第6話 最初の依頼

◆◆◆


翌朝。


銀月亭の食堂に、一人の男が飛び込んできた。


「た、大変だ!」


その男——町の衛兵隊長マックスは、息を切らしていた。


「どうしました?」


アレンが駆け寄る。


「森に……北の森に、Bランクの魔物が出現した!」


「Bランク?」


周囲の冒険者たちが、ざわめいた。


Bランクの魔物——それは、一般の冒険者では太刀打ちできない強敵だ。下手をすれば、町が襲われる可能性もある。


「何が出たんです?」


「グリズリーベアだ……しかも、通常より二回りも大きい。おそらく、変異種だ」


マックスが青ざめた顔で言う。


グリズリーベア——巨大な熊型の魔物。通常でもBランクだが、変異種となれば、Aランクに匹敵する強さだ。


「すでに、森の入り口付近まで来ている。このままでは、町に侵入してくるかもしれない……」


マックスの声が震える。


「冒険者の皆さん、どうか力を貸してください! 報酬は……金貨五十枚出します!」


しかし、食堂にいた冒険者たちは、顔を見合わせるだけだった。


「Bランクは、無理だ……」


「俺たちじゃ、足手まといになるだけだ……」


「変異種なんて、Aランク冒険者でも苦戦するぞ……」


誰も、手を挙げようとしない。


この町にいる冒険者は、ほとんどがCランク以下。Bランクの魔物に挑めるのは、数人しかいない。


「そんな……」


マックスが絶望的な表情を浮かべた。


その時——


「俺が行こう」


アレンが静かに手を挙げた。


「え……?」


マックスが驚いて振り向く。


「アレンさん……でも……」


「大丈夫だ。俺に任せてくれ」


アレンは、いつもの穏やかな笑みを浮かべていた。


「本当に、大丈夫なんですか……?」


「ああ」


「あ、あの! 私も行きます!」


ルナが立ち上がった。


「ルナ?」


「私、アレンさんの役に立ちたいんです!」


ルナの目には、強い決意が宿っている。


アレンは少し考えてから、頷いた。


「わかった。だが、危険だと判断したら、すぐに下がるんだぞ」


「はい!」


こうして、アレンとルナは、北の森へと向かうことになった。


◆◆◆


北の森。


深い緑に覆われた森の中を、アレンとルナは歩いていた。


「アレンさん……本当に、大丈夫ですか?」


ルナが不安そうに尋ねる。


「大丈夫だ。心配しなくていい」


アレンは余裕の表情だった。


その時——


ドシン、ドシン、ドシン。


地面が揺れる。


「!」


ルナが身構える。


木々の間から、巨大な影が現れた。


体高五メートル。

全身を覆う黒い毛。

鋭い爪と牙。

そして、赤く光る眼。


「グリズリーベア……!」


ルナが叫んだ。


その姿は、まさに悪夢のようだった。


【真・鑑定眼】


アレンが静かにスキルを発動させる。


```

【名前】グリズリーベア(変異種)

【レベル】85

【HP】28000

【攻撃力】1800

【防御力】1200

【スキル】怪力、咆哮、硬化皮膚

【危険度】A-

【弱点】雷属性、目

```


「なるほど、確かに強いな」


アレンは冷静に分析した。


グリズリーベアが、アレンたちに気づいた。


ガアアアアアッ!


咆哮が、森全体に響き渡る。


その威圧感に、ルナが思わず後ずさった。


「ル、ルナ、下がって……!」


だが、アレンは——


「ルナ、ここで見ていてくれ」


「え?」


「俺の戦い方を、よく見ておくんだ」


アレンはそう言うと、ゆっくりと前に歩き出した。


グリズリーベアが、巨大な腕を振り下ろす!


ドガアアアンッ!


地面が砕け、クレーターができる。


だが、その中心に——アレンの姿はなかった。


「遅い」


アレンは、既にグリズリーベアの背後にいた。


「!?」


ルナが驚愕する。


今の動き——目で追えなかった。


「さて、と」


アレンが右手を前に突き出す。


「【雷撃サンダーボルト】」


バリバリバリッ!


アレンの手から、眩い雷が放たれた。


それは、グリズリーベアに直撃する。


ガアアアアアッ!


