とある騎士の馴れ初め物語~まわしの女奴隷~

ぽにみゅら

とある騎士の馴れ初め物語~まわしの女奴隷~

 その日、シシメル辺境伯の館は勝ち戦の宴に沸き立っていた。


 笑い声と焼いた肉の匂いが充満する中、騎士を目指す少年ハルマは、使用人に混じってせっせと給仕に励んでいた。普段の訓練の方がよほどマシ。そう思える忙しさの中、彼は教官に呼び出された。


 また新しい仕事かと、内心辟易しながら教官の元へと走る。そこには既に同期である見習いの騎士が集まっていた。ハルマを含め男子が5人。女子が3人。いずれも10代中頃の若者達である。


 教官は歴戦の猛者を思わせる壮年の大男だ。肩には何やら大きな袋を担いでいる。


 見習い達が全員集まったのを確認すると、教官は言った。


「全員服を脱ぎ、まわしを締めて庭園に集合せよ」


 教官は担いでいた袋を下ろして封を開く。入っていたのは木綿の生地の束だ。人数分のまわしである。


 その意味は明らかだ。宴の余興として、彼らに相撲をとらせるつもりなのだろう。


「あの、私達もでしょうか?」


 女子のリーダー格であるマユラがおずおずと尋ねる。


「全員と言ったはずだが?」

「し、失礼しました!」


 マユラは教官に睨まれて、身体を震わせる。


「女である事を理由に肌を晒せないというのであれば、荷物を纏めてすぐに出て行け。騎士として戦場に出れるのは、例え素っ裸でも、組み打ちで相手を絞め殺す気概がある者だけだ」


 女騎士を目指すにあたって羞恥心を克服する訓練は避けて通れない。彼女達もそれをわかってここにいる。

 

 女子は真っ赤になりながら、下着も全て脱いでまわしを締める。


 まわしを締め終わると、ハルマ達は庭園へと向かう。


 そこには辺境伯を始め、騎士団が勢ぞろいしていた。


 辺境伯はのたもうた。


「奴隷の娘と相撲をとって我らを楽しませよ」


 は? ハルマは一瞬耳を疑った。


 辺境伯は実直な人物として知られ、部下である騎士も精鋭揃いだ。それ故に、辺境伯の元には騎士を夢見る若者が各地から集まってくる。かく言うハルマもそのひとりであり、尊敬する彼からの酔狂な発言に、つい耳を疑ってしまうのも無理もないことだった。


 ハルマだけではない。他の見習い達も同様に困惑した様子を隠せずにいる。


 だが、その場に手枷をされ、まわしを締めた半裸の少女が屈強な騎士によって連れてこられると、聞き間違いではなかったと理解する事になった。


(この少女と相撲を? シシメル卿は何を考えておられる?) 


 相撲は騎士の嗜みであり、庶民の楽しみ。そして貴族の享楽だ。この国でも、プロ力士による興行相撲。国王や領主の前で行われる上覧相撲、祭りの場で神に奉じる奉納相撲など、様々な形で楽しまれている。


 宴の席の余興で行われるのも珍しくない。


 だが、これはあまりにも……


 同期達も一瞬ぽかんとしていたが、すぐに顔をにやけさせた。


「見ろよ! すっげぇ美人だぜ!」

「ああ、めっちゃ良い身体してやがる」

「奴隷かぁ。あんな上玉俺達の給金じゃとても買えねぇだろうなぁ」


 同期の男達が色めきたつが無理は無い。


 篝火によって朱色に照らされた白銀の髪、整った顔立ち。


 歳はハルマ達と変わらない10代半ばだろう。大人になりきらない可憐な少女の顔をしながら、それでいて、胸は大きく、ウエストはきゅっと締まり、煽情的な線を描く丸い尻とむちむちとした肉付きの良い太ももを持つ少女の肢体は、しっかりとして少年の劣情を煽ってくる。


