第15話 身分開示

◆◆◆


刺客を撃退してから三日後。


銀月亭には、いつもとは違う客が訪れるようになっていた。


「失礼します」


豪華な服を着た貴族が、恐る恐る扉を開ける。


「ようこそ、銀月亭へ」


ルナが笑顔で迎える。


「あの……本当に、どなたでも入れるのですか……?」


「もちろんです。身分は問いません」


「そ、そうですか……」


貴族が、緊張した面持ちで席に着く。


実は――


刺客襲撃の一件で、アレンの名前が王都中に広まっていた。


『Aランク刺客五人を、一人で撃退』


『シルヴァリア公爵家の嫡男』


『元英雄パーティーのメンバー』


『Sランク認定ギルドのマスター』


噂は瞬く間に広がり――


今や、アレンは大陸でも有数の有名人になっていた。


「アレン様のお料理、いただけますか……?」


貴族が、恐縮した様子で尋ねる。


「もちろんです。少々お待ちください」


ルナが、厨房に向かう。


「アレンさん、お客様です」


「わかった」


アレンが、いつものように料理を作る。


そして――


「お待たせしました」


料理が運ばれてくると――


「こ、これは……!」


貴族の目が輝いた。


一口食べて――


「美味しい……! こんなに美味しい料理、王宮でも食べたことがありません……!」


貴族が感動で涙を流す。


その光景は――もはや銀月亭の日常となっていた。


◆◆◆


だが、全ての貴族が善良なわけではなかった。


「おい、そこの獣人娘」


ある日、傲慢な顔つきの貴族が、ルナに声をかけた。


「はい、何でしょうか?」


ルナが笑顔で応える。


「俺は、グレイソン男爵だ。覚えておけ」


「はい、グレイソン様ですね」


「で、アレンとやらはどこだ? 呼んでこい」


その態度に、周囲の客がざわめいた。


「申し訳ございませんが、アレンさんは厨房で――」


「聞いてない。さっさと呼べと言ってるんだ」


グレイソンが、テーブルを叩く。


「お、お待ちください……」


ルナが困っていると――


「どうした?」


アレンが、厨房から出てきた。


「アレンさん……」


「お前がアレンか」


グレイソンが、アレンを見下すように言った。


「噂は聞いているぞ。公爵家の次男坊が、家出して冒険者ごっこをしているとな」


「……何の用だ?」


アレンの目が、冷たくなった。


「用? 決まっている。お前のような下賤な者が、公爵家の名を騙るのは許さん」


「俺は、騙ってなどいない」


「黙れ!」


グレイソンが、杖で床を叩いた。


「お前が本当にシルヴァリア家の者なら、証拠を見せろ!」


周囲が、息を呑んで見守る。


アレンは――


「いいだろう」


懐から、一枚の紋章を取り出した。


それは――


銀色の月と、交差する剣。


シルヴァリア公爵家の紋章。


「こ、これは……!」


グレイソンの顔が、青ざめた。


「本物……シルヴァリア家の紋章……!」


周囲が、どよめいた。


「信じたか?」


アレンが、冷たく言い放つ。


「では、帰ってくれ。お前のような無礼な客は、お断りだ」


「な、何だと……!」


「二度と来るな」


アレンの目が、鋭く光った。


その圧倒的な威圧感に――


グレイソンは、何も言い返せず――


「お、覚えておけ……!」


捨て台詞を残して、逃げるように去っていった。


◆◆◆


その日の夕方。


バルト伯爵が、銀月亭を訪れた。


「アレン殿、少しよろしいか?」


「バルト様。どうぞ、こちらへ」


二人は、奥の個室で向き合った。


「実は……王都から、正式な通達が届きました」


バルト伯爵が、一通の書類を差し出した。


アレンが読むと――


```

シルヴァリア公爵家 当主ヴィクター・フォン・シルヴァリアより


次男アレン・フォン・シルヴァリアに告ぐ。


直ちに公爵家に戻り、家督相続の儀に出席せよ。


これは命令である。


従わぬ場合、家督相続権を剥奪する。

