第2話 剣客は大剣を授かり、狂える魔物を屠る。

「剣豪……剣士のことですか?」



 呆然と問う少女。


 透き通るような肌に、可憐で美しいブロンドの髪は僅かな癖っ毛が愛らしさを際立たせる。


 その身を包む豪華なドレスは、彼女が高貴な身分であることを一目で示していた。



「ふむ。この世界ではそう呼ばれるのだろうか。だが、剣士とはまた違う。今は一介の剣客とでも名乗ろうか。それよりも、これは一体……?」



 これ、とは一帯の有様についてだった。



「突然、あの魔物の群れが襲ってきて……皆、私を庇って……」



 アリシアの視線の先には、血だまりの中に散らばる複数の遺体。彼女の護衛だったであろう騎士たちが、見るも無残な姿で事切れていた。



「残念だな。しかし、あなた自身が無事でよかった――……いまはそれを喜ぼう」


「は、はい……」  



 こちらの言葉にムリヤリにだろうがアリシアが小さく頷いてくれた――その時だった。地を揺らすほどの咆哮が、森の奥から響き渡る。



「!?」


「あれは?!」




 現れたのは、先ほど私が一掃したゴブリンの仲間だろうか? 否、ただの仲間ではない。それよりも遥かに巨躯だった。



 見るからに醜悪な豚のような顔に、その筋肉質な体は優に私の三倍はあろうかという大きさ。


 手には、大木を容易くへし折りそうな巨大な棍棒を握りしめている。



 そして、その巨体からは信じられないほどの跳躍力で、一瞬のうちに私たちの眼の前に現れた。



「千客万来だな」



 私は、まるで好敵手との出会いを喜ぶかのように、手にした剣を構える。




「む、無茶です! あれはオークです! 只の剣で太刀打ちなど……!」


「それはちょうどいい――いまは無茶をしたい気分なんだ!」




 私はアリシアを守るように、大柄なオークの眼前に立ちはだかり、低く身構えた。



 オークは咆哮と共に、その巨大な棍棒を振り下ろす。  




 ごあッ!!  




 風を切り裂く轟音。私は紙一重でそれを避ける。




 棍棒は空を割き、近くにあった大木をあっさりとひしゃげ折った。




「見た目通りの剛力か! 素晴らしい!」  




 私は獰猛に、しかし心の底から楽しむようににやりと笑う。


 そして間髪入れずに、自ら飛びかかっていった。  




 ごん! と、オークは棍棒を盾にするようにして、私の初撃を受け止めた。次はオークの番ターンとなり、オークの渾身の一撃が、私の頭上へと振り下ろされる。


 それを私は、まさかの真正面から受け止めようとする!




「避けてえええええええっ!!!!」  




 アリシアの魂の叫びが、森に響き渡った。彼女にしてみればオークの一撃を受けるなど無謀極まる狂気なのだろう。




 ごうぉん!!!!




 その心配の通り。その一撃がもたらしたものはただの衝撃ではなかった。体の芯、骨の髄まで響き渡るような、圧倒的な質量と破壊の震動。




 しかし、私は華奢な身体からは想像もつかない膂力で、その一撃を確かに受け止めてみせた。




「っ……効いた……! が、無事だ! この程度、……と思える!」  




 私の顔は、苦痛を上回り、さらなる喜びと昂揚が浮かんでいた。


 オークの表情は読めない。が、目の前の華奢な私が、自身の渾身の一撃を受けても微動だにしないことに、明らかに戸惑っているように見えた。いやはや、自分自身信じがたいのだ。混乱も無理はない。




 しかし、攻撃を受けた瞬間、私は感じた。


 身体の奥底から、筋力とは別軸の、何かが漲っていく感覚を。


 気……いや、魔力か? この世界に満ちる、未知なる力。




(この力を極めれば、華奢な体をものともせずに、さらに強靭な力を発揮できる……!)




 私はニヤリと笑った。




 それが癇に障ったのか、オークは再び棍棒を振り回す。




「効かぬ!」  


 私は二撃目も真正面から受け止める。




「だめっ!」  


 アリシアの声と同時に私は首を傾げた。




「あれ?」


 おおぅーー!!




 この体は問題なかったが、刀身が耐えられなかった。


 二撃目が刀身にぶつかった瞬間、剣はバリンと文字通り、盛大な音とともに粉々になってしまった。




 私は即座に後ろに飛び退いていた。


 間一髪で棍棒が私の立っていた場所を粉砕する。  




(まさか体ではなく、手にした武器のほうが駄目になるとは……!)




  生前の私ならば信じられない事態だろう。


 握っている剣はもはや刀身をほぼ失い、柄と鍔のみと果てていた。




 危機的過ぎる状況が少し滑稽さを感じながらも奔って、地面に打ち捨てられていた別の剣を素早く拾う。少女の従者が持っていた剣だろう。




「はぁ――!」




 新たな武器を手にして再び攻勢に出る。  


 しかし、棍棒に打ち込むのと同時に、剣の目釘が緩むのがわかった。


 この剣も、限界が近い。そこまで必死に剣を振るい倒れたのか――倒された持ち主の無念さが、刃を通して伝わってくるようだった。  


 しかし、感傷に浸っている暇はない。




(さて、どうしたもの)




 使える剣はもうない。このままでは、刃なき剣客となってしまう。




(拳で、徒手空拳でやるしかないか? いや、それは……)


 そんなことをあっけらかんと思った、その時だった。




「これを使ってください!!!!」




 切羽詰まった、しかし力強い少女の声が届いた。  


 その腕の中には、鞘に収まっているものの、圧倒的な存在感を放つ巨大な大剣が抱えられていた。




 一目で、それが尋常ならざる代物だと私は理解した。


 なぜか、その剣から途方もない「気配」を感じたのだ。




 オオオオオオオオオオ!




 迫るオーク。  


 が、それよりも早く私は駆けた。  


 一瞬のうちに彼女の元まで達すると、その華奢な腕に抱かれた刃の柄を迷わず手にした。


 その瞬間、剣から放たれる圧倒的な力が、私の身体を駆け巡る。




「かたじけない!」




 美麗な少女の顔に向け、心からの感謝の言葉を手向けた。




「はあああああああああああああああああああ!!!!」




 私は雄叫びと共に即座の抜刀。  


 ゴウン! と空気を震わせ、私の身の丈ほどはあろうかという巨大な刃が、鞘から抜き放った。




 その巨大さから来る重量を確かに感じる。だが、手に馴染む。まるで腕の延長のように、滑らかに、そして正確に動く。  




 そして、私がその剣を解き放った瞬間――オークの振り下ろされた棍棒が、まるで抵抗を感じず、溶けるように斬れーーそのままその巨大な胴体を真っ二つに両断した。




 オークは悲鳴を上げようとした。だが、脳天から落とした私の二撃目が、それを許さなかった。




 ――断ッ!!!



 巨大な魔物は、ただの肉塊と化し、絶命する。




 それは、まさに完全なる勝利だった。

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