第33話 和を破る……異質。

「へー! なるほどなぁ! この遺構プールを囲む柱で魔力を供給して、全体で一つの特殊な結界装置みたいになってるわけかぁ! それであのとき、遺構全体が真水竜に優位な場になってたのか! 

 あとはたぶん、湖の底のどこかに水を発生させる魔導機構があるんだろうけど、さすがに広すぎるし、見つけるのには時間がかかるよなぁ……。いやでも、こんな機会なかなかねえし……うーん」


「ちょっと、ヒキール! まだかかるのー? 昨日だって、さんざん調べたんでしょー! みんなで朝食を食べてから、ずっとその調子で調べつづけてるけどー!」


「へへっ、わりぃー! プリアデー! もうちょっとだけなぁーっ!」


 プリアデの呼びかけに気もそぞろに適当にそう返事すると、再び俺は干上がった遺構にそびえる魔法式の刻まれた巨大な柱に注目する。


「まったく。あんな悠長にしていて、湖の水位が減ったことに気がつく冒険者がここに来たらどうするつもりかしら。

 あたしたちが討伐したからお目当ての水竜がもういないって知られたら、間違いなく面倒なことになるわよ」


「ふふ、もうしわけありません。プリアデさま。ですが、ヒキールさまもわかっておいでです。今朝方、【家】の魔力センサーを最大出力に引き上げられていましたから。私たち以外の誰かがこのアレク湖に来れば、すぐにわかります。

 あんなに楽しそうにしておられるのです。もうしばらく、ヒキールさまの望むとおりにしてさしあげましょう」


「まったく。本当にシルキアはヒキールに甘いんだから。ふふ、それにしてもあんなにキラキラと目を輝かせちゃって。

 お酒を飲めるようになっても、ああしてたらまだまだ子どもね。ヒキールったら」


「ふふ、はい。プリアデさま」


 【家】の前に設置したテーブルセットでゆったりとお茶をしながら話す二人。


 それを聞くともなく聞きながら、遺構を調べる俺。


 ──そんな、家族の和やかな時間が。


 ビビーッビビビビビビビビーッ!


 突如として鳴り響く、水竜のとき以上の断続的な警告音によって、破られる。


「これはっ……!? プリアデっ! シルキアっ! 急いでここから出るぞっ! 何かとんでもなくヤバいのが、それもすげえ速さで近づいてきてるっ!」


 俺が振り向いたときには、プリアデとシルキアはすでに武器をとり立ち臨戦態勢をとっていた。


 ──そして、異質。


 パァンッッ!


 けたたましく続く警告音が止み、逃げる間もなくそれが、突風。高速で空気が破裂する音とともに虚空に到達した。


 空中に立つは、長く艶やかな桃色の髪。

 東方の島国より伝わったとされる、一部の人間が好んで着るキモノと呼ばれる類の衣装。


 着流しの上に、花を散りばめた桃色の羽織。ただ、サイズが合っていない。いずれもブカブカ。


 ──まるで本来それを着る人間ではないかのように。


 そして、人の──幼い少女のカタチをとる異質なは、きょろきょろと辺りを見まわしてから、薄桃色の小さな唇を開いた。


「なんじゃ。せっかく数ヶ月かけて、ようやく若返ったこの全盛期一歩手前の愛らしピチピチニューボディーにも馴染んできたゆえ。

 どれあやつも魔石を欲しがっておったし、一つ腕慣らしに水【竜殺し】でもと思い立ち来たというのに。やっぱり湖の入口で全体の魔力を探ったとおり、もうここには取るに足らぬ雑魚稚魚しかおらぬようじゃのう」


 細められた真紅の瞳が、品定めるように俺たちを順番に見下ろす。


「ふうむ。おぬしらかえ? わしよりも先に、この湖にいるはずの、数十年ものの水竜を斃したのは……むう? それにしても、おぬしら実にけったいなモノに乗っておるのう」


 すべてがおかしかった。


 声に似合わない、やけに時代がかったその口調。

 サイズがまるで合っていないブカブカのキモノ。

 その小柄な体に対して長すぎる、業物らしき腰のカタナ。


 あたりまえのように空中に立ち。


 そして、その愛らしいとさえ言えるはずの外見にそぐわない、迸るまでの強大な魔力と。

 こうして相対するだけで、怖気がするほどの、威圧。


 すべてが異端。すべてが異質。すべてがチグハグ。すべてがおかしい。


 見上げる俺の傍ら。プリアデが一度、抜き放った剣を構えたまま深く長く深呼吸し。


 ──震えを噛み殺してから、口を開いた。


「あなた、誰よ……!? あたしたちにいったい、何の用……!?」


 ニイィィッと、空中に立つ"桃髪の幼女"の口の端がつり上がる。


「くっかっか! どうやらさすがに【竜殺し】を成し遂げたものどもじゃな! このわしを前に口をきける程度の最低限の胆力はあるようじゃ!

 くく、よかろう! 長く長く伏せっておったからのう! こうして名乗るのも、実に実に久方ぶりじゃて!」


 "桃髪の幼女"が懐から真紅の煙管キセルを取り出した。

 恐ろしいほど精密なおのが魔力で火をつけてから口に咥え、その名を告げる。


「わしは、アマシュ! そう、おぬしらとて名前くらいは聞いたことがあろう! 何を隠そう! わしこそが、あの【武天】アマシュ・ヘィブンズじゃ! 

 今年で齢120を数える現役バリバリピッチピチ! 世界にその人ありと指に数えられし、伝説のS級冒険者!」


 美味そうに煙を吐きながら、"アマシュ"は続ける。


「で、もう一つの質問の答えは、別にこうして逢ったのも偶然じゃし、別におぬしらに用などないが……いや、そうじゃな。【竜殺し】か……!」


 ──紫煙をくゆらせたその唇が酷薄に歪み、そして告げた。


 いまの俺たちにとって絶望的だとしか思えない宣言を。


「くく! いや、少し興が乗った! 手ぶらで帰るのもつまらぬし、おぬしらわしと賭けをせよ! おぬしらがが手に入れたその水竜の魔石を賭けてな! 

 そしてもし、おぬしらが勝った場合の報酬じゃが──なぁに。ここから生かして帰してやっても、よいぞ? くくくくく! かーかっかっか!」


 その愛らしい顔貌に似合わない老獪かつこの上なく傲慢な──絶対強者の、笑みで。

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