七話『用なんて無い』
「それで、あの機体には女の子が乗ってて、地雷を踏んでキレられて帰ってきたと」
「言い方……まぁ、そうだが……」
二段ベッドの下へと不満げな声を漏らすフリート。
艦内の空き部屋は広く、アドルフの私室には及ばないが机など必要なものは一通りそろっていた。魔導甲冑のパイロットなど尉官へ割り当てられる部屋なのだろう。格納庫に近い区画にある。
「でも、何だってクライデちゃんだっけ? を乗せてるんだ?」
「…………」
逡巡するフリート。手慰みに首にかけた細長い円筒形のペンダントを撫でる。
エルンストに話したのはクライデという少女とバルムンクに乗っていたことだけ。彼女の状態については話していない。
(話しても良いのか? 彼女のことを。いや、駄目だ。知りすぎればベルリンでのリスクが上がる)
モニカもエルンストも知っているのはバルムンクの外装だけ。まだあの機体の本質は知らない。
(俺は無理だろうが、二人ならまだ普通に戻れるはず)
知りすぎたし、人を殺した。状況に流されるまま、少尉の地位も手に入れた。もう、鉄血帝国がフリートを逃がすつもりは無いだろう。ならせめて、二人だけでも日常へと戻したかった。
二人が帰るべき
「…………」
「おーい、聞いてるかフリート」
「悪い、ちょっと考えてた」
「言えないことなのか?」
エルンストから上の様子は伺えないが、きっといつも以上にフリートは眉間にしわを寄せている。
出会った頃から何も変わらず、何もかもを自分一人で抱え込むフリート。悪いヤツではないが面倒なヤツだ。
「聞かない方が良い。アレは……胸糞悪いだけだ」
「そっか」
会話が途切れる。話そうと思っていたことは沢山あるのに、重苦しい空気に押し込められて言葉が出てこない。
だが、目を瞑ってしまう気にもなれなかった。今も瞼の裏に焼き付いたクラスメイトの死に様を見る羽目になるから。
「あの、二人とも居る?」
ノックと共に聞こえたモニカの声。
彼女の部屋は食堂の向こう、ここからはかなり離れている。
「これから食堂に行くんだけど、二人もどうかなって。もうずっと食べてないでしょ?」
今まで気にする余裕も無かったが、指摘されれば空腹を自覚する。身体にのしかかる倦怠感も空腹のせいかもしれない。
「俺はモニカと食べてくるけど、お前はどうする」
「僕も行こうかな。一人で部屋に居ても暇だしね」
▲▼▲
軍艦らしく殺風景な廊下とは対照的な食堂。
強化を施した木材を用いることで強度を保ちながら、暖かな空間を実現している。漂うコショウやコンソメの香りが食欲を誘う。
「固形食糧とかが出てきたらどうしようと思ったけど普通だね」
鉄血では一般的な食事。パンにジャガイモやスープ、ソーセージとサラダまで付いている。味付けは一流レストランで出されても文句のない水準だったが。
皇帝直属の艦らしく、食事は特に気を使っているらしい。現場レベルでこれなら高級将校にはコース料理くらい出ていそうだ。
「このスープ美味しい! 後で作り方聞いてみよっと」
「秘伝のレシピとかあるんじゃない? そう簡単に教えてくれたりはしなさそうだけど」
談笑しながら一日ぶりの食事をとるモニカとエルンスト。フリートはいつも通り無言のままかき込むように栄養を摂取する。
「ところで、フリートってあの魔導甲冑、どうやって動かしてたの? 最新鋭機なんでしょ?」
「どうって……操縦桿とペダルで動かせばいい。俺は兄さんのメモ通りに操縦してただけだ。特別なことは何も」
「やっぱりフリートはすごいね。初めて習うこともすぐ理解できるし『天才』なのかも」
モニカから向けられる純粋な関心の眼差し。今のフリートにはそれが痛くて仕方なかった。
「俺は……違う。天才なんかじゃない。天才ならもっと上手くやれる。みんな助けられたはずだ」
神妙な面持ちで否定するフリート。
自分が人より頭がいい自覚はある。が、だから何だというのか。肝心な時に役に立たないなら、人より高い能力があってもそれは無意味だ。
自分の手の届く場所で人が死んでいく時、フリートは何が出来た? 何も出来なかったから彼はここに居る。もう二度と無力ではいたくないと願って積み重ねて失うことの繰り返し。
医学を学んでも、工学をかじっても、バルムンクを手にしても、彼が救えたのは砂粒程度の僅かなモノだけだった。手から零れ落ちたものに気付かないほど彼は愚かではない。救えたものだけに目を向けられるほど、イカレた精神性でもない。
「はいはい、お二人さん。暗い話はやめにして、もっと別のことを話そうぜ」
残しておいたソーセージをかじりながら、会話に割って入るエルンスト。
「フリートはとある女子の地雷を見事踏み抜いて怒らせたんだと。で、今こんなにナイーブになってるワケだ。ほら、女心は同じ女子に聞きたまえよ」
冗談めかした口ぶりで酷い言われようだが、今はそれに助けられているのも事実。
「女子? フリートに? え……どんな子?」
