第13話 勇者逃亡 ⑧

あ、あれだよね? 人間、持ったことのない大金を手にすると挙動不審になるよね? 


間違いなく庶民の中の庶民だった、橘家は金貨……じゃなかった、大金貨三枚を手に狭いテントの中を右往左往しています。


「さ、さささ、300万。この金ピカが300万……」


兄もやや壊れ気味。小次郎は価値がわからないのか首を傾げるだけ。私も意味もなく立ったり座ったりを繰り返す。


「よかったわね。一人300万だから、四人で1200万。これでしばらくは暮らせる……あら?」


「なに? お姉ちゃん、今度はなに? もう私とお兄ちゃんは使い物にならないわよっ」


酷い言いぐさだけと真実だからしょうがない。兄は一流企業に勤めていたし、それなりに貯金もあっただろうから百万単位のお金に免疫があってもいいのに、私と変わらない動揺っぷりだもん。


「えっとね、この大金貨ってあまり使われないの」


「え? もしかしてニセ金?」


私の言葉に、奇怪な踊りを踊り始めていた兄の手と足がピタリと止まる。あの、クソ神め! 私たちを喜ばせてニセ金を掴ませるなんて!


「ううん。あのね、価値が高すぎて一般の人たちは使わないのよ。私たちだって百万単位のお札があっても使いにくいでしょ?」


……確かに。百万札があったとして、持ち歩くことはないし……千円単位の商品を買うのに百万札を出すのは迷惑だって理解できるわ。


「じゃ……じゃあ、この大金貨を両替すればいいんじゃない?」


もっと使いやすい銀貨や大銀貨に。屋台とかで買い食いする用に鉄貨や銅貨も。あれは? あっちの世界の銀行みたいな機関はないの?


「……ギルドがあるから、冒険者や商人はギルドに登録すれば口座が作れるわ。私たちはこっちの世界の人じゃないから、どこの国にも籍がないでしょ? そういう場合はやっぱりギルド登録しないと口座は作れないもの。そして……口座以外では簡単に両替もできないわ」


「ええーっ、じゃあ百万単位をどこで使えばいいのよ!」


まずはアーゲン国での宿代と食事、必要物資も買いたい。そのあとはフュルト国への移動代。フュルト国でも仕事が見つかるまでの間の生活費。300万で足りるかどうかはわからないけど、余裕ができた気持ちだったのに……大金貨だと支障が出るなんて思わなかった。


「そうだよなぁ。一万円札だって嫌な顔をする人もいるのに、百万円札はなぁ。最近ではキャッシュレスだから現金払いの肩身も狭くなったし」


兄が年寄りみたいな意見を言い出したが、なんか納得。


「しかも、あっちと比べて治安は激悪だろうし……大金持っているのがバレたら奪われるなぁ」


「そうねぇ。間違いなく力尽くで奪われるから、死んじゃうかもしれないわね」


姉がのんびりとした口調で恐ろしいことを口にした。これでは一人300万の予算があっても実質0円である。問題が「ふりだし」に戻ってしまった……。


























神様から貰ったもの……規格外にすごいものだったけど、欲を言えばお金はいろいろな種類の硬貨で用意してほしかった、


さりげなく、モーリッツさんにお金の話をしたら、商売をしていたモーリッツさんでさえ大金貨での取引なと滅多にないと言われてしまった。大きな商会やそれこそ家を買うとかなら庶民でもお目にかかることはあるかもしれないけど、貴族じゃなかったら大金貨なんて手にすることはないんだって。あははは。


はあああぁぁぁっ、どうしよう。


ギルドに登録して両替してもらう……ということもしたくない。これもモーリッツさんと文官と仲良しの姉からの話なのだが、どうやら移民は最初にギルド登録した国の所属扱いになるらしいの。

ギルドは冒険者ギルドや商業ギルドの他にもいろいろあるんだけど、共通しているのは国を超えての組織であること。ギルドの決定にはどこの国の代表でも口を挟むことはできない、ある意味では国の代表者と匹敵する権力を持っている。


でも、国ではないからギルド所属の者たちは、どこぞの国籍、住民であるべきなの。ギルドに登録しない一般の人は国に住民登録するのよ。でも、私たちみたいに住むところを探して移動する人は、見つけた永住先で住民登録するか、最初にギルド登録した国の所属になるか選べるの。


「落ち着いて住めるところを見つけたら、そこで住民登録したいと思っていたけど……」


「それだと、いつまで経っても浮浪人だろ? 税金を払う場所が不定だから扱いは悪いし町に入るときの税も高い。下手したら身分証明ができないからって冤罪被って牢屋の中だって言うし」


「とりあえずでギルドに登録したほうがいいんじゃない?」


姉の意見に賛成はしたいが、勇者召喚したトリーア国はもちろん、ここノイス国やアーゲン国での登録は止めておいたほうがいい。小次郎の身バレしたらこまで逃げてきた意味がないし、いつまでもここに囚われるのは嫌な気分だ。


「そうだな。せめてフュルト国で登録しよう。そうすると……アーゲン国での滞在費とフュルト国への移動代をどう稼ぐか……」


う~ん、この問題はなかなか解決策が見つからないわね。どうしたらお金を稼いでフュルト国まで移動することができるのかな? あのバカ神め、今からでも大金貨を両替してくれないかな?

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