第18話 勇者逃亡 ⑬

ぴゅい


かわいい声とは正反対のゴツイ体の飛行物体がグングンと近づいてきて、腰の抜けた私の上でホバリング……もう、終わった。


「お、お兄ちゃんたちだけでも、逃げて」


ガクガクブルブルの足では逃げられません。小次郎から取り上げた剣の柄も握ったまま手放せないほど体が硬直しているし……、あんなバカでかいワイバーンに抵抗できる気力もないです……。うぇ~ん、異世界怖いよーっ。


ヒラリ。


人生を諦めた私の前に何かが落ちてくる? いや、違う。ワイバーンの背から誰かが飛び降りた。え、ちょっと待って。ワイバーンって背中に乗ることできるの? 飼い馴らせたワイバーンっているの? 首チョンパしたワイバーンって誰かのペットだった?


走馬灯ならぬ、ペットを害した賠償責任に胸がドッキンドッキンしてきた私の前に、百点満点の直地を決めたのはキラキラしいイケメンさんだった。


びゅい


またまたかわいい鳴き声が聞こえたかと思えば、上空に留まっていたワイバーンがドスンと下りてきた。うん? あちらの恐竜映画でよく登場したプテラノドン擬きとは違い、どっしりとしたフォルム、陽を浴びて輝く鱗、頭にちょこんと二本角、爬虫類特有の縦長瞳孔の瞳、肉厚な羽……翼? ワイバーンじゃないよ、これ。


「ド……ドドドド、ドラゴンだーっ!」


私の代わりに誰かが叫んでくれる。兄の背中でお婆さんがガクッと気絶した。小次郎と私は抱き合って目を見開いて呆然自失。なのに……姉だけが眼をキラキラと輝かしてうっとりと呟く。


「まさにファンタジー」


そんなファンタジーはいらないよっ。


























「大丈夫か?」


ワイバーン改めドラゴンに乗ってやってきたキラキライケメンさん、護衛冒険者のリーダーエンリケさんがお相手しているけど、彼の視線は私と私が握っている剣に向いている。嫌な予感……。


兄は背負っているお婆さんを馬車に寝かせて私たちのところへ。モーリッツさん一家も私たちを心配して寄ってきた。手に暖かいお茶のカップを渡されて、なんか涙が出てきたよ、ぐっすん。

ふーふー。お茶を少しずつ飲んでいる私の前で馬車が道の端に移動される。乗客の皆さんはとりあえず荷物の確認をしに乗り込んでいった。


何故か私たち橘一家とモーリッツさん一家、護衛冒険者パーティー「グランツ」は居残り。前にはキラキライケメンさんが立ち、その後ろにはババーンとドラゴンが存在している。ドラゴンの圧がすごいんですけど?


「あー……この人は有名な冒険者パーティー「ライゼ」のメンバーでレオンさんだ。この度、アーゲン国からの依頼でワイバーン討伐に参加されている」


エンリケさんが苦虫を噛み潰したような顔でレオンさんの紹介をしてくれた。でも、もっと紹介する大事なことがあると思う。


まず背が高い。兄のようにヒョロいわけでもなくマッチョムキムキでもない。バランスの取れたスタイルだ。手足も長い。サラサラの金髪は色が淡く冒険者なのに色が白い。顔がアイドルみたいに小さく、目はキリリとした二重で銀色の瞳。まさにファンタジー! 鼻は高くてスーッと鼻筋が通っている。唇が薄くて無表情だから冷たい印象。だがしかし、顔がいいーっ。


キラキライケメンさん、レオンさんは無表情に加えて無口なのか、エンリケさんが紹介してもペコリともしない。コミュニケーションに困るタイプである。


「つまり、そのワイバーン討伐で仕留め損なったのが、こちらに飛んできたということですか?」


モーリッツさんの言葉にギュッと眉を寄せたレオンさんが反論した。


「仕留め損なったのはアーゲン国の騎士団だ。こちらはドラゴンで追尾ができたので追ってきたんだ」


……プライドが高いのか。エンリケさんがチラッと首のないワイバーンを見てぎゅむっと顔を歪める。


「で、誰がワイバーンを倒した?」


レオンさんの追及にエンリケさんは答えられない。自分たちが倒したって報告してくれてもいいのに。むしろ、エンリケさんたちが倒したことにしてほしい。私はそんな願いを込めてエンリケさん、チュイさん、ドラさん、ニルダさんへ視線を投げるが、みなさん見事に目を逸らす。ちっ。


「信じたくないが、その少女が倒したのか?」


イケメンさんの顔が険しくなり、その対象が自分だと思うと胸のドキドキが止まらない。イケメンに対する乙女の鼓動ではなく、恐怖の動悸である。圧の強いレオンさんと私の間に小次郎がズズイッと割り込んできた。


「小次郎!」


ダメだよっ。ワイバーンを倒したのが小次郎だとバレると、何かの拍子にトリーア王国で行われた勇者召喚と繋がってしまうかもしれない。だから、ここで小次郎が剣でワイバーンの首チョンパしたことは絶対の秘密なんだよぉっ。


「はいはい、はぁい、私です」


勢いよく左手を上げ、怖いけどレオンさんの顔を真っすぐに見て、自己申告します!


「……本当に?」


「む、夢中で。小次郎を守るのに必死でよく覚えてません!」


レオンさんは私の顔と右手に握られたままの剣を交互に見たあと、エンリケさんに話しかける。


「ワイバーン討伐を見ていたか?」


「いいえ。キッカさんとコジローに向かっていったワイバーンをキッカさんが持つその剣で倒すとき、なぜか眩しい光が満ちて見えなくなりました。光が落ち着いたときにはワイバーンは倒されていましたし」


エンリケさんの説明に、「グランツ」の他のメンバーと馬車からこちらへ顔を覗かせている人たちもうんうんと頷く。


「……ずいぶんと運がよかったな」


レオンさんは肩を竦め軽く言うけど、こっちにしたら運が悪すぎるよ。

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