 少女の美貌にハルマも一瞬息を飲んだ。


 男子が少女に見惚れているのに対して、女子の反応は様々だ。


 ひとりは場の空気に怯え、ひとりは羞恥に頬を赤くし、ひとりは嫉妬のこもった眼で少女を見ている。


「この者の名はルナ。先日の戦で打ち取った、敵国の大将の娘である。お前達は順番にルナと相撲をとってもらう。我が国の騎士として恥じない良い勝負を期待する」


 口元に笑みを浮かべ、少女と相撲をとるように命じる領主。


 中庭には土を盛り固めた簡素な土俵。


 領主を上座に、周囲を歴戦の騎士がぐるりと囲んでいる。


(このエロおやじ共め。シシメル卿は尊敬できる方だと思っていたが、捕虜とはいえ少女を見世物にするような方だったとは……)


 女奴隷と相撲をとれと言いう辺境伯につい睨むような視線を送ってしまったハルマ。


 本来なら許されない無礼な行為。だが、そんなハルマの視線を辺境伯は受け止め、口元をほころばせた。


(笑った? 咎めないのか? もしかしてシシメル卿には何かお考えが?)


 これはただの余興ではない。同期の男子達がルナに鼻の下を伸ばす中、ハルマはひとり気を引き締めるように、まわしをきつく締め直した。


「東方、先方はマユラ!」

「は、はい!」


 マユラが名前を呼ばれて土俵に上がる。マユラは美しい金髪の少女で、剣の腕なら同期の中でも一番だ。将来は女騎士として期待されているマユラだが、今は緊張と羞恥ですっかり腰が引けてしまっている。ルナ程ではないが良いスタイルをしているというのに、猫背になっている今はそれも台無しである。


「西方、ルナ」


 手枷が外されルナが土俵に上がる。マユラとは対照的に自然体だ。ルナの深い群青色の瞳がマユラを、そしてハルマ達を映す。ハルマはその瞳に底知れない恐怖を感じた。


 その瞳にあるのは、深い憎しみだった。


 それはそうだ。美しい見た目にばかり目が行ってしまっていたが、彼女は敵国の人間である。それも討ち取られた隣国の大将の娘。父親を殺されて、その上奴隷に落とされ裸で見世物にされている。ハルマは気がついた。自分達がこれから相対するのは、爆発しそうな憎しみを抱いた相手なのだと。


「手をついて、待ったなし!」


 行事を務めるのは軍配を手にした歴戦の将軍だ。ふたりの少女は腰を落とし地面に手を着く。


 ああ、マユラは負けたな。この時点でハルマだけでなく誰もがそう思った。


 足を開き、堂に入った所作をみせるルナに対し、マユラは自身なさげで、完全に場の空気に呑まれてしまっている。


 マユラとルナの身長は同じくらい。マユラは騎士を目指しているだけあって、女の子にしては身長があり体力もある。だが、ルナにしても日に焼けた健康的な肌。しなやかな筋肉に覆われた手足から見て取れるように、ただ綺麗なお嬢様でなかったことは明らかだ。


「はっけよい!」


 肌と肌がぶつかり合って子気味の良い音が響く。マユラの動きは意外と悪くなかった。おそらくヤケクソだろう。だが、思い切りよくぶつかった瞬間、マユラは大きくのけぞった。見習いとはいえ鍛えているマユラを体幹の強さでルナは圧倒した。ルナは大きく後退したマユラの懐に潜り込み、まわしの食い込んだおしりを掲げるかのように、高らかとマユラ吊り上げた。


 おおっ!


 感嘆の声が上がる。ルナがマユラを土俵の外に投げ落とすと拍手が沸いた。


 立ち合いから全てルナの完勝である。


「勝負あった!」


 軍配がルナに上がると、騎士達から歓声と称賛の声が上がる。それは全てルナに向けられたものだ。


 大きく足を広げた状態でひっくり返ったマユラは、無様な姿を晒したことで恥ずかしさのあまり走り去ってしまった。


「西の勝ち!」


 ルナは胸を張って勝ち名乗りを受ける。その顔に笑みは無い。マユラを嘲るでもなく、ただ下した相手に礼を尽くす。そこに敵も何もない。その姿にハルマは騎士の理想を見た気がした。これはただの見せ物ではない。神聖な一騎打ちだ。ルナは今、ひとりの敵兵を見事討ち取ったのだ。