```


「家督相続……」


アレンが、眉をひそめる。


「どうやら、お兄様が病で倒れられたようです。そのため、次期当主を決めることになったと……」


「兄が……」


アレンの表情が、少しだけ曇った。


「どうされますか?」


「……断る」


アレンが、きっぱりと答えた。


「俺は、銀月亭のマスターだ。公爵家に戻るつもりはない」


「ですが、これは公爵家からの正式な――」


「関係ない」


アレンは、書類を置いた。


「俺は、もう公爵家の人間じゃない。ここが、俺の居場所だ」


その言葉に――


バルト伯爵は、静かに微笑んだ。


「わかりました。では、その旨を王都に伝えましょう」


「すみません」


「いえ。あなたの決断を、私は尊重します」


バルト伯爵は立ち上がった。


「ただ……おそらく、公爵家から使者が来るでしょう」


「来たら、追い返す」


「ふふ、あなたらしい」


バルト伯爵は、満足そうに頷いて去っていった。


◆◆◆


その夜。


ルナ、エルミナ、フィアナが、アレンの部屋に集まっていた。


「アレンさん……本当に、公爵家に戻らなくていいんですか?」


ルナが、心配そうに尋ねる。


「ああ。俺の居場所は、ここだ」


「でも……家族が……」


「家族は――」


アレンは、少し目を伏せた。


「複雑なんだ」


三人が、静かに耳を傾ける。


「俺は、公爵家の次男として生まれた。兄は優秀で、誰からも愛されていた」


アレンが、ゆっくりと語り始める。


「でも、俺は……期待外れだった」


「そんな……」


エルミナが、悲しそうな表情を浮かべる。


「魔法の才能はあったが、貴族としての振る舞いが苦手だった。社交界でも、いつも失敗ばかり」


「それで……」


「十歳の時、耐えられなくなって家を出た。それから八年間、冒険者として生きてきた」


アレンは、窓の外を見つめた。


「家族とは、ほとんど連絡を取っていない。だから――今さら戻れと言われても、困る」


「アレンさん……」


フィアナが、アレンの手を握った。


「でも、私たちがいます」


「え?」


「アレンさんには、私たちがいます。家族が受け入れなくても、私たちは、アレンさんを必要としています」


フィアナの言葉に――


ルナとエルミナも、頷いた。


「そうです! 私たち、アレンさんの家族です!」


ルナが、元気よく言う。


「ずっと、一緒にいます……」


エルミナが、優しく微笑む。


その言葉に――


アレンは、温かい気持ちに包まれた。


「ありがとう」


アレンが、三人の頭を撫でる。


「お前たちがいれば、十分だ」


「えへへ……」


「あ……」


「嬉しいです……」


三人が、それぞれ幸せそうな表情を浮かべた。


◆◆◆


翌日。


銀月亭に――豪華な馬車が到着した。


「これは……公爵家の紋章……」


町の人々が、ざわめく。


馬車から降りてきたのは――


金髪、青い瞳、威厳ある佇まいの老人。


「私は、シルヴァリア公爵家執事、セバスチャンと申します」


老執事が、丁寧に礼をした。


「アレン様に、お会いしたく参りました」


「アレンさんに、ですか?」


ルナが、不安そうに尋ねる。


「はい。公爵家からの、重要な用件です」


「わかりました。お通しします」


ルナが、セバスチャンを応接室に案内した。


◆◆◆


応接室で――


アレンとセバスチャンが、向かい合っていた。


「お久しぶりです、アレン様」


「セバスチャン……」


アレンは、複雑な表情を浮かべた。


セバスチャンは、アレンが幼い頃から仕えていた執事だ。


「元気そうで、何よりです」


「用件は?」


「……まずは、これを」


セバスチャンが、一通の手紙を差し出した。


差出人は――兄、エドワード・フォン・シルヴァリア。


アレンが、手紙を開く。


-----


**アレンへ**


久しぶりだな、弟よ。


俺は、病に倒れた。医者によれば、あと半年の命だそうだ。


だから、次期当主を決めなければならない。

本来なら、お前が継ぐべきだ。


だが、お前が家を継ぎたくないことは知っている。


だから――頼みがある。


一度だけ、家に戻ってきてくれないか。


父や母と、話をしてくれないか。


お前が決めた道を、俺は尊重する。

でも、家族として――一度だけ、顔を見せてほしい。


それが、兄としての最後の願いだ。


エドワード


-----


アレンは――


静かに手紙を置いた。


「……わかった。一度だけ、戻る」


「本当ですか!」


セバスチャンの顔が、明るくなった。


「ただし、条件がある」


「何でしょう?」


「ルナ、エルミナ、フィアナを連れて行く」


「三人も、ですか?」


「ああ。彼女たちは、俺の大切な仲間だ。家族に会わせたい」


セバスチャンは、少し考えてから――


「わかりました。公爵家も、歓迎いたします」


「ありがとう」


こうして、アレンは――


八年ぶりに、故郷へと戻ることになった。


◆◆◆


その夜。


アレンは、三人に事情を説明した。


「というわけで、明日から数日、王都に行くことになる」


「わ、私たちも、ですか!?」


フィアナが驚く。


「ああ。お前たちにも、家族を紹介したい」


「か、家族……」


エルミナが、緊張した表情を浮かべる。


「大丈夫です! 私、頑張ります!」


ルナが、元気よく言う。


「よし。じゃあ、準備をしよう」


「はい!」


三人が、嬉しそうに答えた。


だが、内心では――


(公爵家……大丈夫かな……)


(ちゃんと、挨拶できるかな……)


(緊張する……)


三人とも、ドキドキしていた。


◆◆◆


翌朝。


豪華な馬車に乗って、一行は王都へと向かった。


「すごい……こんな豪華な馬車、初めて乗ります……」


ルナが、目を輝かせる。


「私も……王宮の馬車より、立派かもしれません……」


フィアナが、感心する。


「緊張します……」


エルミナが、アレンの袖を握る。


「大丈夫だ。俺がついてる」


アレンが、優しく微笑む。


その言葉に――


三人は、少しだけ安心した。


馬車は、ゆっくりと王都へと向かっていく。


そして――


アレンの過去と、未来が――


交錯しようとしていた。


-----

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