第6話 剣豪、魔法を両断す。

 ――妙なことになったものだ。




 いや、考えてみれば、そもそも異世界転生しているのだ。


 これ以上の妙なことが起きたところで、いまさら驚くこともないか――そう、自分を納得させる。




 いま私が立っているのは、エルドラ領主ガナージュ邸の敷地内の一角。手入れの行き届いた、美しい中庭だ。


 そして、私の目の前に相対するのは、ガナージュの護衛者にして、この世界の魔導士のアークス。




「……では、このアークス殿に勝てば、私が街道の魔物を討伐することを許可してくれるということでよいかな?」


「ああ、勝てればな」




 ガナージュは、まるで揶揄うように頷いた。




(小娘どもが魔物退治などできるはずがない。やれるというのならば、先にその力を勝って示せ! ということなのだろう)




 ……自分で言葉にしていてどういうことなのかとも思うが、一言でいえば私たちは「」のだ。そして――




(あの者にとって、この街のことはどうでもいいのだろうか)




 こちらが手を貸そうというのを邪魔するなど、街の責任者の判断としてどうなのか。


 しかし、まあいい。


 戦える相手がいるのなら、私はそれで構わない。しかし、アリシア殿に対するあの無礼は、捨て置けない。




 ガナージュに「欠陥王女」と蔑まれていた際の、悲痛なアリシアの表情が思い出される。


 だが、それは侮蔑の言葉に怒っているのではなく、彼女自身への憤りを押さえている様のようだった。




 もし私が相手に勝てば、危険な魔物討伐に繰り出すことになる。


 この中庭に移動する前に「それで問題ないか」と問うたところ、彼女はそれが何が問題なのか分かっていないようだった。


 アリシアは私の手を握り「ご武運を」と祈ってくれた。


 彼女は、この街を憂い、そして、戦う私の身を案じてくれていたのだ。




 ――彼女の顔に募る不安を、払ってあげたいと心から思った。




「よし」


 ブンっ、と手にした剣を振るう。いま握っているのは、アリシアから預かった【神代を斬り砕く大刃ラグナレク】ではない。ここに用意された刃の潰された模擬剣なまくらだ。




「いいのですか? その剣で」


 アークスが私の手元の模擬剣を見て、挑発するように言ってきた。


「ああ、人間相手ならばこの剣で問題ないだろう」


 それは本心だった。


 【神代を斬り砕く大刃ラグナレク】は、持ち主であるアリシアに託してある。彼女はいま、その大剣を大事そうに抱えてくれていた。




(逆に人間相手ならば、模造剣こっちの方が全力で振るえるしな)


 そんな物騒なことを考えながら相手の方を見ると、ガナージュがアークスにぶつぶつ言っていた。




「まったく馬鹿げたことをいいおって……さっさと済ませてくれ」


「はは。そう愚痴らないでくれよ、主殿。こっちは暇を持て余していたんだ。少しくらい遊ばせてくれてもいいじゃないか……――それに僕の実力を見たくもあるだろう?」




 アークスは余裕の様子だ。




「……そうだな。大金を払って飾っておくのも勿体ないか。見せてくれよ、魔導士の実力とやらを」


 アークスはガナージュを言いくるめて、再び私と向かい合う。彼が握っているのも模擬剣だ。一応、体裁としては模擬戦か演習モックバトルといったところなのだろう。




「そ、それでは――始めてください!」


 屋敷の主に指示された侍女が精いっぱいの声を上げた。




「さて――!」


 始まった瞬間に ぎゅん!!  と、空気を割き、私はアークスへと一直線に跳んだ。




(――心地よい!)