「こういうの悪くねぇな!」

「ああ、あの子めっちゃ良いぜ。俺も早く勝負してぇ!」

「マユラの奴、普段お高く留まってるくせにいい気味だぜ!」

「あの乳揉みてぇ……乳……尻……」

「生意気な女。奴隷のくせに」

「男はこれだから……」


 同期の男子達はルナに夢中だ。負けたマユラを嘲る者もいる。


 女子はといえば、ルナを見下し、男子に軽蔑の眼差しを向けている。


(マユラはもう駄目かもしれない)


 羞恥心に負けて実力を発揮できなかったばかりか、相手に礼も尽くさず逃げ出した。それも辺境伯の前でだ。


 辺境伯は、マユラを騎士に取り立てたりはしないだろう。


 見習いとして騎士団には入れても、その後に騎士として取り立てられるのは一握りだ。大半は振るい落とされて、故郷に帰るか、見習いのまま戦場で死ぬことになる。


(皆は、まだこれをただの見世物だと思っているのか?)


 ハルマは間抜けに鼻の下を伸ばす同期に呆れた気持ちを隠せない。


「東、ハルマ」

「はい」


 名前を呼ばれてハルマは土俵に上がった。


 ルナと目が合う。ほんの少しだけ低い目線。暗い瞳に呑まれそうになったが、負けじと睨み返す。


(相手を女の子と思うな。敵の騎士と思え!)


 はっけよい! 


 思い切りぶつかり合う。ルナも同じだった土俵中心で肌がぶつかり合う音が響き、衝撃に心が折れそうになるハルマ。


 負けるもんか!


 土俵中央。当たりは互角。


 おお! という感嘆の声と手を叩く音が周囲で起こるが、勝負に集中しているハルマには聞こえていない。


「のこったのこった!」


 お互い一歩も引かない。がっぷりよつでお互いのまわしをとって力比べ。互角の勝負に周囲の声援にも力が入る。


 利き手である右で上手をとったハルマは、ルナを投げようと強く引く。対してルナは、ハルマの薄い胸板に自身の立派な胸を押し当て、突き上げるようながぶり寄りで対抗。ハルマの腰が浮き、つま先立ちになるハルマ。


(くそぅ!)


 ハルマの視界が反転する。なぎ倒すようなルナの下手投げによってハルマは背中から土俵に叩きつけられた。


「勝負あった!」


 行事の軍配が上がる。


「あはははは! マジか!?」

「嘘だろ!? ウケる!」

「あいつ女に負けてやがる! だっせぇ!」


 耳に聞こえてきたのは同期の笑い声だ。


 屈辱と悔しさで胸がいっぱいになった。涙で滲む視界の中で手が差し伸べられる。


 ルナの手だ。澄んだ群青色の瞳を向けて、口角が少し上がっているように見える。


(可愛い……こんな可愛い子に負けるなんて……)


 悔しさに涙を滲ませ、唇をかみしめる。


 ここで逃げたら本当の敗北だ。自分にそう言い聞かせて、ハルマはルナの手を取った。剣だこだらけの彼女の手の皮は、自分の手の皮よりもよほど厚く力強かった。


「西の勝ち!」


 ハルマは勝ち名乗りを受けるルナに礼をして土俵を去った。


 気持ちがいっぱいいっぱいだったハルマは、背中に向けられた幾つもの温かい視線に気付くことなかった。


 ハルマは次の試合を見ることなく、ひっそりと会場を離れひとり声を殺して泣いた。




✤✤✤




 それから2年が過ぎた。


 騎士団にはかつてハルマと共に騎士を目指した同期達の姿は無い。半数は志半ばに故郷に帰り、半数は戦場で命を落とした。そんな中、ハルマは辺境伯に取り立てられて騎士になり、戦場で戦果を挙げた。


「この度の働きは見事であった。報酬の他に望みがあれば叶えよう」


 功績を称える席で、領主に褒美を問われたハルマは答える。


「ルナ殿を頂きたく」

「ほう。いい度胸だ」


 領主はそれを聞いて含みのある笑みを浮かべた。


 あの日、辺境伯は哀れな女奴隷を相手にどう対応するかで、見習い達の本質を見定めようとした。結果は概ね領主の目論見通り。誤算があったとすれば、最も優れた資質を見せたのが当の奴隷であるルナだった事くらいだろう。


