十話『理由なき凶者』

「仕掛けてきたか」


 艦橋ブリッジに備えられた艦長席に座るアドルフは、手元のモニターに表示される反応に眉をひそめる。


「いかがいたしましょう、アドルフ様」


「簡単に逃げ切れる速度ではあるまい」


 古強者という言葉が良く似合う容貌の副長に答えるアドルフ。

 表示されている反応は単騎。超高速でアイゼンクロイツに接近するとは余程の自信らしい。


「全砲門開け。拡散術式に接続、近接防御射撃用意! 並びに機関最大。足止めしつつふりきる!」


 副長の号令と共に砲塔が遥か彼方の目標へと狙いを定める。


「敵は当代の『ガウェイン』か? 魔素波エーテルウェーブの解析結果は?」


「該当ありません、新型です!」


 奥歯を噛みしめるアドルフ。

 円卓の魔導甲冑と戦う時に必要なのは情報だ。乗り手に最適化された専用機相手であればなおさら。敵の基本性能の高さに加えて、初見殺しまで持ち込まれては勝ち目などゼロに等しい。


(使えるモノは全て使わなければ生き残れない、か)


 亡き戦友の戦う理由を知る者として、フリートを戦争に巻き込みたくはない。が、戦争は飲み込む相手を選ばないことは知っている。

 外しっぱなしの受話器の向こうにいる少年に、アドルフが出来るのは無事を祈ることくらいだ。


「聞いたな、フリート君。目的はあくまで足止めだ。甲板から砲撃して牽制するだけで良い」


「分かりました。出来る限りやってみます」


 ペダルを踏みこみ一歩を踏み出す。背中に繋がれたケーブルが外れて、艦橋との通信が途切れる。

 真新しいパイロットスーツに身を包んだフリートが操作するたびに、まるで自分の身体のように動くバルムンク。搭乗者の操作をクライデを用いて最適化することで人機一体の動きを実現する。


「各種補正は私がやるから、あなたは照準だけに集中して」


「……頼む」


 魔素灯エーテルランプを振る誘導員の指示に従って垂直カタパルトに乗る。モニターへの表示と共に操作権限がフリートへと委譲。


「フリート・ハルトマン、クライデ。バルムンク、出る!」


 重力を感じながら夜空へ打ち上げられる機体。星を眺める暇もなく地球に引かれて甲板へと着地する。


「脚部展開、長距離狙撃形態へ移行します」


 装甲が可動し、機体各部のセンサーが露出。疑似的に四脚に近い姿へ切り替わる。本来はここに固定アンカーが加わるが、平坦な艦上では必要ないだろう。


「広域センサーに反応を検知。最大望遠」


「なんだ、あの機体」


 ブースターユニットを装着し、蒼白い燐光と共に夜空を翔ける敵機。

 全身のシルエットはやけにひょろ長く、コックピット周辺すら最低限以下の装甲しか施されていない。関節部は可動域を確保するために一切の物理装甲が無く、円卓の魔導甲冑特有の生体パーツが露出している。


「目標、長距離狙撃砲『ドーラ』射程圏内」


 クライデの声と同時、ロックオンマーカーが赤く染まる。展開された砲が目標を追従するように動き引き金を待つ。


「落ちろ!」


 放たれた閃光は夜空を照らし、星をかき消す。戦艦の主砲にすら匹敵する一撃、当たれば円卓製といえど原型を残さず溶解する。


「良いねぇ、この距離から撃ってきやがった!」


 円卓の試作魔導甲冑『ヴェルギリウス』のコックピットで『ベネット・ガウェイン』は楽しそうに笑いながら、操縦桿を引く。

 閃光がヴェルギリウスを飲み込む寸前、側面のスラスターを吹かせて回避。スピードを落とすことなく紅白の軌跡を描きながら近接防御弾幕に突っ込む。


「やっぱ、戦争ってのはこうじゃねぇとなァ!」


 その男は貴族らしく艶めくブロンドの髪に青い瞳。しかし、およそ貴族的な優雅さとは乖離したギラついた眼をしている。顔に残る火傷の痕も相まって、まるで手負いの獣のようだった。


「さぁ、やろうぜ! 鉄血の新型さんよぉ!」


 半端な腕では越えられない弾幕の中を推力と技量で切り抜けてアイゼンクロイツに肉薄。役目を終えた外付けの強襲用追加ブースターを切り離し、甲板を滑りながらバルムンクへと吶喊する。


「こいつ、速い!」


 咄嗟に太刀で打撃を受け止めるバルムンク。後ろへ大きく下がりながら近接形態へと変形する。


「へぇ、今のを防げるたぁ悪くァねぇな。先遣隊をやったのは伊達じゃねぇらしい」


 オープン回線を開き、これから殺し合う敵へと語りかけるベネット。

 戦場でのおしゃべりを彼は好んでいた。


(なんだ、通信?)


