19.種明かし
「レイ……殿……?」
幻……?
でも、このレイ殿はウィルに対してどこか反抗的だ。
何と言うかそう……歪んでいない。僕の知っているレイ殿だ。
もしかして、彼は僕が生み出した幻……?
「全部聞かせてもらったぜ。なるほどな。アンタは俺の『恋敵』だったってわけだ」
「恋敵? よく言うぜ。ビルのこと、疑いまくってたくせに」
「うっせえ。年取るとな、その……色々と臆病になんだよ」
頬が緩む。
恋敵、年を取ると臆病になる……か。
絶妙なワードチョイスだ。
僕の妄想力も、割と捨てたもんじゃないのかもしれない。
「いいから、テメェはとっとと消えろ。コイツは俺のもんだ」
「は? 調子に乗んなよ。アンタは所詮ただの
「っ! レイ殿!!」
再びあの人型の魔物が現れた。
僕は体勢を立て直して、レイ殿を背後に回らせる。
直後、腰に重みを感じた。
剣だ。ホルダーに刺さった状態でそこにある。
「へぇ?」
驚くウィル。
僕はそんな彼を他所に剣を抜いた。
それと同時に、魔物も剣を抜いて。
「ぐっ!!!」
激しくぶつかり合う。
魔物の一撃は凄まじく重たかった。
腕が痺れ、膝が軋む。
力の差は歴然だ。
理解した瞬間、甘い死の香りが漂い始める。
だけど、僕はもう屈したりしない。
僕の後ろにはレイ殿がいる。
彼は守って死にたい人じゃない。
だから、負けられない。
絶対に勝つ。
「はあぁあああ!!!!」
魔物の剣を弾いた。
ヤツがバランスを崩す。
横に伸びたヤツの腕。
僕はその腕を下から斬り上げる。
ヤツの右腕が、ヤツの剣と共に激しく回転しながら飛んでいく。
魔物の目はその右腕へ。
僕はその隙を逃さずに、魔物の首に刃を向けた。
「かっ……はっ……!?」
手応えあり。
刃に伝わってくる。
硬い骨と、しなやかな筋肉の感触が。
それらを横に真っ二つにして、ヤツの首を落とす。
ゴトリと生々しい音を立てて、首が床に転がった。
一呼吸遅れてヤツの膝が落ちる。
それと同時に、右腕、首の順で紫色の血が噴き出した。
僕はシールドを張って身を守る。
血は僕の体を汚すことなく、さらさらと流れ落ちていく。
「……かっ、勝った……」
みっともないぐらい気の抜けた声だった。
苦笑しつつほっと息をつくと、レイ殿が駆け寄ってくる。
「ウィリアム! 無事か???」
「ええ。レイ殿は?」
「この通り無傷だ。お前のお陰だよ」
微笑み合う。
胸が熱くなる……一方で、もどかしくて堪らなくなってきた。
それはレイ殿も同じみたいで、気まずそうに目を逸らす。
「……ったく、マジかよ」
ウィルが笑った。
呆れたように。困ったように。
あの魔物が倒されるとは、夢にも思っていなかったみたいだ。
ウィルは言っていた。
あの魔物=僕の『希死願望』を具現化したものであると。
もしかしたら、あれは本当だったのかもしれない。
僕はちゃんと死ではなく、
「勝手な奴だな」
「ごめん。っ!」
突き飛ばされて、またレイ殿に抱き留められる。
「ウィル――」
彼は笑っていた。
ほっとしたように。
それでいて、どこか寂しそうな顔で。
「あっ! わっ!!」
飛ばされていく。レイ殿と共に。遠く彼方へ。
ウィルの姿がどんどん小さくなっていく。
「ウィル、待って――」
「お前なんか嫌いだ!! 大っ嫌いだ!!!」
ウィルが叫んだ。
言葉とは裏腹に、とても爽やかな物言いだった。
夏の青空を思わせるような、搾りたてのレモネードを思わせるような、そんな爽やかさで。
「くっ……」
僕とレイ殿の体が光に包まれていく。
僕が生み出したレイ殿は、最後の最後まで僕のことをぎゅっと抱き締め続けてくれていた。
「ウィリアム!! ウィリアム!!」
「ん……?」
瞼を持ち上げる。
すると、視界いっぱいにレイ殿のお顔が広がった。
僕と目が合うなり、黒い瞳がじんわりと蕩け出す。
心配してくれてたんだ。
レイ殿には悪いけど、凄く嬉しい。
目の前にいるレイ殿は、薄茶色のローブ姿だ。
だけど、頭は馴染みの坊主頭で。
あれ? ターバン、してたよね……?
