吸血姫にTS転生した俺、ダンジョンマスターになる〜最強ダンジョンを作って美少女眷属と引き篭もりたい〜

光の道筋

第1話 生き返ったら女の子になってました

 幾つもの管に繋がれ、俺は病院のベッドで仰向けになっている。

 見えるのは白い天井だけ。耳に届くのは、医療機器が規則的に鳴る音だけだ。


 生まれつきの心疾患が悪化し、20代半ばにしてこの有り様。

 両親はすでに他界し、1人っ子の俺を見送る者は誰もいない。恋人がいるかどうかなんて、言うまでもないだろう。


 どうやら俺はここで死ぬらしい。普通の家庭に生まれ、そこそこの幸福を味わい、先天性の病気であっけなく幕を下ろす。

 まあ、そんな人生も悪くないのかもしれない。どうせ死ぬなら、せめて仕事の引き継ぎくらいはちゃんと終わらせたかったけどな。


 視界が霞み、世界が暗闇に沈んでいく。これが死というものか。この静けさは心地いい。願わくば、ずっとこの静寂の中にいたい。


「ああっ! やっと……やっとお会いできました! どうか、私を救ってください! 私の魔力も全て捧げました!」


 見知らぬ女の声が響いた。……うるさい。せっかく静寂に浸っていたのに台無しだ。病院で大声を出すなよ。

 それより、まだ死んでいなかったのか? 生と死の狭間ってやつか? もう疲れたんだから休ませてくれ。


「リリィ様! 捧げ物をご用意しました! 目を覚ましてください!」


 医者や看護師はこの女を注意しないのか。俺、今まさに死にかけてるんだけど?

 最後に聞く声が、知らない女の叫びって……そんなエンディング、勘弁してくれ。


「リリィ様! これをどうぞ! うっ、お、重い!」


 ずるずると何かを引きずる音が聞こえる。リリィ様って誰だ? 海外のセレブでも入院してるのか? 


 すると、生臭い悪臭が鼻を突いた。何かが腐ったような匂いだ。しかも、その臭いはどんどん強くなっていく。

 いったい何がどうなってるんだ。頼むから、静かで清潔な場所で死なせてくれ。


「よいっ……しょ! リリィ様! 捧げ物をお持ちしました!」


 俺が寝ているすぐ横に、何か大きなものが置かれた。く、臭すぎる! やばい、耐えられない!


「くっ……臭い! 何がどうなって──え?」


 思わず目を見開き、上体を起こして腐臭の元から離れる。そこはもう、俺が入院していた病院ではなかった。


 部屋の壁は全て煉瓦になり、いくつもの蝋燭がゆらゆらと周囲を照らしている。

 そして、鼻を突く腐臭の正体は巨大な狼の死体だった。


 その死体の傍らには、金色の長髪を持つ女性が立っていた。赤い瞳に、肌を際立たせる黒のドレスを着ている。背中からは小さな黒い羽が生えていた。

 大体10代後半くらいの年齢だろうか。身長は俺よりも高い。俺の頭が彼女の胸と同じ高さにある。


 この人は誰だ? いや、それよりもここはどこだ? まさか俺、天国じゃなくて地獄に落ちたのか?


「リリィ様! やっとお目覚めになられましたか! 私を、吸血鬼を救ってくださいませ!」


 目の前の女は手を組み、俺に懇願していた。こいつ、何の話をしてるんだ? アニメか何かの設定か?


 それに、なんで俺は立っていられるんだ。寝たきりだったはずなのに。ああ、そうか。俺は死んだのか。どうやら本当に、死んで地獄に落ちたらしい。


「リリィ様? どうかなさいましたか?」

「……リリィ様ってのは、誰のことだ?」

「偉大なる吸血鬼の王、あなた様のお名前です!」


 どうやらこいつ、俺をそのリリィ様とやらと勘違いしているらしい。吸血鬼が地獄にもいるとは驚きだな。

 ……ん? 今さらだが、俺の声がおかしい。まるで女の子みたいな声だ。寝たきりで長く喋っていなかったせいか。いや、まさかな。


 俺は真下に目を向ける。そこには──女の子の体があった。

 一糸纏っていない全裸のため、見えちゃいけないところまで見えてしまう。ぺたんこの胸とつるりとした肌、まるで女児のような体になってしまった。


 お、俺が小さい女の子になったのか!? 男の象徴であるアレが無くなっている!


