己防衛と言うべきだった。

 私は自分をこの慣用句で包み込み、そうすればすべての傷を防げるかのように。


「慣れたからって、悲しくなくなるわけじゃないよ !」


 彼女の声は一片の羽根が落ちるように優しかった。

 彼女の寛大さは、私をますまで居たたまれない気持ちにさせた。

 私はうつむき、地面のもつれた木漏れ日を見つめた。


「彼らが言ってた言葉、全部聞いたよ。ひどすぎる、全然事実じゃない !」

「でも彼らが言ってること……全部が間違ってるわけじゃないみたいです。私、本当にダメな人間なのかも」


 苦笑いして首を振った。

 一陣の微風がかすめ、木影が揺れ、サラサラと音を立てた。私の無声の嘆息に伴奏しているようだった。


「覚えておいて」


 楓汐里が突然私に近づき、岩のように固い口調で言った。


「決して他人の物差しで自分を測っちゃダメ!」


 この言葉は一筋の光のように、不意に私の暗い世界を照らした。

 彼女の言葉で私の目が一瞬輝き、心のどこかがそっと触れられた。


「慰めてくれてありがとう」


 私はうつむき、声には隠しきれない苦さがにじんでいた。


「でも私は自分でわかってる。私は透明人間みたいなものだって。あるいは……取るに足らない脇役だって」


 最後の数語はほとんど空気の中に消えていった。

 深く隠された劣等感は、湿った蔓のように、静かに心臓に絡みつき、締め付けていった。


 彼女は少し前に身を乗り出し、優しくも執拗に私の逃げ惑う視線を捉えた。


「聞いて、あなたはいつだって誰かの脇役なんかじゃない。少なくとも私の物語では、あなたは私のとっても、とっても大切な主人公の友達だ ! ! !」


 彼女の声はとても力強く、そして少し嗚咽を帯びていた。

 私は猛然と顔を上げ、信じられない思いで彼女を見つめた。

 胸に一日中詰まっていた、硬いものが、彼女の穏やかで力強い言葉の中で少しずつ緩み、溶けていくかのようだった。

 一股の温かい流れが心底から湧き上がり、四肢全体に流れていった。


「ありがとう……」


 私の声は少し詰まり、こっそりと手で潤んだ目尻を拭った。

 この瞬間、全身の力が抜けていくのを感じた。

 私はぐったりと力なくリラックスし、長い間張り詰めていた肩がついに落ちた。


「だから……」


 彼女の笑顔が再び咲き、雲を突き抜ける陽光のように、再びサンドイッチを一切れ取り出して私の前に差し出した。


「食べる ? 私が手作りしたんだよ !」

「ありがとう」


 今度は、私は躊躇なくそれを受け取り、この貴重な好意も素直に受け入れた。

 食べ残したパンを袋に戻し、注意深くサンドイッチのラップを開いた。

 一口かじると、豊かな味が舌先で広がった——今まで食べたどのサンドイッチよりも美味しかった。


「美味しい ! !」


 思わず目を見開き、心から称賛した。


「もちろん ! だって私が作ったんだもん」


 彼女は誇らしげに胸をポンポンと叩き、顔には得意げな表情が溢れていた。


 私はこの心意をじっくりと味わい、この得難い静けさと温もりを楽しんだ。


「いつまでも終わらなければいいのに……」

 思わず小声でぼそりと言った。


「んー ? 何て、何て~ ?」


 彼女は首をかしげ、笑みを浮かべて聞いた。


「ち、違う ! ! !別に !」


 私は慌てて否定し、頬が熱くなった。

 幸せに浸っているうちに、つい本音を口に出してしまった。


「ふふふ~ふふ~」


 彼女は私のそばで軽く笑った。心地よい風鈴の音のようだった。


 私は最後の一口のサンドイッチを口に放り込み、慌てて飲み込んだ。


「時間だ、もう行かないと」


 私は素早く立ち上がり、彼女に注意を促した。


「うん !」


 彼女も軽快に跳び上がり、自然に私のそばに歩み寄った。


「午後も頑張ろうね !」


 彼女は指でそっと私の腕をつついた。

 彼女の情緒に感染され、私も勇気を奮い起こした。

 小心翼翼にお返しをし、そっと彼女の腕に触れた。

 私たちは同時に固まり、その後息ぴったりに笑い出した。


「ははははははははは……」


 愉しい笑い声が私たちの周りに漂い、響き渡り、すべての暗雲を吹き飛ばした。


 私たちは肩を並べて校舎へと歩き、取るに足らない話題で話し、飾ることなく大笑いした。

 陽射しが私たちの影を長く引き、絡み合わせた。

 今この時、この世界には私たち二人だけがいるようだった。

 そしてこの瞬間は、幸せだった。

 このつかの間の美しさは、海棠の花が咲く瞬間のように、短いけれど、記憶全体を照らすには十分だった。

 おそらく、これほど短いからこそ、特に美しく映るのだろう。

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