14 一寸先は


 今日はエリックと式典の打ち合わせがあった。

 正式に発表された式典の日時や流れの確認。そして式典の時に着ていくドレスの下準備が終わって、やっと一息つける。

 もう何度も行ってきたし、慣れているつもりでも、ドレスのデザインを揃えるための打ち合わせって妙に緊張するのよね。そんなに増減はしたことがないつもりだけど、デザインと採寸が終わった後で体型が大幅に変化するなんて事態にならないように、気を遣わなきゃならないし。

 色はすぐに決まったけど、結局デザインはほとんどお任せにしてしまった。まぁ、上手くやってくれるでしょう。


 デザイナーや針子たちを見送って、サロンでエリックと二人、紅茶を楽しむ。

 まだもう少し忙しくしている合間に時間を作って会いに来てくれているのだし、一時でも心穏やかに過ごしてほしいとは思っている。思っては、いるのだけどね。


 今から、穏やかじゃない私の中の気持ちを、如何にしてマイルドにして伝えるかの特殊ミッションが始まる。

 式典の参加者にはお国の中枢に陣取っている貴族たちを始め、今回の主役であるエリックたち魔王を倒した一行が招待されている。

 つまり、もちろんクルミさんもいるということ。エリックを介さない限り、そう再会はないだろうけど、式典で会うまでには私の中にあるもやもやを何とかしておきたいところ。


 世間話をしつつ、オリビエ兄様に言われたことを反芻する。不安な気持ちを伝えるべき。ではどう伝えるか、どうすればこの不安やもやもやは消えるのか。そう考えた結果、わからないことが多いから、もやもやするのだと思い至った。

 実際エリックの新しい趣味について、私はよくわかっていなかった。わからなくてもトレーニングの話を聞きたいと言ったのは私だけど、それでも楽しそうにエリックが話してくれたのは、自分の楽しいと思い出を私と共有したかったから。

 それがわかった途端、世界が開けたみたいにすっきりした。それと同じで、多分。クルミさんのことを知れば、大丈夫になる。はず。


「式典にはクルミさんも参加されるのですよね。その、クルミさんについて教えて下さらない?」

「クルミについて? もちろん構わないよ」


 どういう人柄で、どういう関係なのか。それがわかれば怖くないって思ったのだけど。そうそうに自信がなくなってきたわ。

 この間も少し話したが、と前置きして、エリックが嬉々とした表情でクルミさんのことを教えてくれる。尊敬するよき友でありよきトレーニングの師匠。頻度は減ったが王都に帰った後も、時々共に筋トレをしているし、旅の途中は共に筋トレに明け暮れた。

 あの。知りたいとは言ったけど、最近重点的に鍛えている筋肉や、お気に入りのトレーニングメニューまでは教えてもらってもわからないわ。

 信頼している友人の話ができるからか、ウキウキしているエリックとは裏腹に、だんだん気分が落ちてくる。二人の間には、私とは違う確かな絆があるのね。


「クルミは誰よりも努力家でね、朝は誰よりも早く起きて走り込みをしてた後で、皆の朝食を準備してくれていたんだ。あぁ、そうそう。彼女の作るトンジルというスープがまた美味しくてね」


 知れば知るほど、何でもできて誠実で強くて一生懸命な人なのだなと思った。

 多分、エリックの口から語られなければ、素直に尊敬していたと思う。


 ではなぜ、そうできないのか。

 考えてみても、エリックがクルミさんを褒めるからという理由以外思いつかない。

 だって、そうじゃない。私は、エリックの婚約者で。そのエリックの口から、私のよく知らない素敵な女性を褒める言葉がいっぱい出て来て。そんなの、落ち着いていられるわけないじゃない!


 だって、だって私は! 私は、……。そう、私は。エリックが、好き、なんだと思う。

 友達や、幼馴染としてではなくて。ちゃんと、婚約者として。すき。


 やっと、やっとちゃんと理解できたのにこんなの酷くない? 確かに自分で質問したのだけど、もうちょっと手心を加えてほしかった。

 エリックの口から語られるクルミさんはなんでもできて、優しくて、誰からも愛される聖女と呼ばれるにふさわしい人なんだもの。

 もし、もしよ? そんなに人に、嫉妬しています、なんて、口にする方が惨めじゃない。


「昨日、クルミが世話になっている教会に行ったんだが、彼女もマリーに会いたがっていたよ」


 不安があるならきちんと相手に伝えるべき。そのはずなんだけどな。

 楽しそうに話すエリックを見ていると、なんだか上手く言葉が出そうにない。それどころか、別の何かが込みあがってきそうになって、必死に奥へ奥へと押し込める。


 傷つけたいわけじゃない。嫌な気持ちになってほしくない。叶うなら、穏やかな気持ちで過ごしてほしい。

 そう思っているはずなのに、今口を開いたら違う言葉を吐いてしまいそうで、にっこりと作り慣れた笑顔を張り付けて頷いておく。

 お父様とお母様も、兄様だって正しいことを言っていたはずなのに。こんな私、知られたくない。こんな気持ち、どうして伝えられるっていうのよ。


 あぁ、やだやだ。

 好きって気持ちが、こんなに苦しいなんて知らなかった。



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気付いちゃったお嬢様

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