グリズリーベアが絶叫する。


雷は弱点を完璧に突いていた。


「終わりだ」


アレンが、剣を抜く。


それは、創造魔法で作り出した神器級の剣。


一閃。


シュパッ。


アレンの剣が、グリズリーベアの首を——切り落とした。


ドサッ。


巨体が、地面に倒れる。


戦闘時間、わずか十秒。


「……え?」


ルナは、呆然と立ち尽くしていた。


何が起きたのか、理解できなかった。


Bランク——いや、Aランクに匹敵する魔物が。


たった十秒で、倒された。


「アレン、さん……?」


ルナが震える声で尋ねる。


「終わったよ。さあ、帰ろう」


アレンは、まるで散歩帰りのような表情で微笑んだ。


◆◆◆


町に戻ると、マックスと町の人々が出迎えた。


「お、おかえりなさい! 魔物は……」


「倒しました」


「え?」


マックスが目を丸くする。


「もう、倒したんですか!?」


「ええ、簡単な相手でしたから」


アレンの言葉に、周囲がざわめいた。


「う、嘘だろ……」


「Bランク魔物を、たった二人で……?」


「しかも、こんなに早く帰ってくるなんて……」


冒険者たちが信じられない様子で囁き合う。


「証拠は、これです」


アレンが、グリズリーベアの魔石を取り出した。


それを見たマックスは——


「こ、これは……間違いない、グリズリーベアの魔石だ……!」


マックスが叫んだ。


「しかも、この大きさ……変異種のものだ!」


周囲から、どよめきが起こった。


「本当に倒したのか……」


「信じられない……」


「アレンさん、一体何者なんだ……?」


その時、ルナが前に出た。


「みなさん! アレンさんは、すごかったんです!」


ルナが興奮した様子で語り始める。


「魔物が攻撃する前に、背後に回って——それから雷の魔法で弱点を突いて——最後に一撃で首を切り落としたんです!」


ルナの説明に、人々は言葉を失った。


「じゅ、十秒……?」


「Bランク魔物を、十秒で……?」


「そんなこと、Sランク冒険者でも……」


そう、Sランク冒険者でも——できるかどうか。


「アレン様……」


マックスが、深々と頭を下げた。


「町を救ってくださり、ありがとうございます」


その後ろで、町の人々も全員が頭を下げた。


「ありがとうございます!」


「命の恩人です!」


「銀月亭万歳!」


アレンは、少し照れくさそうに頭を掻いた。


「大したことじゃありませんよ。これも、冒険者の仕事ですから」


◆◆◆


その夜。


銀月亭は、祝賀会で賑わっていた。


「乾杯!」


「アレンさんに感謝!」


「ルナちゃんも頑張った!」


酒と料理が振る舞われ、人々は笑い、歌い、踊っていた。


その中心で、ルナはアレンに尋ねた。


「アレンさん……あの、一体どれくらい強いんですか?」


「どれくらい、かな」


アレンは少し考えてから、笑った。


「まあ、Sランクくらいはあるかもしれないね」


「Sランク……!」


ルナが驚愕する。


Sランク——大陸全体でも数十人しかいない、最高位の冒険者。


「でも、それは秘密にしておいてくれ。目立ちたくないんだ」


「わかりました……」


ルナは、改めてアレンを見つめた。


この人は、一体何者なんだろう。


なぜ、こんな辺境にいるんだろう。


でも、一つだけわかることがある。


「アレンさん」


「ん?」


「私、もっと強くなります。アレンさんの隣で、戦えるくらいに」


ルナの目には、強い決意が宿っていた。


アレンは、優しく微笑んだ。


「期待してるよ、ルナ」


「はい!」


ルナの尻尾が、嬉しそうに揺れた。


◆◆◆


翌日。


アレンの活躍の噂は、近隣の町にまで広がっていた。


「リーベルハイムに、すごい冒険者がいるらしい」


「Bランク魔物を、十秒で倒したって」


「マジか!? それって、Sランク級じゃないか?」


「銀月亭っていうギルドを経営してるらしいぞ」


この噂を聞いて、多くの冒険者がリーベルハイムに向かい始めた。


強い冒険者がいる場所には、良い依頼が集まる。

良い依頼があれば、報酬も良い。


冒険者たちにとって、銀月亭は魅力的な拠点だった。


◆◆◆


一方、王都では——


「何? アレンが、Bランク魔物を十秒で倒した?」


ガイウスが、報告書を読んで驚愕していた。


「ああ、間違いない。リーベルハイムの冒険者ギルドからの正式な報告だ」


ギルド職員が答える。


「馬鹿な……アレンは、サポート役だったはずだ……」


「いえ、どうやら彼は、戦闘能力も極めて高いようです」


職員の言葉に、ガイウスは愕然とした。


「そんな……じゃあ、俺たちは……」


ガイウスは、ようやく理解した。


アレンがいなくなって、能力が激減したのは——支援魔法が消えただけではない。


彼が、パーティーの中で一番強かったのだ。


それを、自分たちは「用済み」と言って追放した。


「俺たちは……なんてことを……」


ガイウスが膝をついた。


その姿を、遠くから見ていたリーゼは——


「もう、遅いのよ……」


静かに呟いた。


◆◆◆


数日後。


銀月亭の依頼掲示板には、多くの依頼が貼られていた。


「森の魔物討伐」

「薬草採取」

「護衛依頼」

「迷子のペット探し」


様々な依頼が、次々と持ち込まれている。


「アレンさん、今日も依頼が増えてます!」


ルナが嬉しそうに報告する。


「そうか。それはいいことだ」


アレンは満足そうに頷いた。


銀月亭は、着実に冒険者の拠点として成長していた。


「さて、と。そろそろルナの訓練を始めるか」


「はい! お願いします!」


ルナが目を輝かせる。


「裏庭の訓練場に行こう」


二人は、銀月亭の裏にある特別な訓練場へと向かった。


そこは、重力制御と時間加速が可能な、特別な空間。


ルナの訓練が、今日から始まる。


「覚悟はいいか?」


「はい!」


「よし、じゃあ——始めようか」


アレンの指導の下、ルナは急速に成長していくことになる。


その姿を、誰もまだ知らない。


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