第28話 晴れて
智久の復帰は予定より一週間遅れた。
大事を取ったおかげで左肩の炎症はすっかり引き、前登板で打たれる原因となった平均回転数も開幕戦の状態に戻っている。
ただスパイクを結び直す指が、ようやく帰ってきたという実感にわずかに震えた。
だが、ひとつだけ心残りなものもある。
中浜率いる阪神ライガースとのカードに、どうしても間に合わなかったことだ。
高校時代からの因縁から智久はライバル視をしていた。
そして、舞台は東京タイタンズとの交流戦。
球場はオレンジと黒の色で染まり、名門らしく今年も首位争いをしていた。
(でも、問題ない)
智久はマウンドに立ち、左肩を軽く回した。肩は滑らかに回る。痛みの影はどこにもない。
先頭打者はタイタンズのリードオフマン、巧打の右打者。
タイタンズの打者としては珍しく、タイタンズ一筋15年のベテラン選手、俊足こそ失われたが今までの経験からはじき出される読みの強さはピカイチだ。
智久は初球カットでストライクを取ると、二球目のストレートを外に外す。三球目、チェンジアップのサインに頷く。
投げたボールは振り出されたバットの下を通る。
感覚は悪くない。
続く二番はバントも得意な粘り型だったが、外角のカットに差し込ませてのサードゴロ。
三番は豪快なフルスイングを見せる今季から加入したFA戦士。ここもカーブでタイミングを崩してセンターフライ。
初回、十二球で三者凡退。
上々の立ち上がりだった。
この回は四番から始まる中軸。現役でもメジャー挑戦が噂される左の長距離砲。
智久は外角中心に組み立て、狙いを読まれないよう球種、コースを散らす。
フルカウントからの七球目外角低めいっぱいにストレート。
ホームベースのギリギリを通過して審判はストライクを宣告した。
天を仰いだ打者を尻目に次の組み立てに入る。
抹消期間、智久は様々なことに挑戦した。
配球論もその一つだ。
捕手にかかりっきりではなく、ピッチャーも考える。
それが結果につながると信じて。
捕手の田岡がミット越しに小さく頷く。
智久も満足げに笑って応えた。
しかしそこまで甘くはない。
五番にインローのチェンジアップをすくわれ、ライナー性の当たりがセンター前に落ちる。
六番は慎重に攻めた。ただそれが仇となりフルカウントの末、ボール気味のカットが外れて四球。
一、二塁のピンチ。しかし智久は首を振らず、ただ前を見据える。
七番は早打ちの右打者。
初球ストレート、詰まった当たりはショート正面。
お手本のような6-4-3の併殺。スリーアウト。
ピンチを切り抜け、智久は拳を軽く握った。
下位打線は比較的ナ・リーグに比べ力が劣る。
九番が投手ということもあり、打線の繋がりが弱い。
智久はカーブでカウントを稼ぎ、最後は高めの釣り球ストレートで仕留める。
この回も三者凡退。球数も四十球半ばと理想的な流れだった。
ここから智久は、テンポの良さを重視して、四回と五回を一気に駆け抜けることを選ぶ。
二番からのからの強力打線が二巡目に入る。
多くの投手はここで苦しむが智久の球は落ちていなかった。
二番三番と見逃しの三振を奪う。
三番に対してのカットボールは外れ気味だったが、そこは田岡がフレーミングで魅せた。
前の対戦で見逃しの三振を奪った初四番にはあえてストライクを投げない。
見逃し三振を奪われたことによって早打ちになると智久は予想した。
案の定、初球のカットボールを簡単に打ち上げる。
智久が落下地点に素早く入り、捕球する。
五回は五番からの打線。
打たれた打者に対してどう修正するかが今日の投球の評価を決める。
五番打者は初球からバットを出してきた。
高めのカットボールを叩くが、打球は伸びずにレフトフライ。
六番は粘りに粘られ八球勝負となったが、最後はアウトハイのストレートに差し込んでサードへのファウルフライ。
そして七番。思わぬ時に飛び出す一発が魅力的な打者だ。
智久はわざと初球にカーブを抜き、タイミングを崩す。
二球目ストレートで追い込み、三球目、チェンジアップを沈ませる。
空振り三振。
五回、被安打わずか一、四球一の無失点。
球数は七十球弱。智久は一点リードの状態でマウンドを降りた。
六回の攻撃でシーグルズが一点を追加。
ベンチに戻った智久の背中を、椎葉監督が軽く叩いた。
「ここまで、よく投げた」
智久はゆっくりと左肩を回す。痛みはない。
ただ、心地よい疲労だけが智久に残っていた。
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