13 少しずつでもいいかしら


 エリックに向き合うって決めたけど、どうやって?

 向き合うって、その身一つでできることなの? 人との向き合い方も、努力の仕方も、何もわからない。

 今の今まで、屋敷の中でのんびり暮らしてきたのが仇になっている気がする。いえ、別にそうできる環境を整えてくれたお父様とお母様、それに屋敷の者たちを恨んでいるわけではないわよ。


 スタンリーを捕まえて話を聞いてもらおうかとも思ったのだけど、なんだか忙しくしているみたいだし、今はやめておいた方がいいわよね?

 頭を悩ましながら屋敷内をふらふら歩いていたら、何を見かねたのか、メイドがにこりと笑って言った。


「今日はオリビエ様がお休みのようですよ」


 オリビエ兄様が。

 オリビエ兄様は我が家の長男で、普段は家を継ぐために馬車で三時間ほどのところにある領地で叔父様に色々と学んでいる。

 屋敷に帰って来ていてもお父様とお仕事の話だとか、どこかに出かけたりとお忙しい方だけど、お休みなら少しぐらいお時間をいただいてもいいかしら?


 いそいそと簡単に身だしなみを整えてオリビエ兄様の部屋を訪ねる。もし、何かされているのなら大人しく出直そう。

 兄様の部屋の扉を軽くノックして、返事を待つ。


「オリビエ兄様、今忙しい?」

「いや。大丈夫だよ、マリー。入っておいで」


 許可をもらったのでこれ幸いとお部屋にお邪魔する。いつ見ても落ち着いた雰囲気のお部屋ね。ソファーで本を読んでいたらしいオリビエ兄様の隣を陣取る。

 兄様の手元にある本を覗き込んでみても、なんだか難しい文章が並んでいるだけだった。

 多分、経理関係の本だと思う。家の運営には必要なのだろうけど、経理ってよくわからないのよね。そもそも計算が苦手。


「ねぇ兄様、変なこと聞いてもいい?」


 オリビエ兄様が本を閉じたのをいいことに、体勢を変えて兄様の肩にもたれかかる。


「オリビエ兄様は、どうやってエレノアお姉様と仲良くしているの?」

「うん? 珍しいな、マリーがそんなこと聞くなんて。苦手だろう? そういうの」

「それは、そうなんだけど。でも、いつまでも苦手と言っていられないじゃない?」


 私ももう十七歳なのだし。エリックも魔王を倒す旅から無事に帰って来た。つまり、いつ結婚になってもおかしくない時期なのよ。

 そういう意味では、私がそういう色恋ごとに苦手意識を持っているのも知っていて、且つ、自分の婚約者とも上手くいっていそうなオリビエ兄様の話も聞きたいなって。

 お父様とお母様の話も参考にはなったけど、まだ上手く自分の気持ちを整理できていないのよ。


「それ自体は構わないが……、エリックと何かあったのか?」


 直接、何かがあったわけではない。何なら、エリックは何も悪くないとさえ思う。

 ただ私が、クルミさんと楽しげに話していたエリックの様子が、どうしても頭から離れないだけ。


「その、エリックのご友人とお話しする機会があったのだけど、それからなんだか落ち着かなくなってしまって」

「それは女性のご友人かな?」

「ええ。一緒に旅をした仲間で、とっても素敵な女性なのよ? だから、その、少し気後れしてしまって」


 クルミさんは、きっと旅の間ずっと傍でエリックを支えてくれていたのだと思う。そんなエリックの大切な人に対して苦手意識を持つなんて、どうかしているわ。

 お父様は、ただ結婚したとしても本当の意味で家族になれないと言った。大事なのはお互いをよく知り、受け入れることだと。なら、彼の大切な人ごと、受け止められるくらいにならなくちゃ。

 お父様とお母様のような、とまではいかなくとも、仲の良い家庭を築いていきたい気持ちはある。素敵な夫婦、というのは、ちょっとまだ気恥ずかしいから考えられない。でも、ずっと友達のままというわけにもいかないみたい。


「エリックが相手だし心配はないだろうが、不安があるならきちんと相手に伝えるべきだよ」


 きちんと、伝える。クルミさんに苦手意識を持っていることを? 

 私が勝手に自分とクルミさんを比較して自信を無くしているだけなのに。


「でもそれって、嫌な雰囲気になっちゃったりしない?」

「そういうこともあるかもしれないね。でも、どれほど一緒にいても見え方や感じ方が違うのだから、自分の気持ちはきちんと言葉にしないと伝わらないものだよ」


 エリックは真面目で良い奴だが、少し思い込みも強いから。なんて続けるオリビエ兄様に一旦は言葉を呑み込む。そういうもの、なのかなぁ。

 まぁ、うん。私は甘やかされて育ってきたわけだし、普段関わる屋敷の皆も私をよく知っている人ばかりだから、あまり意識したことなかったわ。なんというか、言わなくともわかってもらえるってありがたいことだったのね。


「オリビエ兄様も、エレノアお姉さまとそういう話をするの?」

「あー……、いや。私はむしろ、エレノアに怒られている側かなぁ」


 言われる側かぁ。困ったように笑うオリビエ兄様につられて私もくすくすと肩を揺らす。

 優しくてしっかり者の兄様にもそういうところがあるのね。




****

エリックからマリーへの→は大抵の人にばれています。

尚、当人であるマリーにのみ上手く伝わっていない模様


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