第一部:椿ノ首④

 ある夏の日のことだった。

 灯心は、西東邸まで椿太を百物語へと誘いに来ていた。


「こんにちは」

 玄関を潜って、居間へとやって来たが椿太の顔はなく、母・登子とうこによれば蔵にいるとのことだった。登子は自分が呼んでくるとしきりに言ったが、それは忍びないと言って、自分から蔵へと向かう。

 どうして、あの母親はそうして頻りに止めたのか。

 その答えは分からないままだ。


「椿太!」


 灯心が蔵に向かって、外から呼びかけると、小さな声が聞こえた。

 入り口から覗きこむと、蔵の二階部分で何やら作業をしていた。

 手元で、懐中電灯が光っている。中で何かしらの書物を開いていたようだった。分厚い皮の表紙は、どう見ても貴重な本のようだ。


「ああ、すみません。今向かいます」

「何か、読んでるんだろ。別にやっていていいぞ」

「いえ、何かネタになればと思っただけですから」


 彼はノートを持っていた。

 普通の大学ノートだが、だいぶ表紙は汚れ、擦り切れている。

「そうか」と言って、

 また居間へと戻ろうとした。


 しかし、彼は、蔵の床にあった奇妙な点に目を止めた。そこだけ色が違っている。別の板が貼られているようだ。広さにすれば、一畳ほどのスペースだが、物置にさらにものを置くスペースというものでもないだろう。

 何かの重要なものの金庫のかもしれない。これだけの本があるのだ。

 灯心は、そう結論付けた。

 なにせ、そこには、掌に収まり切らぬほどの大きな南京錠がつけられていた。

 よほど重要な何かを守るというよりは、絶対に開けられないようにという強い石のように感じられる代物だった。


「……」


 灯心は何も言わず、家の中へと戻った。

 夕方近くになってから百物語会へと出かけた。


 灯心が少し不思議に思ったのは、その会合に椿太は何故かノートを持ってこなかったことだ。その日の夕暮は、特に赤く、血のような色をしていた。

 何かの悪い予感のような、夕日が空を染めた。

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