蛮族の女王
ふじた いえ
第一話
王は、斬首では足りないと言った。
私の氷の肌が炎に炙られ、悲鳴を上げのたうち回り、その苦しみに絶叫しながらこと切れるのが見たいと。「火炙りの刑にしろ」と。
「愛した女に情けをかけてください。后妃を火あぶりにしたとあっては、陛下は残虐な王として後世に伝わります」
丞相がそう進言するも、
「愛した女だからこそ憎しみが深いのだ」と言ったそうだ。呆れるのと同時に、あぁ、と納得してしまった。あの王はやはり、残忍な男だ。だから炎の中で、あの方の名前を力一杯、叫んでやろうと思う。大勢の家臣の前で、恥をかくがいい。それが、あの方を私から奪った報いだ。
「
王の声だ。私は背中を向けたまま、祈り続けた。
「雪蘭、後悔しているか」
「何をですか?」
「決まっているだろう。あの男を愛したことだ」
振り返って、残忍な独裁者を真っ向から見つめた。この世で、この
先の戦で、
抵抗した者達は激しい拷問を受け、最期には皮を剥ぎ、干し草を詰めて見せしめとして晒した。この大国、猛虎国は、犠牲になった民の怨嗟で成り立っているのだ。
后妃だった私が、今や藁の上に横たわり薄汚れた麻の牢獄服を着ている。跪く私を見下ろすと、王は地響きのする声で叫んだ。
「哀れな雪蘭よ、命乞いをせよ!」
「できません」
「――その度胸と、聡明さ。何よりお前の美しさが、今でも愛しい。例え、他の男を愛しているとしてもだ。お前を失ったら、私は生きてはいけない。頼む、命乞いをせよ、許しを請え。そうすれば、命だけは助けてやる」
「
人払いをすると、孟海は跪き、項垂れた。
「もう、我が君とは呼んでくれないのか?そこまで、あの男を愛しているのか」
「今まで私は、女であることを悔いていました。男に生まれて、我山族の繁栄に貢献したかった。皆と一緒に戦いたかった。けれど、あの方に愛されて、初めて女で良かったと思ったのです。それに、あの方は孟海様の放った刺客で、亡くなったのでしょう?私はもう、生きる意味がないのです」
「そなたは后妃であり、皇太子、
「――はい」
「おのれ!」
私の首に手をかけようとした孟海が、そのまま拳を握り締める。行き場を無くした怒りは、憎しみに変えることしかできない。
「雪蘭よ、そなたを炎の中で後悔させてやる。勿論、その時は遅いがな」
後悔などするものか。私は早く、あの方の元に行きたいのだ。そこがこの世だろうと、あの世だろうと関係ない。寧ろ、あの方への愛で焼き殺されるのなら、本望だ。
平閑殿では、王の即位式や結婚、元旦や節句などの祝い、朝議、宴、出征、王室の葬儀など、重大な式典が行われた。平閑殿前の広場に文武百官がずらっと並んで、三跪九叩頭の礼を行う様は壮観であった。その広場で公開処刑が行われるのは、猛虎国の長い歴史の中で初めてであると、守衛達が声を潜めて話すのが聞こえた。
とうとう、明日か。
孟海は、私を失ったら生きていけないと言った。
ならば、処刑されるのは私であり、孟海自身だ。
雷震の顔がふいに頭に浮かんで、慌てて打ち消す。幼き我が子の顔は、決心を揺るがせる。しかし、これで良いのだ。魂を失った私のような母親が傍にいるのは、雷震にとって良い訳がない。
広場に引き摺り出され、私は一本の丸太の上に縛り付けられた。平閑殿の玉座には、孟海が座り、隣には雷震が乳母に抱かれ眠っている。母が焼き殺されるところを、息子に見せるのか。残酷な男。
文官達の後ろに、王の妾姫達が座っている。ここまで、白粉と香の匂いが漂って来そうだ。女達は王の寵愛が私だけに向けられていることに、嫉妬していた。態とらしく仰ぐ
けれど、あの女達に言ってやりたい。一度でも、狂おしい程に、男に愛されたことがあるかと。それを知ったら、もう死など怖くはないのだと。
こんな状態であっても、あの方の思い出が私を潤ませるから困る。口元に笑みを浮かべる私の姿を見て、孟海が怒声を張り上げた。
「火を点けよ!」
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