第2話


 ――――


 享保十年 葉月十八日

 星の異様に明るい夜のこと

 天の子の方角から数多の星が降り注ぐ

 その中でも一際大きなものが、彗星ほうきぼしとなって山へと落ちた

 その薄藍色の光で、辺りは昼間のような明るさであった

 だというのに、村の者たちは誰ひとり気が付かぬまま……


 ――――



 ソーゴが本の要点をまとめたというノートを見せてもらったトモヤの感想といえば、


 江戸時代にもファンタジー小説ってあったんだな……


 だった。しかし考えてみれば桃太郎も浦島太郎もかぐや姫もファンタジーなので、これが特別ということもないだろう。


「そういえば、こんど彗星が見れるかもってニュースで言ってたな」

「レモン彗星でしょ? あれは千三百年周期だから……」

「じゃココに書いてあるのは違うやつか。つーかさ、江戸時代なら彗星の記録くらいあるんじゃね?」

「あるね。享保十年に彗星なんて観測されてないけど」

「ないのかよ」


 どうせ書くなら、実際に彗星があった年にすればいいのに。

 ソーゴによると、彗星は違うが今はりゅう座流星群のピーク時期だそうだ。ココに記載があるとおり、北の空で。

 けれど、こんなに町の明かりが近い場所ではどうせ見れないだろう。もっと大きな山で、人里離れなければ。今の時代の夜は明るすぎて、流星群どころか普段そこにあるはずの星すらよく見えやしないのだから。


「んで? 彗星が落ちてきてどーなんの?」

「あ、トモヤくん気になってきた感じ?」

「チョーシ乗んなよ」

「あ痛」


 ぺしん、とトモヤはソーゴの頭をはたいた。ソーゴは笑って、ノートの続きをトモヤへと寄せる。


 

 ――――


 その彗星ほうきぼしは魔のものであった

 人語を操り、人の胸の内を読む

 弱き心につけ込み、その身を奪わんとする


 ――――



「あー、そういう設定でいくのね」

「ね、面白いよね」



 ――――


 彗星ほうきぼしを退けるには、天羽々斬剣アメノハバキリの剣をもってそれを斬り、照魔鏡で天に跳ね返す他無い

 天羽々斬剣は山中の神社に、照魔鏡は祠に封印されている


 ――――



「アメノハバキリってなんか伝説のやつじゃん。ゲームで聞いたことあるわ。え、こんなトコにあんの?」

「奈良の神社に祀られてるよ」

「もーーほんと何なの」


 ソーゴの一つずつ丁寧に否定していくスタイルに、トモヤはついに笑ってしまった。ソーゴもつられたのかケラケラ笑っている。街灯もない真っ暗な真夜中の山に、二人の笑い声だけが響く。


「設定が厨二すぎんだよ。伝説の剣を出せばいいってわけじゃねーだろ」

「まぁね〜。でも彗星ってハバキ星とも呼ばれるんだけどね」

「ハバキを斬るからハバキ斬りでハバキリってこと?」

「じゃない?」

「安直〜〜ッ」


 そこから二人は、この本の話をどういう展開にしたらもっと面白くなるかを話し合った。

 出だしがSFっぽいから彗星が実はUFOだったことにしようだとか、謎の侵略者と自衛隊を戦わせようだとか、日本の妖怪が味方になって勝利させようとか。

 馬鹿みたいな話を考えてゲラゲラ笑った。


 ソーゴとは今日、ついさっき初めて会話したばかりだというのに、まるで昔からの友人のように。


 トモヤはそれが、失恋からくるやけっぱちであることを分かっている。

 普段はこんなに自分から話す方でも、まして初対面も同然の人間とすぐ打ち解けられるようなコミュ力があるわけでもない。


 ただ、それでも。

 ソーゴと話すのは気が紛れたし、なにより楽しい。

 妙に力が抜けて、自然体で話せている気がする。


 それに思い当たって初めて、トモヤは今まで自分が背伸びし続けていたことに気がついた。


 好きになった人に近づこうと、髪を染めて服も派手にして。たいして興味のない音楽やドラマに、ノリきれない遊び。

 馬鹿だったんだなぁと思えて、笑っているのにまた泣きそうになる。

 ソーゴの前で涙を流すわけにはいかないと、慌てて上を向いた。相変わらず空に満天の、



 ―――― ヒュ、と息を呑んだ。



 こんな空、見たことがない。

 こんな、空一面の星なんてこの町で、こんな町明かりのすぐそばにある小さな山なんかじゃ絶対に見られるはずがない。

 人里離れた山奥か、はたまた海の上か。そのレベルじゃないと、こんな星空は絶対に。


「やっぱりさ、神社と祠は外せないと思うんだよね――」

「――、ゴ……ソーゴ」

「――実際そこにあるものはリアリティに」

「ソーゴっ!」

「わ、びっくりした。ごめん、何?」


 トモヤはソーゴの腕を引っ張った。どうしたの、と不思議そうな顔で見返してくるソーゴは、気づいていない。この異様な空に。


「空が、」

「空? わ、すごい綺麗だね」

「綺麗すぎるんだよ!!」


 トモヤの言葉に、ソーゴはきょとんとして目を瞬いた。少しの間。それから、バッと勢いよく空を見上げた。


「なにこれ……」

「なぁ、おかしいって。見たことねぇよこんな空」


 普段は星なんて数えられるほどしか見えないというのに、今は空一面びっしりと小さな光で埋まっている。

 こんな空を、トモヤもソーゴも知らない。写真でしか見たことがない。

 星の光が眩しいだなんて、そんなのは、知らない。


「そうだ、そうだよ……なんで俺たち本もノートも読めたんだよ。街頭もないし、スマホのライトだってつけてないのに」



 ―――― 空の異様に明るい夜のこと



 トモヤの頭に、先程読んだノートの言葉が浮かぶ。


「今SNS回ってる。誰もこの空についてポストしてない」

「じゃあ、ここだけ……?」


 

 ―――― 村の者は誰ひとり気づかぬまま



 ぞわり、肌が粟立つ。

 後ずさってみても、空からなんて距離が取れるはずもない。掴んだままだったソーゴの服をぎゅっと強く握る。お互い、無意識に身を寄せた。


「北の空、」


 ソーゴが呟く。

 

「そうだ、北……ってどっちだ!?」

「あっち!」


 素早く方角アプリを開いたソーゴが、空を指差す。

 その指の先で


「「あ」」


 

 星が一つ、流れた。





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