第一章11:私を仲間に入れて

この世界には人間の王国だけでなく、他にも多くの種族の王国が存在する。たとえば、エルフの王国、ドワーフの王国、魔人の王国など、さまざまだ。


  それらの王国には共通点がある。――それは、ひとつの王国にはひとつの種族しかいないということだ。王国内で他種族の姿を見ることは決してない。


  さらに、一つの種族につき王国は一つだけ。残りの集落は「町」と呼ばれるが、それらは王国の支配下にはない。そのため、王国同士の戦争に巻き込まれることも多い。人間の町である雛城もその例外ではなかった。より有利な戦局を求め、人間の王国は同族すら犠牲にする。初回の奇襲は失敗に終わったが、それでも王国の非情さを示すには十分だった。


  通常、ひとつの王国の滅亡は、ひとつの種族の滅亡を意味する。だからこそ、どの王国も人材育成に力を入れており、弱小な王国ほど世襲制度に頼らざるを得ない。有能な人材こそが国の存亡を握っているのだ。


  この「人材制度」は、吸血鬼の王国――血蔵国にも存在する。

  吸血鬼もまた、確かに実在する。だが彼らは魔物ではなく、魔物の枠を超えた存在であり、理性と知性を持ち、冷静に会話することもできる。ほとんど人間と変わらない。


  しかし、そんな血蔵国の中に、一人だけまったく評価されていない王位継承候補がいた。


  民衆:「聞いたか?あの子まで聖君に選ばれたらしいぞ!」

  民衆:「まさか…ありえないだろ?なんであの子なんだ?」


  王位候補たちが壇上に立つその日、全ての視線が、最も弱く無能と噂される少女――彼女へと向けられた。

  彼女が女性だからではない。他の女性候補も尊重されている。

  問題は――彼女が魔法を使えず、飛ぶこともできず、さらには吸血すらできないことだった。その事実はすでに国中に知れ渡っていた。


  民衆:「信じられない…!」

  民衆:「あんな子を選んだら、滅亡するのも同然だ!」

  民衆:「吸血もできないガキを聖君に選ぶなんて、正気じゃない!」


  演説の前から、彼女はすでに結果を悟っていた。

  だからこそ、壇上に立った瞬間、彼女は静かに一言だけを告げた。


  千層:「私は…この選挙を辞退します……」


  そう、彼女は潔く身を引いた。惨めに負けるくらいなら、いっそ退く方がましだった。

  だがこの決断は、その後の人生に大きな影を落とす。嘲笑、蔑み、侮辱。彼女は人々から徹底的に見下されるようになった。


  それ以来、彼女は翼を隠した。

  吸血も飛行も魔法もできないなら――せめて普通の人間として生きよう。


  そう考えた千層は、人間の国に潜り込んだ。だがそこは厳重に警備されており、すぐに発覚する危険があった。発見されれば、スパイ扱いされ、自分の種族をも危険にさらす。


  結局、彼女は王国の外、どの国にも属さない町――雛城へとたどり着いた。

  そして、そこで目撃してしまう。人間の王国が雛城を魔法で爆撃する、あの惨状を。


  『ドォォォォォォォォン!!!!!!!!!』


  悲鳴、混乱、炎。魔法が雨のように降り注ぎ、町を焼き尽くしていく。


  戦闘に不向きな千層は、恐怖に震えながら逃げ惑うしかなかった。


  『パチン!』


  その時、響いたのは指を鳴らす音。

  そして――彼女は、彼方と詩钦に出会う。


  放たれたその一撃。指先から走る眩い軌跡。

  わずか三秒で、焼け落ちた町が再び蘇っていく。


  千層:(あれは……いったい……)


  彼女は息を呑んだ。

  それは人の力ではなかった。神聖で、圧倒的で、まるで救世主のように。


  そして彼女は知った。

  彼らが『永碎玻璃』という名の冒険団を結成し、正体を隠して人々を救っていることを。


  千層:(強くなりたい……私も、あの人たちと共に……)


  詩钦の指先から放たれる光の軌跡。

  それは魔法ではなかった。彼女が生まれて初めて“視えた力”だった。

  魔法の才がないと蔑まれてきた彼女が、今――確かに見た。


  ……


  翌朝。

  彼方と詩钦は、冒険者ギルドの長椅子でのんびりと座っていた。周囲では冒険者たちが噂話をしている。


  冒険者:「昨日の奇襲は史上最大だったな!あのままじゃ全滅してたけど、誰かが助けてくれたんだって!」

  冒険者:「そうそう!ギルドの上層部も表彰状を出すらしいぞ!王国の侵攻にも対抗する準備を進めてるとか!」


  彼方は静かに詩钦を見る。

  詩钦は苦笑いを返すだけだった。


  彼方:(やっぱり…詩钦が助けたってバレたら、王国に狙われる……)


  冒険者:「なあ、覚えてるか?あの機械遺跡の魔物、行方不明になったって話!実はそいつが俺たちを助けたんじゃないかって!」


  詩钦はさらに困ったように笑い、彼方は額を押さえた。


  彼方:(最悪だ…バレたら、詩钦が研究機関に連れ去られるかも……)


  そのとき、ひとりの少女がギルドに入ってきた。

  真っ直ぐカウンターへ歩み寄る。


  受付嬢:「ご用件をお伺いします。依頼の申請ですか?それとも――」

  少女:「冒険団を探してるの!」

  受付嬢:「あら、団名は?」

  少女:「『永碎玻璃』っていうの!」


  その瞬間、全員の視線が少女へ、そしてゆっくりと彼方と詩钦へと向いた。


  少女は彼方と詩钦を見つけると、目を輝かせて駆け寄った。


  彼方:「詩钦、お前なにかやらかしたのか!?」

  詩钦:「私が聞きたいくらい。」


  少女は二人の前で立ち止まり、深く頭を下げ、手を差し出した。


  焦った彼方:「謝りに来たんだな!ほら、受け取れ!怒っちゃダメだぞ!」

  焦った詩钦:「知らない子だってば!」


  少女:「私の名は千層!どうか、あなたたちの冒険団に入れてください!!」


  彼方/詩钦:「……」


  彼方:(昨日作ったばかりの冒険団を狙うとか……新しい詐欺か?)


困惑する彼方を横目に、詩钦は静かに親指を立てた。


  彼方:「……で、君、冒険者なのか?」

  千層:「ん?違うけど?」

  彼方:「じゃあまた今度な!バイバイ!」


  そう言って、彼方は詩钦の手を引き、そそくさとその場を去った。


  残された千層は呆然と立ち尽くす。


  彼方:「間違いない、あれは新手の詐欺だ!」

  詩钦:「でも、悪意は感じなかったよ。」

  彼方:「じゃあなんで言わない!」

  詩钦:「親指立てたでしょ?賛成の意味だったんだけど。」

  彼方:「あれ、行けって合図かと思ったわ!」

  詩钦:「えっ……」

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