五話『サヨナラ故郷』

(足は……潰れてない。不幸中の幸いだな)


 髭の男は僅かに差し込む光を頼りに、瓦礫の山から這い出した。

 わざわざ敵の真ん中へ飛び込んだ彼を待ち受けていたのは死体の山だった。落ちてきた

 瓦礫が直撃したのだろう。遅れて歩いていた少年と少女だけが呆然と立ち尽くしていた。


(あの少年も気がかりだが……三人とも無事でいてくれればいいが)


 今は生存者を逃がすために囮になって、魔導甲冑に追いかけられている最中。

 つい自分の立場も考えずに飛び出してしまったが、気が付いた時にはあとの祭り。今の彼は伝令の伍長殿でも無ければ、無職の画家志望でも無いというのに。


(今回の会談は非公式。このタイミングでの襲撃……ハイデ公が円卓と繋がっていたか、皇宮にネズミが入り込んでいるかの二択。狙いは私か、それとも例の新型か?)


 生きて帰れる公算は無いに等しいが、髭の男は思考を止めない。この三年間で身についてしまった職業病である。


「やれやれ……前にもあったなこんなことが」


 瓦礫の山から這い出した男は魔導甲冑の目の前に顔を出してしまった。魔道具製の双眸が彼を見据え、左手の盾に内蔵された砲身が向けられる。


「流石に死んだか。これは」


 超高速で迫る光の粒は魔術を使っても避けるのは難しい。しかも、至近距離からの砲撃、的が小さいとはいえ外しはしないだろう。

 奇跡には縁のある人生だったが、今回ばかりは神に見放されたらしい。


(こんなことなら、先に花でも手向けておくべきだったな)


 今は亡き戦友の姿がよぎる。かつて彼の命を救い、共に戦場を駆け抜けた男はもういない。

 最後の会話は転属前に戦争が終わったらゆっくり話をしようと約束したきり。友の死を知ったのは戦後のことだ。


(それに親不孝とは……父さん怒るだろうなぁ)


 死を前にして、髭の男は冷静そのものだった。かつて、死が身近にありすぎた場所に居て、今も魂の一部はそこに囚われていた。

 恐怖はある、まだ死ねないとも思う。だが、ようやく自分の番が来た、そんな感慨があった。


(ああ、まだ終わらせてない書類が……まぁ、いいか。陛下がどうにかするだろう。せいぜい私の苦労を味わえクソ皇帝)


 心地よい走馬灯の先に出てきた思い出したくない上司の顔に表情を歪める髭の男。人生の最期に彼が選んだのは、労働環境への恨みだった。


「大っ嫌いだ、バーカ!」


 忙しすぎる職務へ恨みを叫んで、目の前で白みがかった光が奔る瞬間。

 凄まじい速度で視界外から吶喊する黒い魔導甲冑が、その手に持った太刀で敵を刺し貫く。あふれ出る赤い液体が刃を濡らし、分厚い装甲など存在しないかのように斬り上げて、的確にコックピットと頭部を切断する。


「なんだ……何が起こっている⁉」


 その機体はあまりにも異形だった。

 スラスターによって鋭角の目立つ逆関節構造の脚。可動域を確保するために細い腰部とは対照的にボリューム感のある異様な装甲が付いた胸部をしている。右胸の装甲に至ってはまるで人の手のような構造をしていた。

 左右の腕も大きさがバラバラ。細く可動域に優れた右手と分厚い装甲と砲盾一体型の複合兵装がつけられた左手。左肩の折り畳み式の長距離砲や右肩の鞘など、量産型の魔導甲冑なら重量超過一直線の武装の数々。

 なんとも形容しがたい姿だが、無理やり言葉に表すのなら『殺した騎士とサムライの武具を剥ぎ取り纏う怪物』とでも言うべき統一感の無さ。


「ハイネ?」


 だが、髭の男にはもっと別のモノ、亡き友の姿をその機体に幻視して。


「……まさか」


 黒い魔導甲冑、バルムンクは刃から滴る体液を払うと同時に、左腕の砲口を浮足立った敵へと向ける。

 そして、バーストビームライフルから三発。一発目は魔術防御を引き剥がし、二発目が物理装甲を融解、最後の一つが剥き出しのコックピットへ飛び込みパイロットと機体の内装を蒸発させる。


