第二部:堕ち華 10

「この後は、その魔人がいかに恐ろしいことをしたのか。それが今後も続くという世界への宣戦布告が並んでいる。だが、まるで、言語統制下のように名前だけが黒く塗り潰されている。手作業でね」


 パラパラと、彼女はページを開いて見せた。

あらゆるページに、黒く塗り潰されたあと、大半はインクで。

 そして、残りは人の血で、焼かれたページもあると言う。

 本自体が残っているのが、奇跡に近い。


「この話は、今の堕ち華の例に似ていると思わない?」

「そうですね。すべてを憎んで死んだ彼が、その後災厄になるまでの話。それは全く一緒の話ですね」

「たぶん、灯心さんの話も全てが真実」

「……それじゃあ……」


 先ほどの話を思い出す。

 そして、さっき自分の身に怒ろうとした恐怖も。

 死への恐怖なんて、生まれないほうがおかしい。

 それこそ、自分の精神が死を望むほど、壊れていれば別なのかもしれないが。


「壊れていれば、いっそ生きれるんですかね?」

「だから、あの人は、生きてるのかも」

「あの人?」


 先ほどの話で、生きていた人物がいただろうか。

 いや、一人いる。

 赤木に壊されてしまった、南治郎の妹――西東白乃。

 急に、『ピンクパンサーのテーマ』がなり始める。

 詩子さんのケータイ電話のようだったが、着メロがそれって――。


「ああ、これはいろんな人のが音で分かるようにだから」


 そう言いながら、『もしもし』と出た。誰かと会話している。

 その間、ボクは放置される。

 しかし、この本は、何語なんだろう。


「――」

「――」


 電話は何度か彼女が発言しただけで、すぐに彼女は切ってしまった。


「誰だったんです?」

「ああ、ワタシが雇ってる情報屋さん」

「情報屋?」


 普通の人間からしてみれば、そんな世界があることすら知らなかった。

本当に情報屋なんて仕事が存在しているなんて。いや、未だに信じられないけれど。


「じゃあ、行きましょう、病院へ」

「病院……」

「白乃さんの入院場所が分かったわ」

「今から?」


 彼女はただ微笑んで、ボクはその答えの意味を悟る。

 もう運転したくないんだけど。そんな言葉は言えなかった。

 



 西東白乃。

 二十年前の事件から病院に入院し続けている女性。入院と言っても、むろん体の傷は治る所は治りきっている。もちろん、すでに傷付き修復不可能な臓器などは、除いて。


 問題は、心。

 一度壊れ切った心だけは、治ることはないのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る