 ルナはハルマとの試合の後も勝利を重ねた。


 負けた腹いせに暴力を振る者。


 悪態をつき礼を忘れて土俵を去る者。


 最後に相手をした少年に至っては、精魂尽きて倒れた彼女をその場で組み敷いて辱めようとした。その少年はルナによって首を折られそうになり、それは周囲の騎士によって止められたが、領主は自ら少年を鞭で打ち、即刻追放を命じた。ルナは見習い達が心の奥に隠していた本性を見事暴き出したのである。


 嗜虐心の強い者。劣情を抑えきれない者。羞恥心に負ける者は振るいにかけられ、逆に奴隷の少女相手にも、騎士として本気でぶつかり合い、礼を尽くしたハルマは領主から高く評価された。領主にとって勝敗などどうでもよかったのだ。


 裸で見せ物にされても負けずに戦い抜いたルナの姿は、領主を含め多くの騎士の心を打った。またルナも、同年代と思い切り戦ってすっきりしたらしい。群青色の目からは暗い影は消えていた。領主に気に入られたルナは現在奴隷から解放され、今は城で領主の娘の家庭教師を務めている。


「いいだろう」


 ハルマの申し出に領主は頷く。


「ただし、決めるのはルナであって、私はチャンスを与えるだけだ。振られたら大人しく諦めるのだぞ? なんせ、ルナに惚れている者はここには大勢いるのだからな」

「もちろんです」


 領主の言葉に、周囲の先輩騎士からも笑い声が漏れた。ハルマは苦笑して頷く。


「ルナをここに!」


 領主に呼ばれ、清楚なドレス姿のルナが姿を現すと、綺麗なカーテシーを見せる


 憎しみからは既に解き放たれ、新たな道を進む少女はあの頃より更に美しくなっていた。


 この2年でハルマは成長し、今ではしっかりとした身長差がついている。ハルマはルナの前に立つと、胸に手を当てて穏やかに語り掛けた。


「自分は以前、あなたに相撲で敗れた者です。覚えていますか?」

「はい。よく覚えています」


 とても優しい目でハルマを見つめルナが頷く。


「あの日、あなたは奴隷に負けて恥をかいたにもかかわらず、最後まで礼儀を忘れませんでした。私が誇りを失わずに最後まで戦う事ができたのはあなたのおかげです。あの場で唯一、私を騎士として扱ってくれたあなたを忘れるはずがありません」


 あの日、あの場で、ルナは心が折れかけていた。

 

 戦に敗れ家族を殺された。奴隷に落とされ、裸で見世物にされる屈辱に、何度舌を噛み切ろうと思った事か。見習い達と相撲をとれと言われた彼女は、どうせなら彼らのうちの誰かの首をへし折って道連れにしよう。まさに死ぬ覚悟で土俵に立っていたのである。だが、そんな彼女の気持ちを変えたのがハルマだった。まず、他の男が舐るように身体を見て来るのに対して、彼は真っ直ぐに目を見ていた事に好感を持った。そして、何よりも、彼との相撲がとても楽しかった。実力が伯仲した相手と、全力で競い合えてとにかく楽しかったのだ。ハルマを土俵に下した瞬間は快感だった。喜びについ声が出そうなくらいに。


 負けたハルマが悔しさに身を震わせているのは一目瞭然だった。それでも彼は、土俵を去るまで礼儀を護り続けた。彼の前に相手をした少女のように逃げ出すことなく。


 女と侮らず。奴隷と見下さず。最後まで対等な相手として彼はルナを見ていた。おかげでルナの心は救われた。最後まで騎士として。そう心に決めて土俵に立った。その後の相手はどうしようもない連中ばかりだったが、相撲を楽しむには十分だった。自分を見下す相手に勝利し、ルナの心は晴れていった。


 ハルマもまた救われた気がした。あの日、悔しくて流した涙は無駄じゃなかった。


 ハルマはルナの前に跪いて、一世一代の告白をする。


「どうか僕と……」

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