第10話 後悔の始まり
◆◆◆
夕暮れ。
元英雄パーティーの五人は、重い足取りでリーベルハイムを後にしていた。
「結局……ダメだったな……」
ガイウスが、力なく呟く。
アレンの冷たい拒絶。
町の人々の冷ややかな視線。
そして、自分たちの惨めな姿。
全てが、現実として突きつけられた。
「これから……どうするの……」
エリシアが、涙声で尋ねる。
「わからない……もう、何もわからない……」
マルコが答える。
沈黙が、五人を包んだ。
王都へと続く道を、ただ歩く。
希望も、目標も、何もない。
ただ、歩くだけ。
その時――
「!」
リーゼが立ち止まった。
「どうした?」
「何か……何かがいる……」
リーゼの盗賊スキル【気配探知】が、危険を察知していた。
ガサガサ。
草木が揺れる。
そして――
「グルルルル……」
森の中から、三体の魔物が現れた。
ダイアウルフ。
Bランクの魔物。
通常なら、彼らにとって脅威ではない相手のはずだった――かつては。
「くそっ……こんな時に……!」
ガイウスが聖剣を抜く。
だが、その手は震えていた。
アレンがいない今、自分たちの本当の実力はCランク以下。
Bランク魔物三体は――彼らにとって、致命的な脅威だった。
「【
エリシアが魔法を放つ。
ボフッ。
弱々しい火球が、ダイアウルフに当たる――が、ほとんどダメージを与えられない。
「嘘……こんな……!」
「俺が前に出る!」
ブルードが大斧を振り回すが――
ガキィン!
ダイアウルフの爪に弾かれ、逆に吹き飛ばされた。
「ぐあっ!」
「ブルード!」
「【
マルコが回復魔法をかけるが――効果は薄い。
「ダメだ……全然、回復しない……!」
リーゼが短剣で応戦するが、ダイアウルフのスピードについていけない。
「きゃあっ!」
爪が、リーゼの腕を切り裂いた。
「リーゼ!」
ガイウスが叫ぶ。
五人は、完全に追い詰められていた。
「くそっ、くそっ! こんなところで……!」
ガイウスが必死に剣を振るうが――
ガアアッ!
ダイアウルフの一撃が、ガイウスを地面に叩きつけた。
「が、はっ……」
聖剣が、手から転がり落ちる。
「終わった……俺たち、ここで……」
ガイウスが、絶望的な表情で空を見上げた。
ダイアウルフが、トドメの一撃を放とうとする。
その時――
シュッ!
銀色の閃光が走った。
「ギャインッ!?」
ダイアウルフが、悲鳴を上げて倒れる。
「え……?」
五人が驚いて顔を上げると――
そこには、銀色の狼が立っていた。
「ルナ……?」
リーゼが呆然と呟く。
ルナが人間の姿に戻り、冷たい目で五人を見下ろした。
「アレンさんが、心配して様子を見に行けって」
その声には、明らかな軽蔑が含まれていた。
「助けに……来てくれたのか……?」
ガイウスが尋ねる。
「勘違いしないでください」
ルナがきっぱりと言った。
「私が助けたいのは、あなたたちじゃない。アレンさんが『見捨てた』と後悔しないように、仕方なく助けただけです」
その言葉に、五人は何も言い返せなかった。
「【月華斬】!」
ルナが残りのダイアウルフを、一瞬で倒した。
圧倒的な強さ。
かつて、奴隷として虐げられていた少女が――今や、Bランク魔物を瞬殺する実力者になっていた。
「アレンさんのおかげで、私はこんなに強くなれました」
ルナが、五人を睨みつけた。
「あなたたちは、あの優しい人を『用済み』と言った。許せません」
「ル、ルナ……俺たちは……」
「もう、二度とアレンさんに近づかないでください」
ルナは、そう言い残して――銀狼の姿に戻り、森の中へと消えていった。
◆◆◆
五人は、呆然と立ち尽くしていた。
「ルナに……助けられた……」
「あの子、あんなに強くなって……」
「全部……全部、アレンのおかげなんだ……」
ガイウスが、地面に膝をついた。
「俺たちは……本当に、取り返しのつかないことをしたんだな……」
涙が、地面に落ちる。
「もう……戻れないんだ……」
エリシアが泣き崩れる。
「あの頃には……もう、戻れない……」
五人は、ようやく理解した。
自分たちが失ったものが――どれほど大きかったのかを。
そして――
それは、もう二度と取り戻せないということを。
◆◆◆
銀月亭。
ルナが戻ってくると、アレンが心配そうに迎えた。
「おかえり。大丈夫だったか?」
「はい。魔物は倒しました。あの人たちも……一応、助けました」
「そうか。ご苦労様」
アレンがルナの頭を撫でる。
「アレンさん……本当に、あれで良かったんですか?」
ルナが不安そうに尋ねる。
「ああ。あれでいい」
アレンは、静かに微笑んだ。
「俺は、もう前を向いて生きている。過去に囚われるつもりはない」
「アレンさん……」
「それに――」
アレンは、食堂を見渡した。
そこには、ルナとエルミナ。
そして、集まってくる冒険者たち。
