第9話 聞いてない



 間近に迫ったハロウィン。初日からコツコツとリサーチを続けてようやく納得できるものが完成した。


「今年は結局手作り菓子だな」


 目の前に完成した菓子を友人用と家族用に分ける。このご時世でなければ職場の先輩や後輩にもお裾分けしたかったが致し方ない。

 逆に数が減った分のクオリティは上げられたのだから良しとしよう。


「さあて後はハロウィン前夜にラッピングして今年も無事乗り切った!」


 達成感に満たされようとしていた時、一本の電話がかかってきた。

 画面に表示された名前は入社当時からお世話になっている先輩だ。


「珍しいな休日に。……お疲れ様です、先ぱ」

『すまん! 助けてもらえないか?』


 挨拶を言い終える前に切羽詰まった先輩の声が耳に響いた。

 この先輩が焦るなんて更に珍しいな。


「落ち着いてください。いったいどうしたって」

『理由は後で話す! お前、菓子はあるか?』

「………………え?」


 たっぷり間を置いたことは許して欲しい。

 まず休日に、いきなり電話で普段は決して聞かない焦った先輩の声にこちらまで混乱したのは仕方がない。しかし、問題は次だ。何を頼まれるのかと身構えた矢先に、ハロウィンも来ていない今、菓子はあるか? のセリフを聞いたら、まず聞き間違いを疑うものだろう。


「せ、先輩、あのどうも寝ぼけていたみたいで」

『だから、菓子はあるのかと聞いたんだ! もう昼だぞ、いつまで寝てんだ』


 先輩が妙なこと言ってきたからでしょう! とは流石に言えない。少し冷静になって考える。

 目の前には完成した焼き菓子がある。でも友人とか家族用だから大したものじゃない。

 視線をずらして材料の残りを目測で確認する。

 難しい物でなければ今からでも間に合いそうだ。

 理由は後で話すと言っていたし、まあいっか。


「菓子なら用意できますよ」

『そうかぁ、良かった。では今から取りに行くからすまんが一時間後までに包装までしておいてくれるか』

「い、今から? 一時間後?」


 うっかり敬語を忘れたのも今回は許して欲しい。ちょっと待った! さすがにそれは近所で菓子を買った方がよろしいかと……。


『じゃ、あとでな』

「あの! 先ぱ」


 先輩も余裕がないのか、すぐに通話を切ってしまった。

 冷や汗がヤバい。恩のある先輩だからヘタなものは渡せない。


「こ、こうなったら……」



 ピンポーン。

 来客を知らせるチャイムの音に心臓が跳ねる。仕事でもこんなスリル体験したことないのに。


「は、は〜い、どうぞ」


 自然と声が震える。見よう見真似で作った菓子を持って玄関へと向かう。


「すまないな、急に頼んで。これ、材料費諸々な」

「い、いえ、そんな。いつもお世話になってる先輩の頼みですから〜」


 渡される封筒よりも、まず先輩の反応が気になって目が泳ぐ。


「ああ、これが噂の菓子か」

「エッ、うわさ? 何の話です?」

「お前の同期が、お前の作る菓子はうまい。ハロウィンも食べたい、と話しているのを耳にしてな。親戚の子がこれから来るから頼もうと、どうした?」


 手に持った菓子を落とさないように気をつけながらも、その場にへたり込んだ。

 誰に渡すのかと思ったら、親戚の子かよ!

 てっきり得意先関連の付き合いかと思うじゃん!


「あぁ、これ。どうぞ。親戚の子によろしく」


 気疲れしながらもそれだけはなんとか言えた。

 これは休憩を挟む必要があるな。片付けはその後で。


「ありがとな。ハロウィン当日も楽しみにしているぞ」

「え?」

「じゃあな。明日遅刻するなよ」


 先輩は嬉々として材料費が入った封筒を菓子と入れ替わりに持たせると、すぐに帰ってしまった。

 理解が追いつかない後輩を残して。


「き、聞いてねぇよぉ〜……」


 残った材料はほぼゼロ。ハロウィンは、もう間近に迫っていた。

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