第2話 死の後で
◇◆◇
目を開けると、そこは――教室だった。
ざわつく声、チョークの音、昼休みの喧騒。
窓の外には、あの日と同じ春の光。
机の上には、開けかけの弁当。
(なんで……俺、生きてるんだ?)
顔をさわる。傷も、血もない。
スマホを見る。
画面の日付――三日前。
理解が追いつかない。
昨日、俺は確かに“殺された”。
神谷の笑い声と、
血の匂いがまだ脳裏に焼きついている。
だが、それが“なかったこと”になっていた。
ふと前を見ると、美月がいた。
笑って、友達と話している。
その笑顔が、
まるで
“神が与えた幻”のように美しく見えた。
「……戻ったんだ、俺。」
唇からこぼれたその言葉で、
世界がようやく現実を取り戻した気がした。
◇◆◇
放課後。
冬真はノートに何かを書き続けていた。
手は震え、
筆圧が強すぎて紙が破けそうになる。
「神谷を――殺す。」
小さく、だが確かにそう書かれていた。
(あいつに全部奪われた。
俺の誇りも、愛も、未来も。
……今度こそ、奪い返す。)
手を止め、深く息を吸う。
復讐のために戻ってきた。
そう信じることで、
この異常な状況に意味を持たせたかった。
その夜、鏡の前で自分を見る。
目の奥に、別人のような暗さがあった。
「……愛してる、美月。
でも今の俺は、“美月”を使ってでも、
あいつらを地獄に落とす。」
「ごめんな…みつき。」
◇◆◇
翌日。
美月が冬真に話しかけてきた。
「最近、元気ないけど……大丈夫?」
「大丈夫だよ」
「ほんとに?」
「美月は、神谷と仲いいの?」
その言葉に、美月の表情が一瞬だけ凍る。
ほんの数秒――しかし、見逃さなかった。
「……なんで、そんなこと聞くの?」
「この前、見たんだ。二人で歩いてるの。」
「……あれは、偶然よ。」
視線を逸らした。
指先が震えていた。
まるで“恐れている”ように。
(……やっぱり、何かある。)
彼女は裏切り者ではない。
でも、“なにか”に縛られている。
それを突き止めなければ、
このループはまた
“同じ結末”になる気がした。
◇◆◇
放課後、冬真は神谷の取り巻き――
「ちょっと話がある」
「は? お前、何の用だよ」
「神谷に関してだ。
お前ら、何やってんだ?」
「……言えるわけねぇだろ」
「金か? 暴力か? それとも女か?」
冬真の声が低くなる。
目つきが、以前の
“弱いクラスメイト”のそれではなかった。
小野寺が怯む。
「な、なんだよその目……」
冬真は笑った。
「一度死んだ人間に、
怖いものなんてない。」
その言葉の重みが、静かに響く。
小野寺は、
その言葉の意味を理解できなかった。
その日から、冬真は少しずつ動き始めた。
神谷の噂を調べ、教師の目を欺き、
情報を集めて“復讐の糸”を編み上げていく。
◇◆◇
夜。
美月からメッセージが届く。
「冬真、話がしたいの」
心臓が跳ねた。
(やっと、真実を聞けるかもしれない。)
校舎裏。
薄暗い外灯の下に、美月が立っていた。
白い制服が、夜風に揺れている。
「冬真、……何か変わったね」
「変わったさ。
誰しも、一度死ねば変わる。」
「……え?」
美月が息を呑む。
冬真は笑って誤魔化した。
「冗談だよ。でも、
俺はもう誰にも奪われたくない。」
美月は少しだけ悲しそうに笑う。
「冬真、お願い。神谷には逆らわないで。」
「どういう意味だ、それ。」
「……お願い。今はまだ、言えないの。」
その瞳に宿るのは、
罪悪感でも後悔でもない。
“恐怖”だった。
そして、美月の背後――
暗がりの中に、誰かが立っている。
神谷だった。
その口元には、冷たい笑み。
「おいおい、美月。こそこそ何してんだ?」
冬真の背筋が凍る。
まるで デジャヴのように、
あの“死の夜”の気配が近づいてくる。
(……またか。やっぱり、
この世界は――俺を殺す運命なのか?)
◇◆◇
神谷は笑いながら近づいてきた。
「お前、しつけぇんだよ。
美月はもう俺のもんだろ?」
「違う!」冬真は叫んだ。
「お前に脅されてるんだろ!
彼女を解放しろ!」
その瞬間、美月が震えながら叫んだ。
「やめて、冬真!」
その叫びが、銃声のように夜を裂いた。
神谷の拳が飛び、
冬真は地面に叩きつけられる。
視界が暗転し、再び血の味が広がる。
(また……また、同じ結末なのか?)
薄れる意識の中で、
美月の泣き声が聞こえた。
「もうやめて……お願い、やめて……!」
その声を最後に、
冬真の世界は――また、白く塗り潰された。
◇◆◇
暗闇の中。
誰かの声がした。
『――まだ終われない。』
『愛が本物なら、立ち上がれ。』
光が差す。
また教室のざわめき。
再び、三日前の昼休み。
冬真は笑った。
血の涙を流しながら。
「……そうか。まだ、
“神”は俺を見放してないんだな。」
そして呟く。
「今度は、復讐を完成させる。
愛も、命も、全部使って。」
その瞳には、
人間ではない“決意”が宿っていた。
◇◆◇
つづく → 第3話「復讐の果実」
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