 身体を躍動させ、全力を駆ける。その感覚が奔る度に悦び、笑みが零れるのを我慢しなくてはいけなかった。


「な、にぃ――!?」


 邸宅内の中庭とはいえ、かなりの広さがある。その距離を一瞬にして私は詰めた。




 そのスタートダッシュに驚いたのか、私の速度に驚いたのかは分からないが、アークスが発した声を私は間近で聞いていた。




 模擬刃を全力で振るう。




「くぅ――!」


 アークスは舌打ちをしながらも、刃で何とか受け流す。だが、打撃の衝撃により彼は姿勢を崩した。


 その隙を逃がさない。


 私はそのまま模擬剣を振り切り、一回転の後、間髪入れずに二撃目を放つ。


 とどめのつもりだった。




火炎爆フレア――!!」




 が、アークスと私の間に、不可視の魔法陣が出現した。


 そして、魔法陣は一瞬の発光の後、その中央から炎が出現した。




「ユイ様――危ない!!」


 ばん! と目の前で爆発が生ずる。


 瞬間、私は刀剣の胴を盾にしながら横に跳躍した。爆風が肌を焼くが、この身体ならば耐えられる。




「これが魔法か――!?」


 さらに追撃が来る。複数の魔法陣がアークスの前に出現し、炎の砲撃がこちらにへ襲い掛かる。


「く!」


 模擬剣を揮い、炎一つは斬撃で切り落としたが、刀身が焦げるのを感じ、


(続ければ剣が持たないか――)


 残りの炎を避ける。




「最初の威勢はどうした!?」


 私の回避方向を読んで、今度はアークスが切り込んできた。


 振るい降ろされる剣。


 模擬剣で、そのアークスの一撃を受け止めようとする――が、直感から私は身をそらす。




 ザン!




 受け止めようとした私の模擬剣を、アークスの剣は両断してみせた。


 その刃はそのまま私の身体をかすめ、中庭の石畳を斬り裂いた。


(――やはり!)


 模擬剣の一撃を受け止めようとした瞬間、違和感が走っていた。そしてその直感は当たり、刹那、アークスの剣が私の模擬刃を易々と斬り裂いたのだ。




「ユイ様!!」




 体勢を翻し、間一髪で振り下ろされた刃を避ける。


 私の持つ模擬剣の切っ先が、見事に両断されている。




「これも……魔法か!?」




 目を凝らすと、アークスの持つ剣に光が宿っているのが見えた。おそらく剣に纏わせるように魔法をかけている。


 私の剣を斬ったのは、刃の鋭さではなく、魔法の斬性なのだろう。




「ほう、よくわかったな」


 いやらしく笑うアークス。


「ひ、卑怯です! 模擬戦で剣に魔法の付与など……!」


 アリシアが非難の声を上げた。


「王女様、それはなぜですか? ただ私は魔法を使っているだけなのに」


 アリシアの非難に、アークスは嫌味な笑みを返していた。




使。それだけで、それがただの人との間に圧倒的な差を生む――そんなことは当然のことでしょうに。あなたならわかるでしょう? 




 雄弁に語りながらアークスはこちらへの手は緩めない。


 炎の砲撃と、魔法を纏った斬撃。それが立て続けに繰り出される。




 避ける、避ける、避ける、避ける、避ける、避ける、避ける!




 剣で受けることができず、避けるしかない。


 対抗策がない。まるで選択肢を潰された状態は、じり貧にみえるだろう。


 アリシアの心配ももっともだ。




 アークスの攻撃は苛烈さを増し、炎の弾幕が私の退路を塞ぐ。私はその間を縫うように、紙一重で回避を続ける――地面を蹴り、壁を伝い、時には宙を舞う。


 剣を半ばで失った今、頼れるのはこの身体だけだ。




 しかし、その動きは決して無駄ではない。私は、彼の魔法の起動パターンと、その詠唱の癖を読み解いていた。




「人がこの地を支配しているのは知性と”魔法”――魔法があるからこそ、この魔物が跋扈する大陸で生活することができる。そうでしょう?」


 魔導士と自らの優秀さを語る。


「かつて魔物と魔族に蹂躙され、生き抜くことにすら瀕した人間がこうして生きていられるのは魔法を得て、磨き続けたからに違いない!」




(たしかアリシアからそんな話を聞いたな)


 アリシアに聞いた話では、かつてこの大陸は魔物と、それを率いる魔族によって蹂躙され尽くしていたらしい。


 人類はまるで獣のように怯え、日々の生すら脅かされる絶望の中にいたという。しかし、そんな暗黒の時代に、人類は奇跡の光――「」を手に入れた。


 それは、絶望に沈んた人類自身の内に秘められた可能性が花開いたモノとも【始祖者】と呼ばれる存在に与えられたとも言われるが、いずれにせよ、その力こそが人類を救ったそうだ。


