第4話 銀狼の少女

◆◆◆


銀月亭オープン初日。


朝から、町の人々が続々と訪れていた。


「本当に営業してるのか?」

「あの豪華な建物に、入ってもいいのかな……」

「料理が美味しいって噂を聞いたんだが……」


人々は恐る恐る入り口を覗き込んでいる。


アレンは扉を開け放ち、笑顔で呼びかけた。


「ようこそ、銀月亭へ。どうぞお気軽にお入りください」


「ほ、本当にいいのか!?」


「もちろんです。今日は開店記念として、最初の十名様には料理を半額でご提供します」


その言葉に、人々がどっと押し寄せてきた。


◆◆◆


食堂は、あっという間に満席になった。


農夫、商人、冒険者——様々な人々が、期待に胸を膨らませて席に着いている。


「それでは、本日のおすすめをお持ちします」


アレンが厨房で手際よく料理を作っていく。


まずは、朝食メニュー。


・ふわふわのオムレツ

・香ばしいベーコン

・焼きたてのパン

・新鮮な野菜のサラダ

・濃厚なコーンスープ


「お待たせしました」


料理が運ばれてくると、食堂中に歓声が上がった。


「す、すごい……こんな豪華な朝食、見たことない……」


「それに、この香り……」


人々が恐る恐る一口食べる。


次の瞬間——


「うまああああいっ!」


「なんだこれは! 王都のレストランでも、こんな美味いもの食べたことない!」


「このパン、ふわふわで……涙が出てくる……」


食堂は、感動の渦に包まれた。


そして、料理を完食した人々は——


「あれ? 体が軽い……」

「なんだか、すごく元気になった気がする……」

「朝から疲れてたのに、力が湧いてくる……」


【料理神】の効果が、じわじわと発揮されている。


「また来ます!」

「明日も来てもいいですか!?」

「ここは天国か……」


客たちは口々に感謝の言葉を述べて、満足そうに帰っていった。


「上々の滑り出しだな」


アレンは満足そうに微笑んだ。


◆◆◆


昼過ぎ。


一人の冒険者が、銀月亭に駆け込んできた。


「た、大変だ! 町の広場で、奴隷商人が来てる!」


「奴隷商人?」


アレンが顔をしかめる。


「ああ、年に一度くらい来るんだ。大抵は、魔物に襲われた村から連れてきた人たちを……」


冒険者の表情が曇る。


「今回は、獣人の子供を連れてきてるらしい。それも、銀狼族の……」


「銀狼族?」


アレンの耳が、ぴくりと動いた。


銀狼族——月の加護を受けた、高貴な獣人の一族。大陸でも希少で、その多くは既に滅びたと言われている。


「見に行ってみます」


アレンは立ち上がり、町の広場へと向かった。


◆◆◆


広場には、派手な装飾の馬車が停まっていた。


その周りには、人だかりができている。


「さあさあ、お立ち会い! 本日は特別な商品をご用意しました!」


太った男——奴隷商人が、大声で叫んでいる。


「銀狼族の少女ですぞ! しかも、まだ十六歳の若さ! これは滅多にお目にかかれない逸品!」


男が鎖を引くと、一人の少女が引きずり出された。


銀色の髪。

狼の耳と尻尾。

碧い瞳。


だが、その体は痩せ細り、傷だらけだった。


少女は怯えた目で周囲を見回している。


「初値は金貨百枚からだ!」


奴隷商人が叫ぶ。


「ひゃ、百枚!? 高すぎる!」

「そんな金、誰が出せるんだ……」

「可哀想だが、手が出ないな……」


人々がざわめく。


アレンは、少女の姿を見て——何かが、胸の奥で疼くのを感じた。


【真・鑑定眼】


無意識にスキルを発動させる。


```

【名前】ルナ・シルバームーン

【年齢】16

【種族】銀狼族

【レベル】25

【HP】800/3000(衰弱中)

【状態】栄養失調、外傷多数、精神的疲労、奴隷契約

【スキル】月光の牙、超速、潜在能力未覚醒

【特記】本来の実力の30%も発揮できていない

【備考】家族を魔物に殺され、奴隷商人に拉致された

