地底の未来

スプマンテ ロック

第1話  夏の邂逅 ―神社の午後 ―

蝉の声が、熱を帯びた空気を震わせていた、

鎌倉・雪ノ下の小さな神社、風鈴の音が軒下でかすかに揺れ、

真夏の午後を、どこか遠い記憶のように包んでいる、

杉本迅は、老人の手を引きながらゆっくりと石段を上っていた。

鎌倉清風ケアセンターの訪問介護士として、週に数回この老人(高田茂さん)の散歩を手伝っている。「暑いねぇ、迅くん。昔はこんなに暑くなかったけどなあ~」

「そうですね。水、もう一口飲みましょう。」

迅は微笑みながら、首のタオルで汗を拭った、その時、強い風が吹いた。

帽子がふわりと浮かび、参道の先へと転がっていく。「あっ……!」迅が反射的に追いかけようとした瞬間、石段の下でそれを拾い上げる影があった。黒髪のボブカットで黒縁メガネ、

白いシャツの制服を着た女の子を風が揺らしていた、

その輪郭が光の中でぼやけて見える。「これ、あなたの帽子ですか?」静かな声で差し出した少女――太田梓。「ありがとうございます!」

迅は礼を言い、帽子を受け取った。「いやぁ~、ありがとうお嬢ちゃん。」

老人が笑みを浮かべ近寄ってきた。

迅は少し頭を下げ、「助かりました」とだけ言い、

再び歩き出そうとした…そのとき。梓の瞳が一瞬、銀色に光った。

風の音が遠ざかる。

視界の奥に、映像が流れた。──老人が、手すりに寄りかかって崩れ落ちる。

──迅が叫び、抱きかかえる。(あと三分……心臓発作。)梓は息を呑んだ。

梓は1時間程度の未来を見る能力があった。

だが、彼女には“掟”がある。(地底の民――レプテリアン)

かつてシュメールの時代に地上を離れ、

肉体を持たぬ意識体として進化を見守り続けてきた。

彼らは人間を観察し、遺伝子進化を促す“導き手”だったが、

直接的な干渉は固く禁じられている。(でも……このままでは――)梓の胸の奥に、微かな熱が灯った。

人間という存在に対して、初めて“感情”が芽生えた瞬間だった。「ちょっと待って!」

彼女が声を上げたと同時に、

老人の身体がぐらりと傾いた。迅が振り向き、抱きとめる。

「高田さん! 高田さん!」脈を取る、呼吸が浅い、、。

迅の手が震える。「救急車を呼びます!」

梓は携帯を取り出し、番号を押した「私が救急車呼ぶので、手当てを・・・」

「意識がありません、鎌倉雪ノ下の神社です!」迅は声をかけ続けながら、胸を押さえる。

介護士としての訓練が、迷いなく身体を動かしていた。やがて、

遠くからサイレンの音が近づいてくる。救急隊が到着すると、迅は迷わず言った。

「同行します。利用者です。」ストレッチャーに乗せられた老人の手を握りながら、

迅は車内に乗り込んだ。

その横顔を、梓は静かに見つめていた。――あの瞳。

自分とは違う。

でも、なぜか懐かしい。救急車の赤い光が遠ざかる。

梓は、胸の中に残った“何か”を確かめるように、静かに空を見上げた。青い空。

熱を孕んだ夏の風。

その全てが、人間の“生”を照らしていた。彼女はまだ知らない。

今、病院へ向かうその青年が、

のちに人類とレプテリアンの“進化の歪み”を暴く鍵となることを。——


~ 数時間後

病院の廊下には、白い光が冷たく降り注いでいた。

迅は、ぼんやりとベンチに座っていた。

手には、あの日の老人――高田茂の帽子。

指先で握る感触が、まだあのときの温もりを残していた。「心筋梗塞です。即死ではありませんでしたが……残念です。」

医師の声が、静かに胸に突き刺さった。自分に何かできたはずだ――

そう思う一方で、

職業として、介護士として、

“命を預かることの重さ”に押し潰されそうだった・・・


その夜。

ニュース番組が静寂を破った。

『鎌倉市の訪問介護施設で、利用者が散歩中に倒れ死亡。』


同行していた介護士の対応に不備があったのでは――という声も。』

テレビの中では、

迅が帽子を拾う瞬間の映像が、まるで“監視カメラ映像”のように切り取られていた。(なぜ、あの映像が……?)報道はいつの間にか“真実”をねじ曲げ、

迅を“無責任な介護士”に仕立て上げていった。

SNSでは、

《人の命を預かってる自覚あるの?》

《介護職なんて責任取らないくせに》


――と匿名の声が連なっていく。

迅は、ただ黙っていた。

正しいことを言っても、届かないことを知っていたからだ。

けれど、胸の奥では、何かが静かに崩れ始めていた。


⸻日常は続く。

それでも、世界の歪みは日に日に大きくなっていった。街頭ビジョンでは、

「ガソリン暫定税率、再び議論へ」

「年収の壁、改善策見送り」

「移民受け入れ拡大、雇用の不安広がる」ニュースの一つひとつが、まるで“息の詰まるノイズ”のように、人々の心を麻痺させていく。

日本は今、豊かでありながら、確実に貧しくなっていた。

働いても報われず、税だけが増えていた、

政治家たちは笑顔で“検討”を繰り返す。その裏で、

政治家の裏金問題、文通費、癒着、一切が報道から消えていく。


なぜか――

メディアもまた、誰かに操られているから、


⸻そんなある日。

迅は清風ケアセンターの帰り道、

再びあの神社の前を通りかかった。石段の上で、

夏の日差しを避けながらベンチに座る少女


――梓がいた…

「……あの日の子だ。」迅は声をかけようとしたが、

少女の表情に、何か近寄りがたい静けさを感じうつむいた、

「おじいさん、亡くなられたんですよね?」唐突な言葉。

なぜ彼女が知っているのか、

迅は少しだけ驚いた。「はい。……でも、あのとき助けてくれて、ありがとうございました。」

「私は何も、、、」言葉が消える、、、

「そんなことないですよ。あなたがいなかったら、もっと……」言いかけて、迅は言葉を飲み込んだ。

彼女の瞳に、あの日と同じ微かな光を見た。梓は、静かに言った。

「人の死を“誰かの責任”にするのが、この国の報道なんです。」迅は息を呑む。

それはまるで、自分の心の奥に直接触れたような言葉だった。

テレビの報道を見たのか、、、

「そういう風に “作られている” んです。

 この国は、真実よりも、感情で人を動かすように報道するんです。」風が吹いた。

木々の隙間から、わずかな光が差し込む。そのとき、

迅は初めて気づいた。この少女は、何かを“知っている”


人間の社会の裏側――自分たちが見ていない、

“もうひとつの現実”を。


梓は微笑み、立ち上がった。

「……杉本さん。

 これから、あなたはもっと多くの“嘘”を見ることになります。」

「え?」

「でも、心配しないで。本当のことは、ちゃんと残るから。」それだけ言い残し、

彼女は石段を下りていった。

その背中を、迅はただ見送ることしかできなかった。


――この日から、

彼の世界は少しずつ、平凡(現実)ではなくなっていく。




第一話 終


次回 報道の檻(おり) ――歪む真実――

週1回更新 10月 31日(金)20:00

週1回更新を目指して頑張ります!



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