笑顔と、温かさに満ちた空間。
「俺には、ここがある。それだけで十分だ」
その言葉に、ルナは――涙ぐんだ。
「アレンさん……私、ずっとアレンさんのそばにいます」
「ああ、頼りにしてるよ」
アレンが優しく微笑む。
そこに、エルミナもやってきた。
「お帰りなさい、ルナさん」
「ただいま、エルミナさん」
「今夜は、お祝いをしましょう。ルナさんの初の単独任務成功を」
「えへへ、ありがとうございます!」
三人は、笑い合った。
温かい。
幸せ。
ここが、俺たちの居場所だ。
◆◆◆
その夜。
銀月亭の工房で、アレンは何かを作っていた。
「そろそろ、二人に装備を作ってやらないとな」
【伝説の鍛冶】
アレンの手が、魔法のように動く。
金属を叩き、魔力を込め、精霊の力を封じ込める。
そして――
完成したのは、二振りの武器。
一つ目は――
**【月光剣シルバームーン】**
銀色に輝く、美しい剣。
ルナ専用の武器。
月の力を纏い、敵の動きを見切る力を持つ。
二つ目は――
**【精霊杖エターナルフォレスト】**
緑色の宝石が輝く、エレガントな杖。
エルミナ専用の武器。
精霊魔法を大幅に強化し、無限の魔力を供給する。
「これで、二人はもっと強くなれる」
アレンは満足そうに頷いた。
そして、もう一つ。
小さな首飾りを作った。
銀色の月と、緑色の葉が組み合わさったデザイン。
これは――二人への、特別な贈り物。
「明日、渡してやろう」
アレンは、優しく微笑んだ。
◆◆◆
翌朝。
アレンは、ルナとエルミナを呼び出した。
「二人に、プレゼントがある」
「プレゼント?」
二人が首を傾げる。
アレンは、月光剣と精霊杖を差し出した。
「これは……!」
ルナが、月光剣を手に取る。
剣が、銀色の光を放った。
「すごい……こんなに軽くて、でも、力が溢れてくる……!」
「ルナ専用の剣だ。大切に使ってくれ」
「はい! ありがとうございます、アレンさん!」
ルナが嬉しそうに尻尾を揺らす。
「エルミナには、これを」
「私に……?」
エルミナが精霊杖を受け取ると――
周囲に、無数の精霊が現れた。
「精霊たちが……こんなに……!」
「この杖は、精霊の力を最大限に引き出す。お前の魔法は、さらに強くなるはずだ」
「ありがとう……ございます……こんな素晴らしいもの……」
エルミナが感動で涙ぐむ。
「そして、もう一つ」
アレンは、首飾りを差し出した。
「これは、二人で一つ。お揃いだ」
「お揃い……!」
二人が顔を見合わせる。
「これからも、一緒に頑張ろう。俺たち三人で」
「はい!」
「はい!」
二人が、満面の笑みで答えた。
アレンは、二人の成長を――そして、これからの未来を楽しみにしていた。
◆◆◆
一方、王都では――
「英雄パーティー、ギルドから除名」
その通告書が、ガイウスたちに届いた。
「除名……」
ガイウスが、虚ろな目で書類を見つめる。
「依頼失敗が続き、実力不足と判断されたため、本ギルドから除名処分とする」
「終わった……本当に、全てが終わった……」
エリシアが呟く。
冒険者としての道も、閉ざされた。
「俺たちは……これから、どうすればいいんだ……」
マルコが天を仰ぐ。
誰も、答えを持っていなかった。
ただ一つ確かなことは――
彼らが「英雄」だった時代は、完全に終わったということ。
そして――
その原因を作ったのは、他でもない自分たち自身だということ。
「アレン……すまなかった……」
ガイウスが、遠くリーベルハイムの方角を見つめて――小さく呟いた。
だが、その言葉は――もう、届かない。
◆◆◆
銀月亭。
夜の宴が、始まっていた。
「乾杯!」
「銀月亭万歳!」
「アレンさん、ルナちゃん、エルミナさん、ありがとう!」
冒険者たちが、笑い、歌い、踊る。
その中心で――
ルナとエルミナが、嬉しそうに笑っていた。
「ねえ、エルミナさん」
「なあに、ルナさん?」
「私たち、幸せですね」
「ええ、本当に」
二人は、アレンを見つめた。
アレンは、カウンターで静かに微笑んでいた。
「アレンさん」
「ん?」
「これからも、ずっと一緒にいてくださいね」
ルナが言う。
「私たち、アレンさんのこと……大好きですから」
エルミナが恥ずかしそうに言う。
アレンは――
「ああ、もちろんだ。これからも、よろしく」
優しく微笑んで、二人の頭を撫でた。
追放されて――
本当に、良かった。
今なら、心の底からそう思える。
新しい仲間。
新しい居場所。
新しい人生。
全てが、ここにある。
「これからも、銀月亭をよろしくな」
アレンの言葉に、全員が笑顔で応えた。
銀月亭の物語は――
これから、さらに大きく羽ばたいていく。
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