```


アレンの拳が、ぎりりと握りしめられた。


「……許せない」


小さく呟いて、アレンは人混みを掻き分けて前に出た。


「おや、お客さんかな?」


奴隷商人が、にやりと笑う。


「金貨百枚、出せるかね?」


「その少女を、買います」


アレンの冷たい声に、周囲がざわめいた。


「ほう、本気かね? 金貨百枚——」


「金貨三百枚出します」


「なっ!?」


奴隷商人だけでなく、周囲の人々も驚愕する。


金貨三百枚——庶民なら一生かけても貯められない大金だ。


「ほ、本当に出せるのかね?」


「ええ」


アレンは懐から、革の袋を取り出した。


ずしり、と重い音を立てて、それを地面に置く。


奴隷商人が中身を確認すると——目が金貨の輝きで染まった。


「こ、これは……本物の金貨……!」


「では、少女を」


「も、もちろんだとも!」


奴隷商人は喜々として、少女の鎖をアレンに渡した。


「ありがとうございます、旦那様! またのご利用を!」


奴隷商人は金貨を抱えて、慌てて馬車に乗り込んだ。


広場には、アレンと少女だけが残された。


◆◆◆


少女——ルナは、怯えた目でアレンを見上げていた。


「あ、あの……」


震える声。次の主人が、自分をどう扱うのか。恐怖で体が震えている。


だが、アレンは——


「もう、大丈夫だよ」


優しく微笑んで、首輪の鎖を外した。


「え……?」


ルナが驚いて目を見開く。


「君は、もう自由だ」


アレンは懐から、奴隷契約の解除札を取り出した。これも、創造魔法で作り出したものだ。


それをルナの首輪に触れさせると——


パキン。


首輪が砕け散った。


「嘘……奴隷契約が……解除……?」


ルナは信じられない様子で、自分の首に手を当てた。


確かに、あの忌まわしい呪縛が消えている。


「どうして……私なんかを……」


「君を見て、放っておけなかった。それだけだよ」


アレンは優しく微笑んだ。


「名前は?」


「ル、ルナです……ルナ・シルバームーン……」


「ルナか。いい名前だね」


アレンはルナの頭に、そっと手を置いた。


「これから、どうするつもりだ? 帰る場所は?」


ルナは、俯いた。


「……ありません。村は、魔物に襲われて……家族も、みんな……」


声が震える。涙が溢れてくる。


アレンは、静かに言った。


「なら、俺のところに来るか?」


「え……?」


「俺は、この町で宿屋兼ギルドを経営している。そこで働いてくれないか? もちろん、給料は出すし、住む場所も用意する」


「本当に……私なんかでも……?」


「ああ。君の力が必要だ」


アレンは手を差し伸べた。


ルナは、その手を——


じっと見つめた。


この人は、何を考えているんだろう。

なぜ、私なんかを助けてくれるんだろう。


でも、この手は——温かい。


ルナは、恐る恐る、その手を取った。


「お願い……します……」


「よし、決まりだ。ようこそ、銀月亭へ」


◆◆◆


銀月亭に戻ると、アレンはルナを客室に案内した。


「ここが、君の部屋だ」


扉を開けると、そこには綺麗に整えられた部屋があった。


大きなベッド、化粧台、クローゼット、窓からは町の景色が見える。


「こんな……立派な部屋……私が使っていいんですか……?」


ルナが信じられない様子で呟く。


「もちろんだ。ここは君の部屋だから、好きに使っていい」


「ありがとう……ございます……」


ルナの目から、涙が溢れてきた。


奴隷として扱われ、虐待され、絶望していた。


でも、この人は——優しい。


「まずは、体を綺麗にしてきたらどうだ? 地下に大浴場がある」


「お、お風呂……」


ルナの目が輝いた。


「ああ、温泉だ。ゆっくり浸かって、疲れを取るといい」


「はい……!」


ルナは嬉しそうに頷いた。


◆◆◆


ルナが風呂に入っている間、アレンは厨房で料理を作っていた。


「栄養失調みたいだったな。しっかり食べさせてあげないと」


アレンは、栄養価の高い料理を次々と作っていく。


・柔らかく煮込んだ肉のシチュー

・ビタミンたっぷりの野菜スープ

・消化の良いお粥

・デザートには、蜂蜜入りのプリン


全ての料理に、【料理神】の力を込める。


「これで、少しは元気になってくれるといいが」


そして、一時間後——


「あ、あの……」


ルナが、恐る恐る食堂に降りてきた。


その姿を見て、アレンは思わず息を呑んだ。


綺麗に洗われた銀髪が、月光のように輝いている。

碧い瞳が、透き通るように美しい。

傷は癒えてはいないが、それでも——


「綺麗だな」


「え……?」


ルナが顔を真っ赤にする。


「い、いえ、その……私なんか……」


「さあ、座って。料理ができてるから」


アレンが料理を並べると、ルナの目が大きく見開かれた。


「こ、こんなに……!」


「全部食べてくれ。君には、栄養が必要だ」


「いただき……ます……」


ルナが恐る恐る一口食べる。


次の瞬間——


「!!!」


ルナの目から、涙が溢れてきた。


「おいし……美味しい……こんなに美味しいもの……生まれて初めて……」


ルナは泣きながら、料理を食べ続けた。


温かい。

優しい。

幸せ。


そんな感情が、胸の中に溢れてくる。


「ごちそう……さまでした……」


全てを食べ終わったルナは、満足そうに微笑んだ。


そして——


```

【システムメッセージ】

【料理神】の効果発動

対象:ルナ・シルバームーン

効果:全ステータス+500(永続)

   HP完全回復

   外傷治癒

   栄養状態改善

   潜在能力一部覚醒

```


「あれ……? 体が……すごく軽い……」


ルナが驚いて自分の体を見る。


傷が消えている。体に力が戻っている。


「これが、俺の料理の特別な効果だ」


「すごい……魔法みたい……」


ルナは感動で言葉を失った。


「ルナ」


「はい!」


「明日から、ここで働いてもらうけど——無理はしなくていい。まずは、ゆっくり休んで、体を回復させることが先決だ」


「ありがとうございます……アレンさん……」


ルナは、初めて——本当の笑顔を見せた。


その笑顔は、まるで月のように優しく輝いていた。


◆◆◆


その夜。


ルナは自分の部屋のベッドで、幸せそうに眠っていた。


アレンは窓の外を見ながら、静かに呟いた。


「ルナか……いい子だ」


銀月亭に、最初の仲間ができた。


これから、どんな物語が紡がれていくのだろうか。


アレンは、月を見上げて微笑んだ。


◆◆◆


一方、王都では——


「アレンの所在が、判明しました」


リーゼが、震える声で報告した。


「どこだ!?」


ガイウスが飛びつくように尋ねる。


「辺境の町、リーベルハイムです。そこで、銀月亭というギルドを開いたと……」


「よし、すぐに向かうぞ!」


ガイウスが立ち上がった。


だが、その時——


「待て」


エリシアが制した。


「すぐに行っても、追い返されるわ。私たちは、彼を『用済み』と言って追放したのよ?」


「じゃあ、どうすればいいんだ!」


「まずは……手紙を書きましょう。謝罪の手紙を」


エリシアの提案に、全員が頷いた。


だが、その手紙が——アレンにどう受け取られるか。


彼らは、まだ知らなかった。


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