ちらちらと周囲を見回す。あった。
レイ殿から見て右斜め前方。
二メートルほど離れたところに落ちていた。
……投げ捨てたのかな?
何かこう……物凄くイライラして?
「ほっほっほ、安心せい。コヤツは本物のレイじゃよ」
褐色肌の老人が声をかけてくる。
催眠術師のナジームさんだ。
先生は白くて長い顎鬚を弄りながら、穏やかに笑いながら続ける。
「因みに、最後の方に出てきたレイも本物じゃよ」
「えっ!?」
「っ! おい!! ジジイ――」
「とはいっても、実際にコヤツがお前さんの意識に入っていたわけではない。あれはお前さんの記憶を参考に、儂が生成したイメージじゃ。
「ばっ!? テメエ!!!」
「じゃあ、『恋敵』とか『コイツは俺のもんだ』っていうのも?」
「ああ。コヤツが言っておったことじゃ」
これまでで一番大きな舌打ちが鳴り響いた。
どうやら事実らしい。
その真意をぜひとも掘り下げたいところではあるけど、それは後だ。
先生がお帰りになる前に、これだけはきちんと確認しておかないと。
「先生。あの……ウィルは? ウィルはどうなったんでしょうか?」
「安心せい。何も消えたわけではない。彼は変わらず君の中にいるよ」
「っ! そうですか」
「また表に出てくるようなことは?」
酷く煩わしげな調子でレイ殿が訊ねる。
先生はそんなレイ殿を前にして、やれやれと肩を竦めた。
呆れているみたいだ。
「ウィリアム君とお前さん次第じゃな」
「というと?」
「彼の使命は、ウィリアム君に『真実の愛』を与えることじゃから」
「えっ? 自死を促すことではなく?」
「それならば、さっさとウィルが代行してしまえばいいだけのこと。誘導などと、そんな七面倒臭い手段に出る必要もなかろうて」
「あ……そっか……」
「彼は試しておったのじゃよ。お前さんとレイを。その愛が、『真実の愛』たり得るものであるのかどうか……とな」
じゃあ、最後のも?
あの愛の告白もフリだったのかな?
「ウィリアム君」
「はい」
「ウィルは君が生み出した『最高の味方』じゃ。故に彼は、常に君のことを案じておる。精々安心させてやることじゃ。この男を上手く使っての」
「あ゛?」
「何じゃ? 不服か?」
「……知るかよ」
「ほっほっほ、まあ良い。もう二度と呼ばれることがないよう祈っておるぞ」
先生が立ち上がる。
僕は慌てて立ち上がって礼をした。
「ありがとうございました」
「お幸せに」
「っ、はい!」
レイ殿がまた舌打ちをした。
照れ隠しだ。もう考えなくても分かる。
それが何だかこそばゆくて。
パタンと扉が閉まった後で、僕は堪らず咳払いをした。
よし。ここからはお待ちかねの追及タイムだ。
波打つ唇をきゅっと引き結んで、レイ殿に向き直る。
「あの……その……じゃあ、僕とウィルのやり取りは、ほぼ全部お聞きになっていた、ということですよね?」
レイ殿はちらっと僕を一瞥して、深く、それはもう深く溜息をついた。
これは期待が持てそうだ。
体が勝手に揺れ出す。
ははっ、我ながら浮かれてるな。
「ああ。あの爺さんが逐一
「いや、あれは幻ですから」
「……関係ねえよ」
「えっ? あっ……」
ソファに押し倒された。
やわらかなベルベッドに包まれる。
だけど、その極上の肌触りを楽しむ余裕は……ない。
レイ殿が見下ろしてきている。
じとーっとした、嫉妬と怒りに満ち満ちた眼差しで。
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