「基地に入る前、あったヤツがいただろ」
「あの子もこの舟に乗ってるの?」
「ああ。それと俺がバルムンクに乗ってる時、彼女も一緒だった」
モニカの脳内で繰り広げられるのは、コックピット内でフリートとクライデが寄り添う光景。王道なボーイミーツガールみたいで少しロマンチック。
実際は彼女の妄想とは似ても似つかない陰惨な光景だが。
「大丈夫よね、フリート? 変なこととかされなかった?」
「どうした、モニカ。そんな前のめりになって……」
少し顔を赤くして座り直すモニカ。
側で眺めているエルンストには分かりやすすぎて涙が出てくるが、肝心のフリートには届いていないらしい。
「俺、どうしたらいいと思う?」
「ええーっ! 私に訊くの? まず初めに今のお二人の関係は……?」
「ちょっと言い回しおかしくないか?」
自分の知らないところで、想い人に迫る別の女の影にかなり挙動不審なモニカ。二人のやり取りにエルンストは必死で笑いをこらえていた。
「用がないなら来るな、って言われてコックピットから叩き出された。他にも色々言われたけど……頼む、どうすればいいか教えてくれないか、モニカ」
彼女の手を握り、真っすぐに眼を見据えるフリート。こうやって、絶対断れないように頼み込んでくるのはずるい。彼の頼みをいつも聞いてしまうモニカもモニカだが。
「もーまたそうやって……まぁ、悪い気はしないけど……良いわ、この私に任せなさい!」
という訳で、袋に入った差し入れを持って格納庫へと向かうフリート。
食堂で用意してもらったフライドポテトなどの軽食を詰め込んでいる。
「皆さん、お疲れ様です。差し入れ持ってきました」
「君は。気が利くじゃないか。おーい、差し入れだと。休憩にするぞ!」
アドルフから整備長と呼ばれていた男の号令で、一斉に手を止める整備員たち。ずっと何も食べずに作業していたのだろう、差し入れはずいぶん喜ばれた。
(あとはクライデもコレで機嫌を直してくれればいいが)
モニカの作戦は単純明快、謝ってからご飯で機嫌をとる。古典的ながら有効な戦術だ。
「アドルフ閣下から聞いたよ、君の経歴」
差し出された金属製のカップを受け取る。中にはぬるい水が一杯に注がれていた。
「ありがとうございます。えっと……」
「クルト・フィッシャー。階級は君と同じ少尉だ」
手にはフライドポテトが山盛りの包みを抱えて、フリートと同じぬるい水の入ったコップに口をつける。
「解析、進捗は?」
「相変わらず難航とるよ。言っても分からんだろうが、アレの内部構造、魔道具ってよりは人間そのものだな。内部のお嬢ちゃんと言い、設計した奴は狂っとるとしか言えん」
装甲内部を映した写真には、血管や神経のように張り巡らされたチューブ類。無機物で出来た存在のはずなのに、内臓を直接眺めているようなグロテスクさがあった。
「色んな所の技術が入り混じってますけど……円卓製ですかコレ?」
「おっと、イケる口だったか。最近の若いのは真面目だねぇ」
感心しながら無精ひげを撫でるクルト。
半ば暇つぶしの一環で
「生体技術は向こうのお家芸。なら、中のお嬢ちゃんの役割は機体動作の最適化だろうなぁ。ハードから言えるのはこれが限度、あとはシステム面を攻めないと具体的には何も」
「中身を調べれば、製造元に繋がる証拠が出てくるかもしれない、と」
「そうそう、という訳で後は頼むぞ。差し入れ、ホントは嬢ちゃんのためだろ? ご機嫌斜めらしくてな、内側からロックしてやがんの」
備え付けのタラップを上がり、コックピットまでたどり着く。前は開きっぱなしだったハッチも今は固く閉じられていた。
「俺だ、開けてくれ」
外につけられたレバーを引いても開かない。ハッチを叩きながら声をかけるが応答は無かった。
(……無視かよ)
ため息を吐いてもう一度ハッチを叩く。
「用があるんだ、開けてくれ」
ゆっくりとハッチが開く。クライデは相変わらず俯いたままだった。
「で、用って何?」
「腹減ってると思って持ってきた」
一瞬だけ視線を上げるクライデ。だが、すぐに視線を床へと戻す。
「要らない。この子に繋がっていれば食べなくても生きていけるから」
彼女の生命維持に必要な全てをバルムンクは与えてくれる。消化器官は辛うじて残っているが、最後に食事をとったのは何年も前のことだ。
「それだけ?」
「いや、後はシステムを見てみようと思って」
シートに座り、操縦桿を握るフリート。認証シーケンスを挟み、クライデの声と共にスクリーンに光が走る。
操縦桿に付いたボタンを押して、メニューを呼び出す。最新鋭機とはいえ、現行モデルと基本的なボタン配置は同じらしい。が、現れたメニュー画面は複雑怪奇としか言いようがなかった。
「記号の羅列? ……いや、法則性があるのか? 言葉? ……なんだコレ?」
一番初めに表示された場所に追加入力を行うと、刀のようなアイコンと共に更に未知の記号の羅列が浮かび上がる。
(恐らく武装の説明だよな。やっぱり文章か?)
