第7話 作戦会議

 翌朝、第一師団の執務棟に呼び出されたバルトロメアは、緊張した面持ちで連隊長室の扉を叩いた。

 中にはナルディーニ中佐とフィオーレ少尉がいた。机の上には地図とコンパス、赤い印がいくつも記された紙が広げられている。


「君の“猫の王国”《レグナム・フェリアム》の有効範囲を確認したい」

 そう言って、ナルディーニは書類を差し出した。

「この草原地帯で演習を行う。野良猫を数匹連れていき、目印の木にそれぞれ配置する。あとは君のスキルで、遠隔から観察・報告してもらう」


 バルトロメアは頷いた。「了解しました」


 その日、二人は馬車で草原へ向かった。

 車輪の音とともに、冷たい風が頬を撫でる。

 荷台には、捕獲班が用意した数匹の猫が籠に入れられていた。

 白猫、黒猫、茶トラ――それぞれに個性があり、目を光らせて外を窺っている。


「この子たち、少し緊張しているみたいですね」

 フィオーレ少尉が微笑んで籠を覗き込む。

 バルトロメアは手を伸ばし、そっと白猫の頭を撫でた。

「大丈夫、すぐに戻るわ。少しの間、働いてもらうだけよ」


 彼女の声は穏やかで、どこか母親のような温かさがあった。

 猫たちはそれを理解したかのように、喉を鳴らした。


 二人は木々の間を抜けながら、一本ごとに目印の赤布を結び、そこに猫を置いた。

 そして一匹ずつ目を見つめて命じた。


「ここでじっとしていて。人間が通ったら、私に知らせなさい」


 猫たちはそれぞれ「ニャ」と短く返事をした。スキルによって、命令の意味は確実に伝わっている。

 その様子を見て、フィオーレは感嘆の息を漏らした。

「まるで兵士に指令を出しているみたいですね。猫たちが、ちゃんと理解している」


「彼らは忠実よ。人間よりも、ずっと素直だから」


 昼前にすべての配置を終え、二人は馬車を返して師団本部へ戻った。

 部屋に戻ると、バルトロメアは机にノートを広げ、深呼吸をひとつ。

 椅子に腰を下ろし、両手を胸の前で組む。


「スキル起動――“猫の王国”《レグナム・フェリアム》」


 微かな光が彼女の額に走り、意識が猫たちへと繋がっていく。

 世界が広がり、いくつもの視界が同時に流れ込む――地面すれすれの視点、風に揺れる草、通り過ぎる小さな虫。

 そして、遠くの空に人馬の影。


 騎兵隊長の号令が響く。

 騎兵たちが列を組み、ゆっくりと草原へ進入していく。

 最初の目印を通過――パンッ! 一発の銃声が空に響く。

 バルトロメアはすぐにノートに記した。「一発、通過確認」


 二番目では、パンッ、パンッ。二発。

 三番目では、三発。

 彼女の指はすばやく走り、全てを正確に記録していく。

 猫たちは怯えることなく、それぞれの位置から冷静に周囲を観察していた。


 数分後、意識を戻したバルトロメアは、静かに目を開けた。

「報告、完了しました」


 ナルディーニが書類を受け取り、目を通した。

 しばらく沈黙ののち、満足げに笑みを浮かべた。

「うん、その通りだ。よくやった」

 軽く手を叩く音が部屋に響いた。


 フィオーレが尋ねた。

「中佐、実戦ではどのように応用するおつもりですか?」


「乱戦では難しい。しかし、事前偵察や敵の進軍経路の確認には極めて有効だ」

 ナルディーニは顎に手を当てて言った。

「猫は目立たず、音も立てない。敵陣に潜ませておける。夜間偵察にも使えるだろう。……いくつかの作戦案をまとめておこう」


 その日の午後、師団の作戦会議が開かれた。

 バルトロメアはフィオーレとともに出席を命じられる。


 広い会議室には、師団長をはじめ連隊長たちが並び、壁には地図が貼られ、各師団の配置状況を示す赤と青のピンが打たれていた。

 バルトロメアは他の戦乙女たちと一緒に、一番後方の椅子に静かに腰を下ろした。


 隣に座るのは、銀髪の年長の戦乙女。彼女が微笑んで囁く。

「あなたが新しい《猫使役》の子ね。噂は聞いているわ。今日は堂々としていればいいの」


 バルトロメアは小さく会釈した。

 この場所に並ぶのは初めて――王国選りすぐりの戦乙女たち。

 その背筋はどれもまっすぐで、瞳には炎のような意志が宿っている。

 自分も、いつかその中に肩を並べられるだろうか。

 胸の奥で、静かな決意が灯った。

 壇上では、師団長が話を始めていた。

「ロストフ帝国軍の動きがあわただしい。いつ開戦してもおかしくない。ナルディーニ連隊長、騎兵による偵察を頼む」


 ナルディーニが答えた。

「はい、すぐに開始します」


 師団長はうなずき、低く響く声で言った。

「次に、各連隊の配置と準備状況に移る」


 会議が終わる頃、夕陽が窓を染めていた。

 フィオーレが小声で言う。

「あなたのスキルは、これからきっと重要になります」


 バルトロメアは静かに微笑んだ。

「ええ。猫たちの目が、王国の未来を見守ることになるのなら――喜んで使います」

 その声は穏やかだったが、確かな意志が宿っていた。

 やがて、夜がゆっくりと帳を下ろしていった。

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