「な、なんだこれ!? なんだこれ!?」

「きゅ、急にどうされたんですか? あっ、そうですよね! いきなり降臨させちゃいましたからね。驚きますよね!」


 女はウンウンと頷きながら、ひとりで納得している。

 こいつ、何か知ってるのか? 吸血鬼の王とか、降臨とか、それに女の子になっていたりとか意味がわからないんだが。


「な、なぁ、悪いけど、この状況を説明してくれないか? 少し混乱してるんだ」

「もちろんです! 私はですね、吸血鬼を救ってほしくてリリィ様を降臨させました! 本で読んだ伝説の方なら、きっと救ってくださると思ったので!」


 全然情報が増えてない。わかったのは、こいつがリリィ様と初対面らしいことと、そのリリィ様がとんでもなく偉いらしいってことくらいだ。

 1つだけはっきりしているものがある。俺はそのリリィ様じゃない。俺は女の子ではなく男なんだ。そこはちゃんと否定しておこう。


「俺はリリィ様じゃない。別人と間違えてないか?」

「え? な、何を言ってるんですか? 間違えてない……はずです」

「いや、間違えてるよ。俺の名前は佐々木だ」

「サ、ササキ?」

「うん。佐々木」

「……」


 女は唖然として黙り込んだ。気まずい沈黙が流れる。なぜだか、俺のほうが悪いことをした気分になる。俺は、偉大な吸血鬼の王なんかじゃない。


「この顔がリリィ様と似ているのか?」

「多分ですけど……似てます」

「多分?」

「私、本でしかリリィ様を知らないんです。大昔の方なので……」

「お、大昔の方!? もう亡くなってるのか!?」

「おそらく、亡くなってます」


 リリィ様は故人だった。俺は死んだ後、他の死者の肉体に乗り移ったらしい。

 魂というものだろうか。そんな非科学的なものが存在したとは信じられない。


「うぅ……別人を降臨させちゃったなんて……魔力も全部使っちゃったのに……」

「ちょっと待て。魔力って何だ」

「はい? 魔力は魔力ですけど……」


 女は「何言ってんだこいつ」とでも言いたげな表情で、じっと見つめてくる。地獄には魔力なんてものがあるのか。まるでゲームやアニメの世界みたいだ。


 いや、もしかすると本当にそういう世界なのかもしれない。だって地獄に魔力があるなんて聞いたことないし。

 ここが何処なのか、この女に聞けばわかるだろう。実は天国だったりしないかな。俺は天国に行けるくらい真面目だった自負がある。


「ここは天国か? それとも地獄か?」

「? 何言ってんのかよくわかりません! ここはダンジョンですよ!」

「ダンジョンって……魔物がいて冒険者が攻略する、あのダンジョン?」

「そうです! 私のダンジョンは攻略されたことありませんが!」


 天国でも地獄でもなかった。ダンジョンということはアニメやゲームの世界。ここは地球ではなく異世界なのか。

 なんで俺は異世界に来たんだ。それも女の子の姿で。もう訳がわからない。


「私、救ってもらいたくて魔力を全て捧げたんです! でも……はぁ……」

「人違いだったからって露骨にガッカリするなよ。何か困ってるなら手伝うからさ」


 女が暗い顔になっていたので、思わずそう申し出た。すると、彼女の表情が一気に明るくなる。


「そうですか! なら吸血鬼の復興を手伝ってください! そのために、最強の王として後世に語り継がれるリリィ様を降臨させたんです!」

「お、おう。じゃあ復興のためには何すればいいんだ?」

「子どもを沢山産んでください!」


 女は満面の笑みでそう言う。子どもを産む? 男の俺が?

 そんなの冗談じゃない。絶対に嫌だ。俺が好きなのは女性だ。男とそういう行為はしたくない。本当、切実に。


「嫌だ。お前が産めばいいだろ」

「王族でなければ意味がありません! 私は一般吸血鬼なので!」

「絶対に産まないからな。他になんか手伝えることはないのか? 出産以外なら何でもやるよ」

「何でもって言いましたね? そしたら、そうですね。産むのが駄目なら……何を手伝ってもらいましょうか」


 女は腕を組み悩んでいる様子だ。一体何をやらされるんだろう。

 「何でも」って言わなきゃよかったか。でも出産と比べたら大抵のことは出来るはずだ。出産よりキツイお願いはしてこないと信じたい。


「そうだ! リリィ様は私の主ですし、ダンジョンマスターをやってもらいましょう! 私の魔力も無くなっちゃったので!」

「ダンジョンマスター? それってどういう仕事なんだ?」

「簡単なので安心してください! ちゃちゃっとダンジョンマスターになっちゃいましょう! ちょっとこっち来てください!」


 女が俺の横を通り過ぎる。振り向くと、サッカーボールほどの大きさで、白く光る球体が地面に置かれていた。女はその球体の横に立っている。


「ダンジョンコアです! これに触れるとマスタールームに行けます!」

「知らない単語が2つも出てきた」

「知らなくても大丈夫です!」


 本当に大丈夫なのだろうか。この謎の女に騙されてそうで怖い。


「あ、そういえば私の名前を言ってなかったですね! 私は吸血鬼のイレーネです! リリィ様!」

「よろしく。俺は佐々木だ」

「リリィ様とお呼びします!」

「……もうリリィ様でいいよ」

「はい!」


 死んで、蘇って、女の子になって、子どもを産めと言われて、もう色んなことがありすぎて疲れた。呼び名くらい好きにしたらいい。


 俺とイレーネはダンジョンコアという白い球体に触れる。次の瞬間、視界が白に染まった。

 ……なぁ、俺、今度こそ死んでないよな?




───────────────

あとがき。


第1話をお読み頂きありがとうございます。TS吸血姫がダンジョン運営していくお話です。


少しでも面白ければぜひ作品フォロー、⭐︎⭐︎⭐︎評価お願い致します。


次回、マスタールームに入室&ダンジョンマスターになります。

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