魔術師魔術修行中〜なんか不気味な俺が異世界で魔力無双する話〜

羊飼い

第1話 青年期の終わり、幼年期の始まり

"麻布あさぶくんって、なんか不気味でちょっと無理かも"なんて、いつか初恋の人に言われた言葉を、まだ忘れられずにいる。"写真となんか違うね"と、言っていたのはマッチングアプリで知り合った女だ。そのときの感覚を、今も覚えている。


短い人生だった。それにしては、忘れられない出来事が山積みだ。思い出したくもない思い出だった。


俺は病院で息を引き取った。


「オギャー!!」


そして、とある民家でひとりの赤子が産声をあげた。


そこは異世界だった。


「アキ〜!ランチよ〜!」


それからしばらくの時が流れた。

庭で昼寝していると母の声が聞こえてきた。アキというのは俺の名前だ。


家へ入るとリビングには今日のランチが並べられていた。野菜だくさんのシチュー、湯気をたてているチキン、そしてふわふわの白パン。あとはサラダにゆで卵。ずいぶんなご馳走だ。うちは商家だから、よそよりも裕福な生活ができていると思う。ただ、それにしても今日は一段と豪華な食卓だ。


「今日、なんか豪華だね」


母は食事の手をとめ、こちらを向いた。


「ええ、今日は祈祷祭ですからね。朝にも言ってあったでしょう」


そういえばそんなことを言っていた気がする。


それから食事を終えるとすぐに街へ出かけた。とは言っても、ほんの少し歩く程度だ。


祭りの空気が街をつつみ、あちこちから熱気が伝わってくる。年に一度の祈祷祭、だれもかれも気合いが入っている。通りには出店が立ち並び、教会は美しく飾られている。


大通りに目をやると、騎士の一行が馬にまたがりあたりを警備しているようだった。


「今日は祈祷祭と、新しい王様のお披露目も兼ねているからそろそろパレードが始まるはずよ。ほら、あそこの教会からいらっしゃるの」


母はそう言って教会のほうを指さした。


見ると、大きな扉の前に大勢の騎士が整列し、騎士楽団たちもやってきている。


「ゴーン、ゴーン」


教会の鐘が鳴った。


同時に、ゆっくりと教会の扉が開かれはじめ、騎士楽団たちはラッパや太鼓を演奏を開始した。


すると、教会から大勢の騎士を連れ、仕立てのいい礼装ドレスを身につけた男が馬車に乗って現れた。

男は深い彫りの奥にぎろりと鋭い眼差しを持ち、カイゼル髭を蓄えた紳士風の中年...この国の新たな王、シドだ。


「パン」と鈍い音が響いた。


音のほうを見ると人混みの中から黒煙が上がっている。


銃だ。前世の記憶から、咄嗟にそう判断した。


「伏せろ!」


俺が思わずそう叫んだ数秒後、「ドカン」と大きな音がしてあたりの騎士や、雑踏や、屋台が吹き飛んだ。そうだ、銃があるなら爆弾もある。


人々は逃げ惑い、騎士はうろたえ、王は警護の者に囲まれている。どうやら"魔術"で身を守ったらしい。通りではところどころから「あれはなんだ」「なんの音だ」と声が起こり、うめき声があがる。


もう一度、黒煙のほうへ目をやると今度はある一人を除いて人々は逃げ払ってしまったしまったようで、そこに居た銃を持った男を見ることができた。


その男はどこか不気味な空気を漂わせ、すぐに騎士に囲まれた。が、男はいつの間にか姿を消してしまった。


「反政府主義者ね。この辺は危険だから早く帰りましょう」


俺は母に手を引かれ帰路についた。


*********************


俺が初めて魔術を目撃したのは多分2歳くらいの頃だ。商家だからかうちの家は豪邸といって差し支えないほど広々としているが、この世界では他より少し広いくらいの規模感だ。その理由のひとつに"魔術"がある。魔術さえあれば土地の開墾もすぐに終わるし、移動する際は馬に魔術をかければひとっ飛びだ。そんなわけで、この世界の土地や家屋はデカい。それに、家事や掃除も魔術で済ませられるから広い家に住んでいても執事やメイドを召抱えている人は少ない。


