「鬼の嫁入り」
をはち
「鬼の嫁入り」
常陸国の奥深い山間に、駒蔵という人形師がひっそりと暮らしていた。
彼はその精巧な技で都に名を馳せた名人だった。
特に、源頼光の武者人形はその傑作とされ、全部で五体が作られた。
それぞれの手には、かつて土蜘蛛を討ったとされる名刀・膝丸のレプリカが握られ、
刃に宿る妖しい光は見る者の心を凍てつかせた。
戦乱に飲み込まれた都を嫌い、駒蔵は唯一残した頼光の人形を抱えて常陸国へと逃れた。
山里の小さな庵で、彼は人形を我が子のように愛し、孤独を感じることはなかった。
やがて、美しい女性が彼のもとに身を寄せ、娘が生まれた。
名を麻沙女(まさめ)と呼んだ。
駒蔵は娘のために、頼光の人形を麻沙女そっくりの姫人形に作り替えた。
姫人形は麻沙女の遊び相手となり、護り神となり、二人は姉妹のように寄り添い合った。
しかし、平穏は長く続かなかった。
都からの使者が駒蔵を見つけ出し、帰還を命じた。
血と争いの都に帰ることを拒んだ駒蔵は、麻沙女と姫人形を連れてさらに奥深い村へと身を隠した。
だが、その村は鬼の呪いに縛られた場所だった。
毎年、鬼の命じる娘が生贄として差し出される掟があった。
そして、不幸にもその年、麻沙女が選ばれた。
生贄の儀式の日、駒蔵は決断した。麻沙女の代わりに、姫人形を輿に乗せた。
その姿は娘と見分けがつかぬほど精巧で、村人の誰もが人形とは気づかなかった。
だが、駒蔵自身も知らなかったことがある。
長年、麻沙女と寄り添った姫人形には、魂が宿っていたのだ。
駒蔵の技は、命なきものに命を吹き込む域に達していた。
鬼を祀る闇深い塚へと運ばれた姫人形。
鬼は酒に酔い、上機嫌で生贄を迎えた。
だが、その瞬間、姫人形の手にした膝丸が閃いた。
鋭い刃は鬼の首を半ば切り裂き、黒い血がほとばしった。
血は姫人形の白い顔を赤く染め、まるで鬼の呪いを映すかのようだった。
鬼は血を流しながら嘲笑った。
「我を討ち、貴様はどうする? 娘の身代わりとなったお前に居場所はない。
娘を殺し、入れ替わるしか道はないのだ。惨めな人形め」と言い残し、鬼は息絶えた。
姫人形は村へと戻った。
だが、駒蔵と麻沙女の様子がおかしい。
彼らは刀を手に、怯えた目で人形を見つめていた。
人形はふと、姿見に映る己の姿を見た。鬼の血に染まった顔は、まるで鬼そのものだった。
鬼の最後の言葉が脳裏をよぎる。
「娘を殺し、入れ替わるしか道はない」。
その一瞬、ほんの一瞬、姫人形は麻沙女を殺すことを考えてしまった。
その考えに気づいた瞬間、人形は震えた。
カタカタと歯を鳴らし、自ら膝丸を振り上げた。
刃は己の首を一閃に切り落とした。
倒れる人形の目からは透き通った涙が流れ落ちた。
それはあまりに美しく、まるで人間のものだった。
村はその後、鬼の呪いから解放されたという。
だが、駒蔵と麻沙女はその村を去り、二度と姿を見せなかった。
山間の庵には、首のない姫人形だけが残された。
夜な夜な、膝丸の刃が涙に濡れて、月光に妖しく光る。
そして、どこからかカタカタと歯の鳴る音が聞こえるという――。
「鬼の嫁入り」 をはち @kaginoo8
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