 一瞬、戸惑うフリートだが、すぐに敵を倒すことに意識を傾ける。彼は無駄な会話は嫌いだ。戦場で余計なことは考えたくなかった。


「ったく、なんだよツレねぇな。どんな奴が乗ってるのか興味があったんだが」


 右手に装備したソードメイスを振り上げ迫るヴェルギリウスとぶつかり合うバルムンク。両機ともスラスター全開でぶつかり金属と金属が打ち合う甲高い轟音が響いて、戦いが始まる。


(強い。ハイデで戦った魔導甲冑とは比べ物にならない!)


 左から襲い来るブレードを盾で受け止める。が、ヴェルギリウスは止まらない。ブレードと一体化したビームライフルから光が迸り、盾を覆っていた魔素エーテルが引き剥がされた。


「悪くはねぇ。だが、甘めぇんだよ動きが!」


 カウンターに放たれた斬撃を軽々と避け、バルムンクの右腕を蹴り上げる。がら空きの胴にソードメイスを叩きつける。

 コックピットへ伝播する衝撃。物理装甲へのダメージは軽微だがパイロットまで無事とはいかない。フリートのように身体能力が高くなければ、今の一撃で意識を失っていた。


「タフみてェだな、機体も中身も」


 ビームライフルによる牽制を交えながら突きを放つバルムンクをソードメイスとライフルブレードの歪な二刀流であしらいながら蹴りを叩き込む。


「マニュアルだけしっかり頭に叩き込んだ新兵みてぇな動きだ。最新鋭機ってんでどんな奴が乗ってるのかと思ったが、お前若いな? ええ?」


 機体性能はバルムンクの方が上。ヴェルギリウスは、この作戦に引っ張り出すために近代化改修を施したとは言え、基礎設計は死蔵されていた十年前の実験機。この状況を生み出しているのは、純粋にベネットのパイロットとしての技量に他ならない。


(……この動き、似ている)


 ライフルブレードによる一撃を盾で受け止める。が、盾で出来た死角に機体を滑り込ませ本命のソードメイスがバルムンクを打ち据える。

 モニターに表示されるダメージ警告。バルムンクの装甲が薄ければ、もう何度死んでいるか分からない。


「フリート、正面から来る」


「——っ!」


 構えた盾に蹴りが刺さり、大きく吹き飛ばされるバルムンク。砲台の一つに激突してようやく止まる。


「ようやく喋ったな。複座とは珍しい」


 二機の距離が離れ、艦上の砲塔が一斉にヴェルギリウスを狙う。


「久々に面白いんだ。邪魔ァすんなよ!」


 ビームの嵐の中を舞い踊りながら、的確にライフルで反撃し、次々と砲塔を沈黙させていく。


「さて、ゴミ掃除も終わった。続きをやろうか」


 獲物に狙いを定める。前傾姿勢をとるヴェルギリウス。異様に長い腕のせいか、凄まじい威圧感を放つ。


(次はどう来る)


 通信越しに詠唱が聞こえる。


「かつて王を討ちし弑逆の剣。厄を齎せ雷火の如く」


 その魔術は詠唱を聞いたとしても避けきれない。


「——『赤雷奔る咎帝の魔剣ディザスターフロレント』!」


 現代魔術とは違う、古い時代の魔術。ヴェルギリウスが赤い雷を纏い、加速。ソードメイスが鋭利な刃物のように盾を斬り裂き、さらに左胸部の装甲を抉り取る。


「これ以上のダメージは……」


 モニターに映る警告。クライデの声。どれもフリートの意識に届いてはいない。そんなことよりも彼にとって重要なことは他にある。


(今の動き……俺は知ってる、コイツのことを!)


 乾いた笑いがこみあげてきそうだった。なんとも滑稽で、理不尽で、救いようの無い話だったから。


「お前か、あの時ガウェインに乗っていたのは!」


 壊れかけた盾で追撃を受け止めながら叫ぶ。

 太刀とソードライフルが鍔迫り合いながら機体が交錯、立ち位置を入れ替えながら体勢を立て直す二機。


「あの時だぁ?」


 フリートの言葉に逡巡するベネット。攻撃をいなしながら少ない手がかりから敵の正体を推測する。


(声からして歳は十五~六。オレがガウェインに乗っていたのは三年前まで。となりゃ、戦場でやり合ったヤツじゃねぇ。どっかの都市を落とす時に居やがった? 動きでオレだと判断……そこまで長く戦ったのは……なるほどなァ!)


 戦場で長生きする者、強い捕食者は往々にして賢い。

 出来る限り人の顔と名前は覚えるように心がけているベネットにとっても印象深い存在がよぎる。彼の人生で唯一、敗北を経験した時の。


「お前、死神とやり合った時に居たガキか!」

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