22 君と共にいたいから
エリック視点
教会は誰にだって開かれている。
教義的には、神を信じる限り誰にでも救いの手は差し伸べられると言う意味なのだろうが、教会の掲げる教義に詳しいわけではないので、今のところ言葉通りの意味で、クルミとの会うためによく立ち寄らせてもらっている。
一応訪れるたびに主神に祈りを捧げてはいるが、あまり熱心でないことがそろそろシスターたちにばれそうだ。
私が教会に訪れる理由であるクルミは、旅が終わってからは教会に身を寄せている。教会の書庫で元の世界に帰る方法を探しながらも、自身を鍛えるためにトレーニングを励むという何とも羨ましい暮らしぶりだ。
なんでも力仕事も得意なためか、シスターたちに可愛がられ、教会で面倒を見ている孤児たちからも懐かれているらしい。
私も教会に訪れるたびに、子供たちによじ登られたりと遊具にされているが、クルミの言うことはよく聞いているので子供たちなりに尊敬もしているのだろう。
段々浅くなる息と、程よい疲労感を覚えながらも地面を軽く蹴る。
今はクルミと談笑しながらトレーニングをしている。新しく教えて貰ったバーピージャンプというトレーニングは効率的に全身の筋肉を鍛えられるらしく、まだ初めて間もないと言うのに太もも辺りに負荷を感じる。
テンポよく腕立て伏せをしたのちに態勢を整えて大きくジャンプする。そしてまた腕立て伏せの体制へ。何度目かのジャンプの後にクルミが声を上げた。
「はい、終わりー」
「もう? まだ五十回ほどしかやっていないが?」
「これは運動強度が高いトレーニングだからね。やりすぎると疲労が溜まる一方で筋肉にはならないよ」
目安は週二、三回の三十から五十回まで。きっぱりと言い切ったクルミに、素直に従う。いくら慣れてきたとはいえ、トレーニングコヨミ歴はクルミの方がずっと上だ。
一度休憩とばかりに、端に除けていた水筒を手に取り水を飲む。少し開けた教会の裏手は、洗濯されたシーツが等間隔に干されている。普段構われるためにまとわりついてくる、子供たちのはしゃぐ声が少し遠くに聞こえた。
「それで? 最近マリーさんとはどうなの?」
「聞いてくれ。最近観劇にハマったらしく、楽しそうに色々と教えてくれるんだ。普段おっとりした子だから、はしゃいでいる姿がとてもかわいくてね。夢中で話している様子はもちろんだが、不意に我に返って一方的に話過ぎたと恥ずかしがるのもたまらなくて」
「つまり要約すると?」
「マリーが可愛くて毎日楽しい!」
「それで今まで全く手を出してこなかったんだから、ものすごい理性よね」
当たり前だろう? マリーはシャイなんだ。今でこそ、戸惑いながらも受け入れてくれているが、下手なことをして怖がらせたらしばらく立ち直れない自信がある。
旅をしていた時から、クルミはよくマリーの話を聞いてくれた。本人曰く、クルミは「他人の恋愛でご飯が美味しいタイプ」らしい。よくわからないが、私自身マリーの話を聞いてくれるのは有り難いので、そういう人もいるのだろうと受け入れている。
それにしてもこの間のデートの時のマリーは可愛かった。
夢中で話す姿は可愛らしいし、観劇趣味というのも楽しそうで何よりだ。
確か、スタンリーという使用人に薦められたと言っていたな。昔からマリーは優しい子だと思っていたが、あの様子だと屋敷の使用人たちにもよく話しかけ、愛されているのだろう。
……今。一瞬だけ、何か引っかかった気がする。
「まぁ偉いと思うよ? 相手のペースに合わせてあげられるのは」
「ん? そうかな?」
クルミに話しかけられてそちらに意識が向く。
多分、気のせいだろう。
劇場では他国の貴族と勉強したてだと言う言語で話していた。
恐らくマリーは気が付いていないが、あの貴族は最近上がり目の家の出身で今後、我が国にも影響を与えるだろうと言われている。
私自身が今後その分野であの貴族に関わることは少ないだろうが、少しでもこの国に良い印象を持ってもらえたらと思う。
だが、本音を言うのなら。マリーには、そういう国や政治の関係ないところで穏やかに暮らしてほしい。
彼女の笑顔を守りたくて鍛え始めたのだから。何もかもから守りたい、ずっと笑っていいてほしい。うん。そのためにも、もっと心身ともに強くならないと、だな。
「また観劇に誘おうとは思っているよ」
「そんな君にちょうどいいものがあります」
ごそごそとクルミが荷物を漁って紙切れを二つ私に差し出した。
受け取ると何かのチケットのようだ。
「これは?」
「舞台のチケット。市民街の区画にある劇場だし、マリーさんが嫌ではなければだけど」
「ありがとう! マリーもきっと喜ぶ!」
マリーは階級の違いで差別をするような女性ではない。
そんな些細なことを気にする人ではないし、そういう大らかさが好きで、その無防備さを守りたいと思った。
チケットを貰ったものの、自分は「観劇をじっと見ているよりも、体を動かしていたいタイプだから」と笑うクルミに、どうやってマリーを誘おうかと考えながら、もう一度感謝を述べた。
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こっちもこっちでちゃんと浮かれている
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