第7話 明日からの計画



 守衛の助言だけではなく盗賊との一件があったこともあり、今夜は素直に王都で宿を取ることにしたジン。


 しかし、やはり先日クビになったことが堪えているのか、その足取りは重い。

 人目を避けるようにフードをいつも以上に目深に被り、彼の特徴でもある金色の瞳を隠す。


 華やかな城下町の表通りを離れ、慣れた足取りで薄暗い裏路地の方へと向いてゆく。

 懐事情は相変わらずであり、選べる宿も限られていた。


 王都【ナイヴェル】とはいえ全てが完璧に管理されているわけではない。 

 風に吹かれた落葉が自然と溜まるように、華やかな場所から弾かれた者たちは社会の隅に吹き溜まる。

 そんな場所の治安は推してしるべし。道端に座り込む浮浪者を尻目にジンは足早に道を進む。


 とはいえ、ジンとて王都で無為に二年間を過ごしていたわけではない。

 吹き溜まりの中であっても、身の丈にあった憩いの場所というものを見つけていた。


 まだ日は沈んでいないが、すでに暗い影に覆われた城壁の側通りの一角にその場所はあった。

 軒先に簡素な木製の看板が下がっている。

 看板に記された名は『城壁通り8番地』────住所がそのまま店名になっている宿屋だった。

 知る人ぞ知る、吹き溜まりの中の良心である。


 ジンが軋んだ音色を立てる扉とを開くと、入り口脇に設られたカウンターに立っていた老婆が孫を見るように破顔する。


「……おや、誰かと思ったらジンじゃないかい。いらっしゃい。今夜はウチで泊まってくのかい?」

「うん。とりあえず一泊だけお願いします」

「そうかい。ちょうどいつもの部屋が空いてるよ。ゆっくりしておゆき」


 ジンは老婆と短いやり取りを交わすと、王都内では破格とも言える金銭と引き換えに部屋の鍵を受け取る。

 

「そうそう、後であったかいスープとパンを持って行ってあげるから、少し待ってておくれ」

「いつもありがとうございます」


 老婆の軽食はこの宿の唯一のルームサービスであるが、ジンのように懐事情の厳しい冒険者たちにとっては十分すぎるサービスでもあった。

 ジンは深々とお辞儀をすると、この宿に泊まる時に決まって割り振られる2階の角部屋へと向かう。


 カーペットすら敷かれていない床板の上にベッドとサイドテーブルが置かれただけの簡素な部屋だが、小腹を満たして寝るだけなら必要にして十分な場所だ。

 ジンは荷物を置いてローブを脱ぐと、身を投げるようにしてベッドの上に仰向けになる。

 そして、明日からのことを考える。


 今日はどうにか事なきを得たけど、北方方面への旅路はまた盗賊と遭遇する可能性がある。

 それに、爆睡中の顔まで見られている上に、彼らと一戦交えてしまった。しかも奥の手を一つ使ってしまっている。

 守衛の話や噂話からしても、街道で跋扈しているのは今日出会った盗賊で間違い無いだろうし。

 となると、北方方面の旅路は諦めて素直に南方方面への旅路にした方が無難かもしれない。

 南方には他国と貿易している港町もあるしらしいし、海も見たことがないし。

 そう考えれば南方の方が新たな冒険の旅路としては良いような気さえしてくる。


 ジンはそんなことをつらつらと考えながら、明日からの冒険に思いを馳せるのだった。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 


 ────同日深夜、北方方面街道沿いの森の中。


 ジンが昨夜寝床にしていた丸太の周囲には屈強な男たちが集まり、物々しい雰囲気を醸し出していた。

 実にその数三十余名。

 皆一様にボロを纏い、腰にはナイフを携えている。


 そんな物騒な男たちの中心には、丸太に腰掛けた細身の青年が居た。

 篝火に照らされた顔はこの場に不釣り合いなほどに整っており、短めに整えられた金髪と碧の瞳も相待って見る者を惹きつける風貌だ。


「お頭ぁ! 以上が報告になりやすっ!!」

「へぇ、その情報、間違い無いんだね?」

「へいっ!!」

「面白いね」


 野太い報告の声に対して、お頭と呼ばれた青年は興味深そうに返す。その音色は爽やかだ。


「じゃあつまり、お前たちは縄張りに入ってきた年端も行かない小僧に翻弄された挙句、小僧は一瞬にして消えるように逃げたと。しかもソイツは直後に王都に居たと。それが本当なら、実に興味深いね」

「へいっ! 王都で張ってる【レター】スキル持ちからの情報なんでっ!! 背格好や特徴は合ってやすし……あの金色の瞳は特に目立ちやすから間違いねぇかとっ!!」

「……そうかい」


 青年は瞼を薄く閉じると、右手の人差し指で額をトントンとノックし、思案に耽るように口を閉ざす。

 しばしの間、パチパチと薪の爆ぜる音色だけが周囲を包む。


 そして青年が瞼を開くと、男達は息を呑んで背筋を伸ばす。

 皆一様に青年の言葉を待ち、どんな行動にも移れるような緊張感を帯びていた。


「……いいね。すぐに服を用意してくれ。駆け出しの冒険者風のヤツを」


 青年の指令に男たちがどよめく。


「ということは?」


 確認するように問う男に対して青年は好戦的な表情を浮かべ、前髪を掻き上げて碧眼をギラつかせた。


「ああ。ちょいと王都に行ってその小僧のツラを拝んでみようと思う。僕たち【イリオス】にとって見過ごせそうにないからね。さあ、行動だ! グズグズするなよ!!」

『へ、へいっ!!!!』


 青年の号令に男達は弾かれたように散り散りになる。

 一人そのばに残った青年は金色に輝く月を見上げると、口元に三日月のような笑みを作った。


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