第一章26:夜袭

その時刻は同じ日の深夜。雛城の受付嬢は、まだ少し不満げに残業を続けていた。本来ならとうに退勤時間を過ぎているのに、少し前に黎輝王国が一方的に雛城へ加えた破壊行為のせいで、無駄な仕事が大量に増えてしまったのだ。


  受付嬢は深くため息をついた。しかし、手元の作業は止まらない。少しでも早く帰るため、机上の文書を黙々と片づけ続けている。


  同僚:「先に帰るね!応接室の資料はもう整理したよ。あなたも早く休んで!」


  受付嬢:「うん、明日ね。」


  言い終えると、受付嬢は去っていく同僚を見送り、その後、自分ひとりだけが残った広い冒険者ギルドを見渡した。胸の奥に、説明できない怒りが込み上げる。


  受付嬢(ほんと腹立つ。この仕事、急ぐ必要なんて全然ないのに。明日やればいいでしょうが。なのに、あのいつもふらふらしてる上層部は、どうしてこんな時間に限って急かすのよ!)


  受付嬢:「はぁ……この束、早く片づかないかな……帰ってお風呂入りたい……」


  『……』


  突然、大広間から扉の開く音が響いた。ずっと裏方にいた受付嬢も、その音に気づく。


  受付嬢(おかしいな……正面の扉は鍵をかけたはず……同僚が忘れ物でも取りに戻ってきた?)


  『タッ…タッ──タッ───タッ────』


  聞こえてきた足音は、普段の同僚のヒールの音とは違うようだった。


  受付嬢(まさか……ギルドの上層部?こんな時間に?)


  その瞬間、受付嬢の胸に不吉な予感が走る。


  受付嬢(ま、まさか……ギルドの上層部に秘密があって……今ここに私がいるって気づかれたら……消される!?)


  真偽は分からない。だが、受付嬢はそっと裏から顔を出し、そっと覗くことにした。


  受付嬢(見てみよう……誰が入ってきたのか……ばれませんように……)


  『!!!!!!!!!』


  その人物は、上層部でもなく、同僚でもなく、冒険者でもなく、見覚えのある誰かでもなかった。


  全身黒ずくめ、マントと面をつけた謎の人物。ただし、その面は完全な無地だった。


  受付嬢が覗く前に、その黒衣の人物はすでに受付の内側へ入り込み、わずかな動作で振り返り、震え上がる受付嬢と目が合った。


  受付嬢は気づかれたことを悟り、慌てて裏方の扉を閉め、鍵をかけたつもりになり、机の陰に必死に隠れた。(見られた!誰なのよ!まさか黎輝王国がまた人を……!?)


  しかし、彼女は裏方の扉をロックできていなかった。


  『タッ…タッ──タッ───タッ────』


  足音はさらに近づき、扉はあっさりと開かれてしまう。受付嬢の心拍は限界まで上がった。


  受付嬢(鍵、簡単に開けられた!?)


  『タッ…タッ──タッ───タッ────』


  『……』


  足音が止む。五分、六分……時間が過ぎても、ギルド内は静まり返ったままだ。


  受付嬢(……帰った?)


  そう思った瞬間、彼女は少し安心し、胸を撫でおろした。


  だが次の瞬間、隠れていた机が押しのけられた。


  受付嬢:「!!!!」


  受付嬢は慌てて机を飛び出し、黒衣の人物が何をするかなど考える余裕もないまま、ただ正面の扉へ向かって全力で走った。


  黒衣の人物は、加工された声で言った:「逃げるな。」


  その言葉で、受付嬢は悟る。逃げ切れない、と。だが、会話が通じる気配があるため、逆に希望も少し芽生える。


  受付嬢(震え声):「あ、あなた……誰……?どうしてここを襲うの……?」


  黒衣の人物:「取引をしに来ただけだ。」


  受付嬢はその声を聞き、わずかに冷静さを取り戻す。どうやら狂った刺客ではない。


  受付嬢:「……どんな取引……?」


  黒衣の人物:「賞金首を渡す。金と交換だ。」


  受付嬢:「で、でしたら問題ありません。ギルドの規定に従い、賞金の八割が捕縛者に支払われます。」


  黒衣の人物は少し不満げだった:「なぜ賞金を分ける必要がある?」


  受付嬢は肩を震わせながらも、仕事としての説明を続けるしかなかった:「仕、仕方ありません。規則で……」


  黒衣の人物はさらに鋭く詰めた:「なぜ八二なんだ。」


  受付嬢は命がかかった状況に、必死で声を振り絞った:「し、仕方ありません!で、でも……交渉はできます!」


  黒衣の人物:「ならいい。今すぐ扉を開けろ。外に賞金首が十人ほど転がってる。確認したら、今夜中に金を渡せ。」


  受付嬢は震える手で扉を開けた。そこには確かに、長らく指名手配されていた犯罪者たちが縛られて転がっていた。しかもギルドの扉は、そもそも最初から施錠されていなかった。


  受付嬢:「こ、これらは確かに賞金首ですが……うちのギルドはもう閉店してまして……資金の引き出しは明日しか……」


  黒衣の人物:「……明日の夜。同じ時間──午前三時に来る。そのときまた言い訳をしたら……その首、もらう。」


  受付嬢:「わ、わかりました!!」


  黒衣の人物はそのまま一瞬で姿を消した。


  受付嬢:「はぁぁ……いったい誰なの……生きてて良かった……明日上層部に報告しないと……!」


  ……


  一方その頃、永碎玻璃の宅邸では、千层がソファに座って待っていた。詩钦が指を鳴らすと、黒衣の人物が一瞬で二人の前に現れる。


  その人物はすぐに無地の面を外し、中から現れたのはやはり彼方だった。


  詩钦:「人前にこの格好で出るの、初めてでしょ。どうだった?」


  彼方:「うーん……めちゃくちゃ不便。性格も変えないといけないし……でも、一応交渉はまとまったよ。明日の夜、賞金がもらえるはず。」


  千层:「ですけど、ギルドは絶対明日の夜に待ち伏せしますよ?」


  詩钦:「それでいいの。だって演劇って、隊長の彼方だけが舞台で独り芝居ってわけにはいかないでしょ?」


  ……


  そして、翌日の夜はすぐに訪れた。受付嬢の強い要請により、ギルドから多くの冒険者が配置され、さらに雛城のS級冒険者──渟まで駆り出された。


  渟:「本当に、黒衣の人物が午前三時に来るって話なんだな?……もうすぐ時間になるが、まだ影も形も見えんぞ。」


  ギルド高層:「受付嬢の話によれば、黒衣の人物は転送を使ったとのことです。全員、緊張を切らさずに!」


  その言葉を聞き、渟は手にした巨大な斧をさらに強く握りしめた。

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