表示されているのは『Weapons – Manipulators – Composite Basted Japanese Sword - Kriemhild』。汎用インターフェイス通りなら装備分類、装備箇所、武器種、武器名の順のはず。
「曰く、それは神様の言葉」
「おい……何も知らないんじゃなかったのか?」
「戦闘以外で何度も来られて迷惑。だから、少しだけ協力してあげる。私は一人が好きなの、静かにしてるんだから邪魔しないで」
じっとりとした目を向けるフリート。
俯いたままのクライデに言いたいことは多々あるが、飲み込んで謎の文字列を写し取ることに集中する。
「じゃあ、これは整暦以前、神代の産物が流用されてる?」
「さぁね。私をこんな身体にした奴らが言ってただけだから」
構造には先進的な箇所がいくつも見られるというのに、使われている技術は二千年以上も前のもの。にわかには信じがたく、どこか感動的とすら言える代物にフリートは直に手を触れている。
メニュー画面を操作しながら、現れる文字列を書きとっていく。
「選択できない?」
最後に残ったのは他の文字列が薄青色に光って表示される中、一つだけ灰色で表示される箇所だった。
(——『Mode – Nahel I.G.I.R.I.O.N.』? ……違う、何だこの感じは)
他の文字列とは違う。記憶を辿っても思い出せないが、どこかで『I.G.I.R.I.O.N.』という文字列を見た気がした。
(そんな訳ないだろ、疲れてるだけだ)
脳裏によぎった直感を理性で否定する。医学の道を志す者として、人間の記憶がどれだけ当てにならないものかはよく知っているつもりだ。
「もう終わったでしょ。出ていって」
「……歪みねぇな」
人を拒絶するオーラを隠そうともしないクライデだが、フリートにはまだやることが残っている。彼女がどう思っているのかは知らないが、共に戦場へ出るなら険悪なままの関係ではいたくない。
何より要らない一言が多い彼女だが、フリートにはそんな姿がなぜか寂し気に見えて放っておく気にはなれない。まるで敵対的な態度で人を試している、そんな気さえした。
「あのさ、連れ出そうとして悪かった」
「突然なに?」
「踏み込まれたくないことだったんだろ。謝っておくくらいはしようと思って。これは俺からの誠意のつもりだったんだが」
すっかり冷めてしまったフライドポテト。これではあまり美味しくはない。
「……食べさせてくれるなら、食べてあげないことも無いけど」
「コイツ……顔が良いからって。そのくらい自分でやってくれ」
入院患者のような服に薄っぺらい身体。不健康を極めているがそれでもなお、クライデは美しいと形容出来る。本来は退廃的な美しさではなく、深窓の令嬢のようなたおやかな美しさを纏っていたのだろうが。
「見てわからない? 手、使えないんだけど」
「義肢があっただろ」
「この子に再接続するときすごく痛いの」
ため息を一つ吐いて、フライドポテトを取り出すフリート。
「ほら、口開けろ」
「多い。一本ずつにして」
我儘な少女の望むままに、一本ずつ彼女の口へ放り込む。クライデが美少女なのは認めるが、振り回されすぎて彼女の顔が近づいても胸が高鳴ったりはしない。何より、痛ましさの方が先に来る。
「味、しないわね」
湿ったポテトの食感だけが口に広がる。地獄のような日々の中で擦り切れ、彼女の味覚は破壊され尽くしていた。
「……ん。ごちそうさま」
「もうこんな時間か」
閉じたコックピットの中は時間感覚が分からなくなる。腕時計を確認すれば針は午後十時を指していた。
「じゃ、またな」
コックピットの縁に手を掛けるフリートに声がかかる。
「ねぇ、どうして私に優しくするの? すごく我儘言ったつもりだけど」
「自覚はあったのか。そうだな……ただの気まぐれだ」
「……変な人」
「お前にだけは言われたくない」
フリートが居なくなれば、コックピットに静寂が帰ってくる。けれど、いつぶりだろうか血の通った人間と話した余韻が残っていた。
「また……来るんでしょうね。用もないのに」
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