使えない猫使役スキルを授かった令嬢、実は最強でした!?~戦乙女になれなかった落ちこぼれの私、でも世界の猫全部が味方についた件~

スター☆にゅう・いっち

第1話 猫使役の少女 ―バルトロメア・ディ・パンフィーリの覚醒―

スキル下賜の儀


 ランゴバルド王国の王都パヴィーアは、石畳の街道が碁盤の目のように走り、白い尖塔がいくつも空に突き刺さっていた。春先の陽光が大理石の壁を照らし、鐘の音が王都全域にこだまする。

 その一角、貴族街の奥まった場所に建つパンフィーリ伯爵家の屋敷では、朝から慌ただしい気配が漂っていた。


 執事が馬車の準備を整え、侍女たちは少女の髪を梳いていた。

 伯爵の長女バルトロメアは十五歳。今日は王都の女子幼年魔法学校を卒業し、「スキル下賜の儀」を受ける日であった。


 父パウルス・ディ・パンフィーリ伯爵は、王国議会の一員でありながら、家族思いの人物として知られていた。

 母リヴィアもまた、温和で慈愛に満ちた貴婦人だ。二人にとって、ただ一人の娘であるバルトロメアは宝石のような存在であった。


 伯爵は、娘の肩に手を置いた。

「よいか、バルトロメア。パンフィーリ家の名に恥じぬよう、立派に儀式を受けるのだぞ」

「はい、お父さま」

「炎でも、雷でも、水でもよい。どうか戦乙女(ヴァルキリア)の加護を……」


 母はそっと手を合わせ、神聖教会の印を切った。

 伯爵家の馬車が、ゆっくりと石畳の通りを走り出す。沿道では、同じく儀式に向かう貴族の子女たちの馬車が連なっていた。


 女子幼年魔法学校の礼拝堂は白い大理石で造られ、ステンドグラス越しに朝の光が差し込んでいた。

 壇上には神聖魔法教会の司教が立ち、前方の祭壇には、青い魔法水を湛えたガラス容器と、水晶球が置かれている。


「では、順に神の祝福を授けよう」


 ひとり、またひとりと生徒たちが呼ばれ、祭壇の前に進み出る。

 水晶が光を帯び、そこに浮かぶ魔法文字を司教が読み上げる。

「フラミニア・ディ・アルディーニ――スキル火炎!」

「おお……」

 生徒たちから感嘆の声が上がる。


 火炎、水氷、風、雷――それら四大元素系のスキルを授かった者は、戦乙女候補として軍へ推薦される。名誉と富が約束された道だ。

 貴族であれ平民であれ、そこに人生の命運がかかっている。


 そして、バルトロメアの名が呼ばれた。


「バルトロメア・ディ・パンフィーリ」


 彼女は緊張の面持ちで祭壇の前に進み、ひざまずいた。

 水晶に手をかざすと、柔らかな光が広がり、やがて淡い桃色の魔法文字が浮かび上がる。

 司教がそれを凝視し、わずかに眉をひそめる。

 傍らのシスターが短冊を受け取り、筆を走らせた。


「――スキル名、《猫使役》」


 礼拝堂に一瞬、静寂が走る。

 そしてすぐに、ざわめきが広がった。


「猫……?」「そんなスキル、聞いたことない……」「珍しい……というか、使えないんじゃ……」


 司教が杖で床を叩き、「静粛に」と叱責する。

 バルトロメアは、ひざまずいたまま硬直していた。

 想像していた、火炎、水氷、風、雷などでない。

 猫――それはあまりにも可愛らしすぎて、儀礼の場には似つかわしくなかった。


 それでも彼女は、震える手で短冊を受け取った。形式通りに頭を垂れ、祭壇をあとにする。


父の落胆、猫の声

 礼拝堂を出ると、外では多くの親たちが待っていた。

 戦乙女の娘を誇らしげに抱きしめる母、喜びで涙ぐむ父。

 それとは対照的に、スキルを授からなかった子供たちは沈黙のまま馬車に乗り込んでいく。


 その中に、バルトロメアと両親の姿があった。


「どうだった? 戦闘系のスキルを授かったか?」

 父が期待に満ちた目で尋ねる。

 バルトロメアは言葉に詰まり、短冊を差し出した。

 パウルスはそれを見て、しばし黙り込み――眉をひそめる。


「……“猫使役”……? テイム系か? だが、犬でも狼でもなく、なぜ猫なのだ?」

「たぶん……そういうこと、みたいです……」


 伯爵は額を押さえたが、すぐに気を取り直した。

「よし、軍にかけあってくる。猫でも、使いようがあるかもしれん!」


 教会の前には、軍の臨時登録所が設けられていた。戦闘スキルを授かった生徒は、すぐに戦乙女候補として登録されるのだ。

 パウルスは娘を伴い、係官に声をかけた。


「パンフィーリ伯爵だ。娘がテイム系のスキルを授かった。登録は可能かね?」


「テイム系……犬でしょうか?」

「いや……その、猫のようでしてな」

「猫……ですか?」

 係官は困惑し、上官を呼んだ。


 やがて現れた軍人は短冊を一目見て、静かに言った。

「猫のテイム……犬と違って偵察や索敵には向きませんな。残念ながら、軍所属は認められません。ただしスキル所有者名簿には記録しておきましょう。何かあれば追って連絡します」


 伯爵は唇をかみ、軽く礼をして去った。

 馬車の中、誰も口を開かなかった。

 バルトロメアは胸の奥が締めつけられるように痛かった。


猫のささやき


 夜。

 王都の外れにあるパンフィーリ邸の一室で、バルトロメアはベッドに腰かけ、膝の上で黒猫を抱いていた。

 名はネーロ。彼女が八歳のころから飼っている、賢く人懐こい猫だ。


「ネーロ……わたし、だめな子なのかもしれない……」


 ネーロは彼女の指先に顔をすり寄せ、にゃあと鳴いた。

 その瞬間――。


(おい、相棒。あんまり落ち込むなよ)


「……え?」


 思わず顔を上げた。

 部屋には彼女とネーロしかいない。

 今の声は――心の中に直接、響いた。


(ここだってば。おまえの膝の上だよ)

「ネ、ネーロ!? しゃ、喋ったの!?」

(喋ったんじゃなくて、話したんだ。心でな)


 バルトロメアは息をのんだ。

 信じられない。けれど、その声は確かに心に聞こえる。


(おまえは“猫使役”のスキルを授かった。つまり、猫と心を通わせる力を得たんだよ)

「そんな……ほんとうに……?」


(ほんとさ。しかも、ただ話せるだけじゃない。これからおまえが望めば、猫たちは皆、おまえの命に従うこともできる)


 ネーロは尾をゆらしながら、黄金色の瞳で彼女を見上げた。

(世界には、まだおまえの知らない“猫の王国”がある。夜の屋根の上を駆け、影を見張り、魔を退ける。……猫使役は、失われた古代スキルのひとつだ)


「古代スキル……?」


(ああ。千年前、大聖女もこのスキルを持っていたらしい。……ま、今となっては伝説だがな)


 バルトロメアの胸に、再び光が灯った。

 誰にも理解されない力――けれど、確かに特別な何かを感じる。

 窓の外では、月が静かに照らしていた。


(さあ、行こうぜ。相棒。おまえが“猫たちの主”として目覚める夜が、はじまるんだ)


 ネーロの瞳が、月光のように輝いた。

 その瞬間、屋敷の屋根の上で、十数匹の猫が同時に鳴いた。

 まるで、新たな主の誕生を祝うかのように――。

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