第2話 不幸中の幸い
「あはははっ! ヤクザに追われてここまで来たって!?」
女性の名前は仙崎悠奈――葉月がどうしてここにいるのか、経緯について話したところ、随分と楽しそうに笑っていた。
「わ、笑わないでくださいっ」
「いやぁ、ごめんね? だって、そんな理由でここに来る人がいると思わないからさ」
「わたしだって、別に来たくて来たわけじゃ……」
――そう、望んでこんなところにいるわけではない。
「でも、この後どうする? 家にはもう戻れないだろうに」
「それは……そう、ですね」
問題はそこだ。
葉月には行く場所がない――ダンジョンの中に来たのも結局、逃げてきただけ。
目的があってここにいるわけではないのだ。
「仙崎さんは討伐者なんですか?」
討伐者――ダンジョンで魔物を狩る者達のことだ。
当然、危険な仕事であるためにそれなりの報酬がもらえるらしい。
ただし、討伐者になるのも才能がいる。
「いや、私は違うよ」
「え、違うんですか……?」
「ん、私は――ここに住んでいるからね」
「……?」
何を言っているのか分からず、葉月は首を傾げる。
「え、住んでる……?」
「そうだよ」
「ダンジョンに……?」
「そう言っているけれど」
「ど、どういうことですか……?」
全く意味が分からない――だって、ここは魔物の暮らす巣窟だ。
安全なところなどないはず。
「君はダンジョンに来るのは初めてだろう。せっかくだ、今暮らしているところが近いから、案内してあげるよ」
悠奈にそう言われて、葉月はダンジョン内を案内されることになった。
「あ、あの、魔物とかは……?」
「この辺りは大丈夫。襲われずにここまで来たのは奇跡に近いけれどね」
「そ、そうですよね……」
「まあでも、私の見立てでは君は何やらダンジョンに適応しているみたいだけど」
「……? 適応?」
「こんなところまで走って来たのに疲れを感じていないんじゃないかい?」
「! そう言えば……」
指摘されて、初めて気付く――思えば、ヤクザに追われていた時もだんだんと引き離していたようだ。
そんなに運動が得意というわけではないのに。
「幸か不幸か――ダンジョンに適応できたのなら、ここで暮らすこともできるかもしれないね」
「ええ……ここでですか……?」
正直――あまり乗り気はしない。
だが、えり好みできる立場でないことも分かっている。
けれど、本当にダンジョンで暮らすなんてことが可能なのだろうか。
「ほら、ついたよ」
悠奈に案内されてやってきたのは――先ほどよりもさらに地下。
だが、洞窟らしき場所の中に扉があった。
「……どうしてこんなところに扉が?」
「まあ、入ってみれば分かるよ」
言われるままに、扉を開ける――すると、中に広がっているのは『普通の部屋』だった。
「……へ? これは、どういう……?」
悠奈は驚きを隠せなかった。
ダンジョンの中にどうして――普通の部屋があるのか。
「ダンジョンっていうのはまだまだ謎が多いものでね。まるで生きているかのように形を変える――どうやら、ダンジョンのできた地域の建物なんかも一部取り込んでしまっているらしい」
「それって、つまりダンジョンの中に取り込まれた部屋が存在している、ってことですか?」
「そういうこと。もちろん、電気や水道は機能していないけれどね」
けれど、ダンジョンの中にこんなに普通の部屋があるのなら――確かに暮らすことができるかもしれない。
リビングがあって、ソファが置いてあって、寝室もある――これがダンジョンの中だとは思いもしない。
「実際、討伐者にとっては休憩所程度であんまり需要はないよ。私みたいに暮らしているなら別だけどね」
「く、暮らしているって……仙崎さんはどうしてここで?」
「んー? 私、ブラック企業で働いてたんだけど、むかついて上司を殺しちゃって」
「……へ?」
「あははっ、冗談だよ。とにかく、地上で暮らすのに嫌気が差したから――ここで暮らしてみようかなって」
そんな軽い理由でダンジョンで暮らすことを選んだのか。
――いや、でも葉月もそれくらいの気持ちでいた方がいいのかもしれない。
葉月は意を決して、悠奈に尋ねる。
「……あの、わたしもここに居候させてもらったりとか、できませんか?」
「居候?」
「は、はい。一人だと、心細くて」
「まあ、そうだろうね。地上に戻ることもできないだろうし――かといって一人にすれば、まず生きていけないかもしれない」
「……」
悠奈の言う通り――葉月はここで生きていく能力はおそらくない。
「まあ、君の話は面白かったからね。いいよ。ダンジョンをシェアハウスにしていこうじゃないか」
「! いいんですか!?」
「知り合った以上、このまま放っておくのもね。上に帰せる子なら問題ないが、事情が事情だろう?」
「あ、ありがとうございます!」
葉月は悠奈に頭を下げる――これも不幸中の幸いとでも言うべきだろうか。
ダンジョンの中で知り合ったお姉さんに拾われ、ここで暮らすことになった。
「とりあえず――今日の夕飯でも取りに行こうか」
「夕飯ですか……?」
「ん、ダンジョンワームにでもしようかな」
「ワ、ワーム? それってどんな……?」
「それは見てからお楽しみ」
――その後、葉月はダンジョンワームの姿を見て悲鳴を上げることになる。
けれど、意外と味は悪くなく――葉月もここでの暮らしに慣れていくことになった。
借金取りから逃げた先でダンジョン暮らしのお姉さんに拾われました 笹塔五郎 @sasacibe
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