とあるブラックな運び屋の話

獏麒

第1話


ーーー♪ーーー♪


「……頭、いてぇ……」


二日酔いの鈍痛がこめかみをノックする。

昨日は久々の休みで、つい呑みすぎた。

焼酎のあとにウイスキー混ぜた時点で負け確だったな。

RTAリアル・タイム・アホチャレンジ完走。結果:死亡。


ーーー♪ーーー♪


「……朝の、四時半? どこのバカだよ……」


スマホの画面に浮かんだ二文字を見た瞬間、吐き気が倍増した。


〈課長〉


「……マジかよ……」


寝起きの悪夢にもほどがある。

出たくねぇ。けど、出なきゃあとで“地獄の二次試験”だ。

どっちみち詰み。

仕方なく通話ボタンを押す。


「おっ、ようやく出たなヨシハル。

 休みのところ悪いが、今日これから鳳華ほうかへ行ってくれ。

 飛行機は七時発、あと二時間半だな。」


「……は?」


寝ぼけてても理解できるレベルの無理難題。

いや、理解したくなかった。


「荷物はS8で受け取れ。詳細は現地の調整者コーディネーターに聞け。

 資料はピックアップに入れてある。飛行機で確認しろ。」


「ちょっと課長? 俺、今日四週間ぶりの休みっすよ?

 しかも課長自身が“労基がうるせぇから休め”って言ってたじゃないですか。」


「おう。だからお前は休みだ。」


「は?」


「休みだから行け。」


……日本語って、奥が深ぇな。

こっちは脳がアルコールで死んでるってのに、意味がまったくわからねぇ。


「課長、俺、パスポート持ってねぇっすよ。国内専任って言ってましたよね?」


「安心しろ。五年前に取ってあることになってる。」


「おい、それ犯罪じゃねぇの?」


「会社の善意だ。」


Damn……。

クソが、ほんとに。

休みは与えねぇくせに、こういう根回しだけは完璧。

うちの会社、地獄のくせに管理だけは天国クラスだ。


「……で、滞在何日っすか。明日の仕事、別のヤツに回すんすよね?」


「はっはっはっ。日帰りだ。人材不足って言われてるだろ。

 初海外が日帰りなんて、なかなかできねぇぞ?」


こいつ、何が楽しいんだ。

その笑い声、悪魔のエコーがかかって聞こえる。


「滞在九時間で全部終わらせろ。明日の仕事もアサイン済みだ。

 帰りの便、逃したら大変だからな?」


「そっちは“命に関わる”ほうの“大変”っすか?」


「まぁ、両方だ。

 良い休日を。」


ぷつん。

電話が切れる。あのクソ女狐、声まで香水臭ぇ。


枕元の煙草を探す手が震える。

火をつけて、一口吸い込んだ瞬間、胃が反乱を起こした。


使い捨てディスポーザル案件かよ……

 ま、ポーター冥利ってやつか。」


条件指定、突発出張、初めての国、9時間タイムリミット。

この組織に五年いりゃ、嫌でも察する。

「帰ってこられたら儲けもん」ってやつだ。


……老衰で死にたい、なんて夢のまた夢だな。


煙を吐き出しながら、天井を見上げる。

夜明け前の闇の向こうで、どこかの空港が俺を待ってやがる。


「はいはい。今日も“良い休日”を過ごすぜチクショウめ。」


吐きかけた煙が、夜明け前の空気に溶けていった。

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