銀河布教戦争

 ――それは、宇宙史上もっとも笑われた戦争だった。


 きっかけは、銀河馬鹿教の経典第九九条。

> 「人は己の好きな飯と笑いを信じよ。」

 たった一文だった。


 しかし宇宙では、それが三通りに誤読された。

 ひとつ、スコッチエッグ派――「卵こそ宇宙の真理」。

 ひとつ、ラーメン派――「麺こそ無限の輪廻」。

 そして、ネタバレ禁止派――「笑いのオチを口にする者は異端」。


 宗派の対立は次第に激化し、

 惑星エッグマターでは「半熟原理主義」が蜂起。

 惑星メンギャラクシーでは「麺は切るな運動」が起こり、

 惑星サイレンスでは全住民が口を閉ざし、

 誰も喋らないまま宣戦布告を発した。


 戦争の武器は笑い――。

 ラーメン派は湯気を増幅して敵をむせさせ、

 スコッチエッグ派は黄身を爆裂させて香りで悶絶させ、

 ネタバレ禁止派はジョークのオチ直前で発言を止め、

 敵の神経をじわじわと破壊していった。


 戦場には悲鳴も怒号もなく、ただ笑い声だけが響いた。

「うっ……く、くるしい……腹筋が……!」

「味の描写がリアルすぎるんだよ!」

「誰か……このギャグの結末を教えてくれぇぇ!」


 そのとき、光の海を割って一人の男が現れた。

 金色のラーメンどんぶりの上に立つ、

 あの愚楽だった。


「……お前ら、何やってんだ。」

 彼が一言つぶやくと、全軍の笑いが止まった。

「師よ! スコッチエッグこそ至高でございます!」

「いいえ! 麺のコシこそ悟りです!」

「沈黙が正義です(口パク)」

 愚楽は頭をかいた。

「お前ら、どっちが馬鹿か競ってどうすんだ。」

「では師よ、真の馬鹿とは何ですか!」

 愚楽は一拍置き、ラーメンの湯気を見つめながら答えた。


「……考えてる時点で違う。」


 一瞬の静寂。

 次の瞬間、銀河全域が爆笑に包まれた。

 スコッチエッグ派も、ラーメン派も、沈黙派も、

 誰もが腹を抱えて笑い、武器を捨てた。

 爆笑の衝撃波が広がり、

 笑いのエネルギーが銀河をひとつにした。


 AIの観測装置は記録した。

> 『戦争終結。原因:意味不明の大爆笑。』


 愚楽は両手をポケットに突っ込み、

 どんぶりの上から宇宙を見下ろした。

「……馬鹿の数だけ、平和がある。

 笑いが続く限り、戦争なんて起きねぇよ。」


 その声が、笑い声に混じってゆっくりと遠ざかっていく。

 星々がゆっくりとまたたき、

 どの惑星でも、誰かがスコッチエッグを割る音がした。


 黄身がとろけ、ラーメンの湯気が立ちのぼり、

 沈黙派がこっそりと笑いを漏らした。


 ――宇宙は再び、腹の底から笑っていた。

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