「鉄血の魔導甲冑如きが我らに!」


「待て、まずは相手の性能を……」


「奴ら、とんでもない化け物を隠してやがった!」


 混乱する敵のことなど気にする暇もなく、フリートは震える手を抑えるのに全神経を集中していた。


「これで二人……か」


 勢いに任せて敵を倒した。初めて人を殺した。敵だと割り切ろうとしても、精神的ショックが無くなりはしない。新兵など皆そうだ。

 だが、止まることもまた許されていない。フリートは巻き込まれたかもしれないが、バルムンクに乗ることを決めたのは彼自身だ。人を殺すとは思わなかったなど、言い訳は出来ない。


「次、一番近いのは左後方。距離二百」


「……分かった」


 牽制に放たれるビームを左手の盾で防いで接近。バルムンクの各部に取り付けられたスラスターを全力で吹かす。十数トンの鋼鉄の塊が鳥のように軽やかに滑走して。


「高エネルギー反応。回避を推奨」


 敵の騎士剣が白い極光を帯び、魔術の刃を纏う。『永久に輝く裁定の剣カリバーン』の名を冠する、円卓の代名詞たる魔術の一つ。純粋な力の塊を自らの剣技に乗せて放つ拡張斬撃。


「兄さんならこうする!」


 斬撃が届く寸前、大きく飛び上がるバルムンク。


「この動……」


 脚部とスラスターを巧みに操ることによる跳躍回避からのトップアタック。三年前、『円卓の悪夢』あるいは『黒い死神』の異名で知られるフリートの兄、『ハイネ・ハルトマン』の得意技。

 円卓の魔導甲冑は全力で後ろへと下がろうとステップを踏むが、バルムンクの凶刃は容赦なくコックピットを貫き、敵を地面へと縫い付ける。


「嘘だ。死神は先代『ガウェイン』との戦いで死んだはずだろ!」


「悪い夢だ……こんなことが」


 恐怖が伝播し、もはや連携も取れない敵をバルムンクが食い荒らすだけ。これほど恐ろしい機体の中身が新兵どころか戦いとは無縁の医学生などと夢にも思わないだろう。


「クライデ、スラスターの出力を上げてくれ」


「エーテル比重調整」


 一気に音速の越え、敵へと肉薄。辛うじて割り込んだ剣を速度に任せて叩き折り、そのままコックピットを貫く。


「注意。敵前方の機影に隠れて接近中」


「同時!」


 左から迫る機体をビームライフルで沈め、右を太刀で斬り払おうとするが。


「甘い、鉄血の半端騎士風情!」


 角度をつけた盾で弾かれ、生まれた隙に騎士剣が振り上げられる。ビームライフルは冷却中、防御は間に合わない。


「舐めるな、円卓野郎!」


「なにぃ!」


 通常の魔導甲冑ではありえない回し蹴りで敵を崩し、刃の軌道を逸らす。


「これで、終わりだ!」


 空中で一回転するバルムンク。振り上げられた左足が展開、敵機を地面へ押さえつけると同時にペンチのように敵を挟み込む。締め上げられ、圧力で防御魔術が破壊。これでコックピットを守るものは物理装甲のみ。


「固定アンカー射出」


 本来は狙撃時に機体を固定するために用いられる黒杭を攻撃に転用。コックピットを正面装甲ごと力業でぶち抜く。

 長大な杭に乱雑に食い破られた穴から噴き出す血。風穴からは剥き出しになった内部の生体構造が見えてグロい。


「索敵範囲内に適性反応なし。戦闘終了」


「そう……か」


 緊張の糸が途切れ、意識を失うフリート。同時にバルムンクも沈黙し、辺りに残ったのは敵機の死骸と全てを見届けた髭の男だけだった。


「アレが例の新型……いや、それよりパイロットは……」


 その時、すぐ後ろでした瓦礫の音に振り返る男。そこに居たのは囮となって逃がしたはずの少年と少女だった。


「どうして戻ってきた」


「私達、やっぱりフリートが心配で……」


「……友人思いは大いに結構だが……国家機密を見た君たちを返す訳にはいかなくなった」


 髭の男は胸のポケットから通信用の魔道具を取り出すと回線を開く。


「アドルフだ。今すぐこちらに人員を寄越せ。例の新型と民間人三人を保護し次第、ハイデを出るぞ」


 この日、少年は選んだ。誰かのために戦場に在ることを。

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