第2話 レンタル彼女の裏切り事件

午後2時。町田の公園。


ベンチでジュースを飲みながら、

黒田さんは真顔でチラシを見つめていた。

風に揺れるその紙には、

大きくこう書かれている。


──レンタル彼女 1時間3,000円 延長可。


「ハルトくん、ついに時代がここまで来たな」


「また始まった。なんの話です?」


「恋が時給制になった」


黒田さんは深刻な声でつぶやいた。


「これは、愛と経済の境界線を超えた瞬間だ」


「いや、ただのレンタル彼女ですよ」


「違う。ここには“愛の損益分岐点”がある」


(この人の頭の中、

 毎回経済ニュースみたいだな…)



翌日。

黒田さんは本当にそのアプリに登録していた。


「プロフィール:黒田ジョージ。

 職業・恋愛探偵」


「いやいや…探偵ってバラしてるし」


「匿名で愛は語れん」


1時間後、通知が鳴る。



──【マナ:今日の18時、町田駅西口で】


「来たぞ。依頼だ」


「いや、予約確認ですよ」


「愛の現場検証に行く」


「…通報されないといいですね」



夕方。

町田駅前に現れたのは、

黒髪ロングの女性・マナ。

白いコート、伏し目がちの視線。

一見するとおとなしそうだが、どこか影がある。

俺はそっと二人の後を尾ける。


「黒田さん、ですよね?」


「探偵の方の黒田だ」


「え?」


「すまん、職業病だ」


マナは小さく笑った。


黒田さんはその笑顔を見て

頬を赤らめなぜか一瞬だけ黙った。


(…いや、やめとけ。絶対ややこしくなる)



カフェに入り、二人でコーヒーを頼む。

マナは控えめに口を開いた。


「私、本当は“レンタル彼女”したくないんです」


「…む?」


「友達に勧められて登録してみただけで。

 何人かと会ってるうちに怖くなっちゃって」


黒田さんは真剣な目でうなずいた。


「なるほど…それはつまり、

 恋の市場に迷い込んだということだな」


「…え?ま…まぁ、そんな感じです」


(そんな感じじゃないですよ…

 普通に登録ミスですよ)


「でも、黒田さんみたいな人が

 来てくれて安心しました」


「俺もだ。久しぶりに“恋に怯える瞳”を見た」


「詩人ですか?」


「探偵だ」



その時、マナのスマホが震えた。

画面には別の男の名前。


──【じゃあ西八王子駅に20時だね】


マナの表情が凍る。

黒田さんが目を細める。


「…事件だ」


(出たな)


「愛の二重契約だ」


(いや、仕様ですよアプリの)


店内の空気が一瞬止まる。

店員さんが怪しむように二人を見ていた。



夜。

マナを駅まで送る途中、

黒田さんがぽつりと言った。


「マナ、君は“誰かに好かれること”に

 怯えている顔をしてる」


「…当たってます」


「でも安心しろ。愛は貸せない。

 貸そうとすれば、借りる方も苦しくなる」


マナは少し笑った。

その笑顔はどう見ても苦笑いでしかなかった。



駅のホームで、マナの背中が人混みに消える。

黒田さんはスマホを取り出し、

静かにアプリを削除した。

俺はそのタイミングで黒田さんに近寄る。


「…愛に時給はつけられない」


「いや、最初から使い方そのものが

 間違ってたじゃないですか」


「違う。使われたのは、俺の心だ」


その顔は真剣だった。

そしてちょっとだけ、誇らしげでもあった。


──恋愛探偵・黒田ジョージ。

 今夜もまた、事件は未解決。

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