「″癒えよ″」


母が俺の膝にできた擦り傷に向かって呟くと、瞬く間に血が固まり、かさぶたができたかと思えばペリっと剥がれ、剥き出しになった肌には傷ひとつついていなかった。


*********************


家につくと、扉の前で2人の警吏が待ち構えていた。


警吏は俺をひと目みると、「うわ」と声をあげた。おそらく、この後に続く言葉は「不気味」なのだろう。


「えっと...なんの用でしょう」


母の問いに警吏はくぐもった低い声で答える。


「ええ、ええ、用というのはまさに先程の新王陛下を狙ったテロのことでしてね。実は犯行に使われた銃器があなたがたの商会で製造されたものでして、少し確認をさせていただこうかと」


警吏のひとりが「おい」と言って気弱そうな女の警吏へ目配せすると、女は鞄から笛を取り出した。


「これは魔力の測定に使うものでしてね。詳しい説明は省きますが、この笛に魔力を込めて息を吹きかけると魔力か霧状になって出てくるんですよ。それを回収して、事件現場」に残っていた痕跡と照合しようかと」


警吏はそう言うと俺たちに笛をふたつ手渡した。


「ええ、わかりました。わたしたちの無実を証明しましょう」


母が「ピーッ」と笛を吹くと笛の先からむわっと煙が出てきた。


すかさず、警吏は綿を近づけ煙を回収した。


「次」


警吏の声を聞くと同時に俺は笛に息をふきかけた。


「ピピーーッッッ!!!」


けたたましい轟音とともに、辺りは濃い霧に包まれた。


「この魔力量...大きすぎてよく見えません!!」


「ああ、まあ魔力回収のほうは十分過ぎるくらいでしょう。ただ、これはちょっと別件かな」


「ガチャ」


気づけば、俺は気弱なほうの警吏に手錠をかけられていた。


後で知った話だが、俺が生まれる少し前に大預言者リョウによって"魔王の子誕生"の預言が出されていたらしい。これがいけなかった。あの警吏の目には俺の異常なほどの魔力はまるで魔王の子のように映ったのだろう。


俺は拘置所に連行された。


強面の警吏が言う。


「さっさと話せ。てめぇが預言にあった魔王の子なんだろ?お前は居ちゃいけない存在なんだよ」


優しそうな顔の警吏が言う。


「まぁまぁ、先輩。そう決めつけるものじゃありませんよ。この子はまだなにもしちゃいません」


「あぁん?じゃあこいつが大勢殺すまで大人しくしてろって?なあ、おい、坊主。お前には罪悪感ってものがないのか?なぁ?」


「きみ、もし魔王の子なら、早く言ってください。今ならまだ、僕が守ってあげますよ」


強面と優男は交互に口を開いた。


「誓って、俺は人の子です」


強面の警吏が叫ぶ。


「嘘ついてんじゃねぇぞ!!てめぇの自白さえありゃあすぐにも処刑してやるよ!!」


「まさか。俺はただの商家のひとり息子″アキ″です」


俺の言葉を聞いた途端、警吏ふたりの瞳孔がキュッと締まった。額には汗を浮かべ表情には動揺が浮かんでいた。まるで、"不気味"とでも言いたげだ。


しかし、なぜ今になって急にそう感じ始めたのか。今までの会話と何が違ったんだ?

警吏は明らかに俺の言葉に反応している。

"誓って"..."俺"..."人"..."商家"........"アキ"。


もしかして名前アキか?


「″アキ″」


警吏の顔が引きつった。間違いない。名前だ。

でも、なぜ俺は魔力量が多いのだろうか。

思えば、前世でも人から不気味がられることは少なくなかった。....ということは、この魔力のルーツは前世にあるということじゃないか?


「″″麻布公仁アサブキミヒト″″」


前世の俺の名前だ。


「あっあ、ああ、あああ、、、」


その言葉を聞くと、警吏は頭を抱えて恐怖に顔を歪め、その場にうずくまってしまった。俺はその隙に鍵をくすねてその場から逃げ出すことにした。


とりあえず帰ろう。


それからずっと歩いて、ようやく家に着いた。家の扉に手をかけたとき、ふとこのまま帰ってはいけないのではないかと思った。警察に目をつけられたんだ、太陽の下ではもう生活できないかも知れない。このままじゃ、父さんと母さんに迷惑をかけるだけだ。

なら、旅にでも出かけようじゃないか。俺ならやれるはずだ。冒険者になって日銭を稼いでくらすのも悪くない。きっと、ほとぼりが冷めるまで。


俺は、置き手紙を残して家をあとにした。パンと少しの路銀、それと15歳の誕生日に母さんからもらったペンダントを持って。


"父さん、母さん、俺は旅に出ることにしました。ふたりに迷惑はかけられません。ほとぼりが冷めた頃にいつか戻ってきます。それまで待っていてください"

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