第49話 初物




 二回の裏を終えて、ゆっくりとマウンドを降りる。

 ツーアウトから六番に二塁打を打たれ、智久は両チーム初めてのヒットを許した。だが、七番を三球三振。ギアの上がったストレートで空振りを奪ってピンチをしのぐ。


(急げ......)


 次は三回の表。

 智久のナ・リーグはDH制を採用しているが、ア・リーグは違う。高校野球と同じようにピッチャーも打席に入るのだ。


 近年はア・リーグでも投手の負担からDH制の廃止が議論されている。

 ただ、目処はついておらずいまだDH制は導入されていない。


 ヘルメットを付け、バッティンググローブを手にはめる。

 自分用のバットなど持っておらず、中川が所有しているバットでも一番軽いものを智久は借りた。


 先頭の七番、大友おおともはセカンドゴロに倒れる。

 今年から入った大卒ショートは有薗の後継を期待されているが......年齢を除けばすべて下位互換と言わざるをえない。ただ、世代交代を怠るといつかしわ寄せが来るので使い続けていた。


 智久は白い輪へと進み、素振りを繰り返す。

 前季、怪我で出れなかったので二年ぶりの打席だ。

 懐かしい感触に浸りながらも智久の目は怪しく輝いている。


 八番の加藤かとうがストライク三つを空振りしたのが智久の目に映る。ここまでノーヒットで抑えているガントは涼しい顔でボールを受け取っていた。


 ツーアウトランナー無し、九番の智久の打席。

 投球と同じようにゆっくりと打席に入る。


 高校まではピッチャーをやりながらも三番を打っていた。

 学生のエースはその身体能力からか、中々に打つ。

 智久もその類に漏れずプロにどう対処するか。


 初球、真ん中高めへの直球を智久は見逃した。

 いや、手が出なかった。

 蛍光板に表示された数字は158、智久は笑うしかなかった。


(はは......打てるわけ無いだろ)


 それでも打線の一軸を背負っているので逃げることは出来ない。

 その覚悟を持って少しベース寄りに立つ。

 二球目、ボールを見つめる、いや見つめすぎた。


 外角低めに投げられはずだったストレートが引っかけで智久の頭部を襲う。


 ぎりぎりまで引き付けた智久はすんでの回避となって自身の後頭部に球がかすったような感覚に陥った。


 キャッチャーミットも弾ね飛ばしたガントにシーグルズベンチは総立ちとなる。半分はパフォーマンスだが、投手への内角攻めはご法度。当人の智久がいなして騒ぎを沈める。


 だがもう一球同じであればすぐにでも飛び出す、そんな熱気が両軍にあった。


 表情を変えないガントが次に選んだのはサークルチェンジ。

 チェンジアップの亜種であるこの球は智久のバットから逃げるように落ちて空を切る。


 次の球もサークルチェンジだが今度はボール。

 ツーツーでガントは少し時間を取る。

 中々勝負がつかず、苛立っていた。


 五球目、遅い球に続けて投げられたのは

 ストレートだった。


 160に近い速球がガントの指先から放たれる。

 智久がやけくそに振り出したバットの先に当たって――


 フラフラと上がった打球は懸命にファーストとライトが追う。

 それを嘲るように、ふたりの間にポトンと落ちた。


 慌ててライトが一塁に投げるが智久はとっくに一塁に到達。

 もちろんセーフでシーグルズ初の安打が意外なところで出たのだった。


 投手の執念のヒットに続けるか。

 やる気に満ち溢れていたシーグルズだが、力んだのか一番があっさりとセカンドゴロに倒れてスリーアウト。智久は大急ぎでベンチに急行した。


 短い時間ながらもしっかりと準備を整えた智久はマウンドへと向かう。八番、九番と完ぺきに抑え、一番も粘られたものの三振に切り取ってスリーアウト。


 次の回、二番から始まる攻撃はもちろん中浜にも回る。

 智久にとっての二番目の正念場だ。



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