第二話:魔術と戦争


 ヴァランとアイザックは、下宿の地下室に降りていた。

「これを持って」

 ヴァランがアイザックに一枚の羊皮紙を渡した。紙には魔術陣が書かれていた。

「魔術の発動方法は、先ず片手に魔術を書いた羊皮紙持って、もう一方の手を銃のサイトのように指標にさせて放つんだ」

 ヴァランはそう言うと、もう一枚の羊皮紙を持って、少し離れた場所にあるろうそくを指さした。すると、指先が一瞬光り、何かが放たれ、ろうそくに当たると火が灯った。

「こんな風にね。ま、前提として、「その羊皮紙に書かれている魔術の効果が分かっているか」っていうのがあるけど。試してみて」

 アイザックは羊皮紙を少し眺めた後こう言った。

「えーと……。何の魔術だ?」

「はあ?前に解読用の本を渡したろ。読んだだろ?」

「……読んでない」

 ヴァランは呆れた顔をして言った。

「マジかよおまえ。……水を出す魔術だよ。ほら、早く」

 アイザックは「すまない」と言って、左手に羊皮紙を持ち、右手を指鉄砲のようにして、ろうそくに狙いをつけた。そうすると、彼のその指先に、液体が集まりだし、小さな球を作ると、それを放った。ろうそくの先に当たり、見事火を消した。

「おお……すげえな、魔術って」

「ああ。面白いだろう?」

「うん……。なあ、まだあるか?」

「ああ、そこの羊皮紙に書けば……」

 ヴァランが指さした先には何も置かれてない机があった。

「……ああ、そうだよ。切らしてたんだ。実験が長引いたから」

「買いに行くかい?私としては、シャンパンを買いたい気分でもあるんだが」

「……そうしよう。いつもの雑貨屋でいいかな?」

「ああ……」


 二人で街に繰り出したとき、前よりかやけに騒がしく見えた。国旗がやけに目立つように見えてた。前よりか表情が明るくなって、男の人と一緒にいる向かいの若い女の人や、玄関先でいつも以上に暗い顔をして花をめでている老婆がヴァランの目にはよく映った。

「やけに今日は騒がしいな」

 ヴァランがそう言った。

「大戦が終わったからな。パーティーの用意でもしてんだろうさ。……まあ、私がシャンパンを開けたい理由は、大家さんが傷痍軍人だからだよ。少しでも気が晴れるといいんだが……」

「ああ……片足がないんだっけか。僕らの少し上だろ。まだ若いのに……」

「私らが悔やんでも仕方がないさ。彼も彼なりに頑張ったんだ。戦争に行かなかった私らよりは勇気ある人だ。……まあ、まだ目に見える傷はマシなほうだよ」

 ヴァランが少し不思議そうに聞いた。

「それはどうゆう――」

 そう言いかけた瞬間、二発の破裂音が会話を遮った。

「伏せろヴァラン」

 アイザックは冷静にそう言って、人々の叫び声の中、物陰にヴァランを引っ張って身を隠した。

 さらに続けて二発ほど銃声が聞こえ、一発がアイザックの足元を掠めた。

「……通りを挟んだ向かいの民家のバルコニーだ。連発できるあたり、リボルバーか?」

「なら六発だな。お前も持ってただろ」

 ヴァランが間髪入れずそう茶化した。

「あいにくお家で留守番だ」

 もう二発銃声が聞こえた瞬間、二人は走って通りを跨ぎ、バルコニーがある家の扉に近づき、アイザックがドアノブをガチャガチャとして回そうとした。

「開かねえ!」

 そう言ってヴァランを見ると、左手に白い手袋を付けて言った。

「どいてくれアイザック」

 ヴァランは手の平をべったりとドアにつけると、ボンッという音と共にドアが吹き飛ばされた。

「なんだよそれ!?」

「マスターキーだよ」

 ヴァランに続けてアイザックが入り、アイザックが目の前の階段を見ると、吹き飛ばされたドアの、少し大きい破片をつかんだ。

「おい、アイザック、階段は危険だぞ!」

「――知ってる」

 アイザックは右足を階段の一段目に置いた瞬間、飛び上がり、敵がいるであろう個室のドアとその奥を見た。

 やはり居た。軍服に身を包み、右手にリボルバーを持っている。そして、その男の顔は、おびえた表情をしていた。

 アイザックは右手で破片を投げつけ、注意を逸らして、狙いが曖昧になった瞬間、階段の柵に手をかけ、軽々乗り越えた。弾丸の一発が天井に放たれた。おそらく驚いた拍子に引き金を引いたのだろう。

 アイザックは狙いをつけさせる前に近づき、拳を腹に命中させ、壁に向かって吹き飛ばした。

「うう……う……」

 男はリボルバーを落としてしまい、壁に持たれたが、起き上がり、右ポケットから銃剣バヨネットを取り出した。アイザックは、その時男が言っている言葉が聞こえた。

「うう……ドイツ人……ドイツ人め……」

 うわ言のように言っているその姿を、アイザックは少し悲しそうに見た。

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」

 男は絶叫し、アイザックに襲い掛かった。アイザックは間合いを詰め、左手で相手の前腕を掴み、素早く先ほど殴った場所を殴り、肘で顔面を打って飛ばした。そいつはベッドの上に倒れ、動かなくなった。

「アイザック。大丈夫か?」

「ああ……」

 ヴァランはベッドに倒れこんだ男を見つめて言った。

「退役軍人か……。リボルバーにバヨネットか……」

「ああ……。最後に、あいつは「ドイツ人め」と言っていた。戦争は惨いもんだな……」

 ヴァランは顎に手を当てて、少し考えてから言った。

「どうして……。戦争は終わったのに……」

「終わっちゃいない。戦争じごくを経験しちまえば、みんな永遠にそこに籠っちまう。地獄が一生消えないように、脳に焼き付いて離れない。少なくとも私の父は……」

 アイザックはリボルバーの弾を抜いて机に置いた。

「生まれた時から戦争中じごくのなかだ」

 バヨネットを机に置いて、静かにそう言う。その声には、恨みのような、悲しみ、哀れみのようなものが込められていた。

「戦争は人を変えちまう。魔力の起源もそうだろ?」

 ヴァランはハッとした。世界初の魔力を発現させた「アダム」という男も、戦争の負荷ストレスと脳への外傷で目覚めたんだ。

「彼も多分……愛妻家だったさ」

 アイザックはそう言うと、コートを着直して階段に向っていった。

 ヴァランは、机の上を見た。さっきアイザックが並べていた武装のほかに、一輪の花と女性が写っている写真が、きれいな写真立てに入れられて飾ってあった。


 ヴァランはアイザックの後ろ姿を見ながら、さっきの魔術を施した手袋を見た。


 魔術も……戦争の火種になるのか……?

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