 魔法という力を磨き続けた人類ついに魔族との大戦に勝利し、この大陸に平和を取り戻した。


 その時の英雄の一人が、今や超大国パンゲアの礎を築いた初代国王だという。




「なるほど! 大層な力だ! 誇るのはいいだろう。しかし、驕り高ぶるのはどうかな」


 叫びながらアークスから一度、大きく距離を取る。そして、改めて一気に駆け出した。




「ちょこざいな!」


 襲ってくる火球を避ける。


「く! これならばどうだ!」


 多数の同時展開の魔法陣から炎が襲いかかる。しかし、その熱波が肌を焦がす寸前、私はすでに軌道を読み切っていた。


 高速に思考に沿い、身体が緻密に動く。


 炎の渦が私を包み込もうとするが、そのわずかな隙間を縫うように駆け抜ける。


 そして、地面を滑るように移動し、次の魔法陣が展開される位置を先読みし、炎の熱が肌を焼く寸前、私はその攻撃範囲から脱出した。




「それはもう見切ったぞ!」


「馬鹿な! なぜだ! なぜ避けられる!!?」



 ここまでで、魔法の起動手順と時間を読み切った。  


 魔法の起動直前、魔法陣が生じ、そこから魔法が生じる――その魔法陣の向きを見れば、どう火球が生まれるのかがわかる――それがどうこちらへ向かってくるのかの軌道を読める――軌道が読めれば避けられる――この身体なら!!




「お前、魔導方陣が見えているのか!?」



「その光っている円陣のことか? 当然だろう?」


「ただの人間のくせに、馬鹿な……!!」




 アークスの反応を見ると、魔法が使えない人間には、あの魔法を起動させる魔法陣は見えないものらしい。


(そういえば生前、目だけは常人並みに見えていたな)


 もしかしたら、病弱な身体が強靭になったとすると、。そんなことをふと思った。




「悪いな。昔から目だけは良かったのでな!」


「!?」


 ついにとアークスの懐にたどり着いた。


「く!」


 彼は後ろに仰け反りながら刃を振り下ろす。あの魔法を纏った刃を私が受け止めることはできない。だからこそ、私は結局避けなければならないと、アークスは踏んでいるのだろう。そして、改めて距離を取り、私を魔法で炙り尽くすつもりなのだ。


 が、私は模造剣をアークスの剣へと向け、相手がつかむ柄部分の上、鍔部分ガードへ器用に打ち込んだ。




 アークスの刃は予想外の方向からの衝撃からか、あっけなく宙に飛んだ。


 そして、私は一歩踏み込み、アークスの眼前に肉薄する。同時に、模造刃をその首元に添え付けた。


「これで――どうかな?」


「……………………っ」




 静止し、見つめ合う私とアークス。




「……………………ま、」




 言葉を待った。だが、




「魔導士が人間に降参などするか!」


 自分への被害もためらわず、二人の間近で魔法陣が出現した。


「往生際が――」




 その魔法陣が魔法を生み出すまでの刹那、私は躊躇なく模擬刃を振り抜いた。刃は光の円陣を寸断し、魔法は霧散する。




「ま、魔法陣を斬った、だと!?」


「見えるのだ! 斬れるさ――」




 剣を振るった勢いのまま、もう片方の掌で呆然とするアークスの襟首を掴む。




「――悪い!!!!」




 そのまま背負い投げの要領で、アークスを中庭の石畳に叩きつけた。



 どん!!




「……ぐ、ぐ、えあ」




 間抜けな声をあがった。そして、大きくびくついた後に、ばったりと動かなくなる。




「しかし、最後まであきらめない執念だけは大したものだ」




 ゆっくりと立ち上がり、こちらを見る観客――とはいっても、アリシアとガナージュと侍女だけだが――を見る。




 アリシアに微笑みかける。


 呆然としていた彼女だったが、その笑みに、ちょっと泣きそうな顔をしながら、満面の笑みを返してくれた。




 そして、次いでガナージュに向ける。




「では。魔物討伐は任せてもらおう」




 そう、あえて大仰に見栄を切った。

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