38 月桂樹を君に
エリック視点
やってしまった。
なぜあんなことを口走ったのか、自分でもわからない。
ついカッとなっただとか、以前からの考えがまろび出たのならまだ理解はできる。だが、けしてそんなことはないのだ。いや、酷く心がざわついて思ってもいないことを言い放ってしまったのだから、カッとなったと言っていいのか。
とにかく、そう。どうしてあんなことを言ってしまったんだ、私は。
確かにマリーに「クルミが苦手」だと言われて、動揺していた自覚はある。「クルミの方が仲がいいんじゃないか」と言われて、何故そんなことを言うんだと思ってしまった。それがどうして、ああなった。もっと言い方があっただろう。
何が「君だって」だ。相手は使用人じゃないか。それも、家族のように過ごしていた相手。そんな人間を引き合いに出して何を言っているのか。我が事ながら意味がわからない。
ざわざわと心の中が粟立って、言うなと警告していたのに、止められなかった。
けして本心ではないんだ。あの使用人、スタンリーの方が好きなんじゃないか、なんて思っていない。はず。
ただ、私よりも彼の方がマリーに近しい男の気がして。ふとした拍子にマリーが彼を見ているのが気になって。こちらを見てほしくて。
マリーはいつも落ち着いていた穏やかな女性だ。少し箱入りなところがあるため、無邪気というか、無防備なところもある。穏やかさの中に見え隠れする幼さが愛らしかった。無防備さすら、私が守ればいいと思っていた。
ただその無防備さを、自分以外の相手に向けられるとここまで心を掻き立てられるとは思ってもみなかった。
確かにマリーの言う通り、クルミとはそれなりに親しいつもりだ。だがあくまで友人としての範疇であって、それ以上の関係であるはずがない。
全くの誤解だ。私が、……マリーとスタンリーの間を取り違えたように。
なんとなくわかっていたが、ここまで私の気持ちがマリーに伝わっていなかったとは。
マリーはシャイで、奥手な女性だ。だから怖がらせないようにと思っていたし、例え恋愛的な関係に無くても、婚約者同士である自分たちはいずれ結婚する。恋愛的に意識してもらうのはそれからでもよかったはずだった。
だから、過度な接触をすれば怖がられると思っていたし、可能な限り控えていた。多少漏れ出ていたところはあるし、抑えきれていなかったが。
それでも、拒まれてはいなかった。だから、大丈夫だと。いずれ、私の気持ちも正しく伝わるのだと思っていた。
それがどうしてこうなった。
マリーにとってスタンリーという使用人は、屋敷の一員で家族のような存在だったんだろう。彼女は誠実な人だ。彼を見ていたのだって、使用人の働きぶりに感心していただけで、特に意味はなかったのかもしれない。
私にとってクルミも、信頼できる人ではあるが友人である尊敬する仲間以上の感情はない。何ならいつも、マリーとの関係を相談に乗ってもらっていたくらいだ。
けしてマリーが誤解するような間柄ではないのだが、そう、見えなかったのだろうか。マリーが言った「近い」という言葉がすべてなんだろうな。
クルミは底抜けに明るい人だ。何事にも一生懸命で、はつらつとした女性。タイプが違うが、二人とも誠実で、きっと仲良くなれると思ったのだが。どうやら私の思い込みだったらしい。
耐えられない、か。そこまで言わせてしまうほど、私はマリーを追い詰めていたのか。
謝る機会はあった。誤解を解くタイミングだって。帰ると言ったマリーの腕を掴んで、弁明すれば何か変わったか? 完成した式典時に着用する予定のネックレスを届けに行った時に、わき目も振らず言葉を尽くせば?
できなかったことを今更考えたって仕方がないか。ネックレスを届ける名目で会いに行ったが気まずいまま、結局切り出せずに帰ってしまった。
ダイヤモンドのネックレスを見つめるマリーは憂いを帯びた表情で、綺麗で。あんな顔もするのかと、胸を締め付けられる。
随分な変わり様だな。ネックレスのデザインを考えた時は、後は折を見て結婚するだけだと思っていたのに。
月桂樹を模したデザインは、デザイナーにモチーフの説明を聞いて即決したものだった。結婚指輪のデザインにも多用されると聞いて、なら宝石はダイヤモンドしかないと思った。少しでも、自分の気持ちをかたどったものをマリーに身に着けてほしかった。
ずっとマリーのことが好きだった。始まりこそ、親の決めた婚約だったが、幼い頃から少しずつ好きになっていった。愛していた。違う。今も愛している。
穏やかに微笑みながら私の話を聞く姿も、時折見せる無邪気さも。好きなものを一生懸命に話す姿も、話過ぎたと照れて申し訳なさそうにこちらを伺う表情も。真っ赤になって、戸惑いながらも私を見つめるその瞳も。
全部、全部愛おしくて。ずっと腕の中にいてほしくて。けして、傷つけたいわけではなかった。
謝らなくては。
もう一度、マリーに会いに行こう。
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