09 誰だってよく見られたい

「ただいま! 我が妹よ!」

「はい、おかえりなさい。ロジェ兄様」


 兄が帰って来た。

 玄関ホールで迎え入れたロジェ兄様に抱え上げられて、くるくると回られる。あの、私もうそれで喜ぶ子供ではないのよ?

 いつも思うけど、ロジェ兄様は私を五つ六つの子供だと思われています? もう十七よ?


「息災だったか? 土産にケーキも買ってあるからな、共に食べよう」

「ありがとうございます、嬉しいですわ」


 ロジェ兄様は二番目の兄で普段は騎士として寄宿舎で暮らしている。まぁ、うん。いい人ではあるけど、声が大きくて勢いのある人ね。

 そういえばロジェ兄様は寄宿舎で暮らすようになって、ますますお声が大きくなっていった気がする。


 ロジェ兄様に促されそのままサンルームへと移動する。ケーキはメイドが紅茶と共に運んできてくれるだろう。

 サンルームへ向かう道すがら、最近の騎士団での出来事を聞けば、魔王が倒された後の騎士団の仕事を教えてくれた。騎士団でもエリックたちの活躍は広がっていて、彼らと連携してまだ残っている魔物の駆除や、魔物の被害を受けていた地域への復興支援を行っているらしい。

 ロジェ兄様は普段王都の周辺警備や、時々遠征もされているらしい。あと、特に警備の持ち回りが無い時は訓練なども。


 訓練、って、要はトレーニングよね?

 スタンリーに「せいぜい頭を悩ませてやれ」と言われた後、色々考えたのだけど、やっぱりあれは「もう少しトレーニングについて知識を深めてエリックの話に寄り添ってやれ」という意味だと思うの!

 一緒に運動はできないけれど、お話なら聞けるし、学ぶだけなら別に苦でもないから、そういう方向でなら私でも寄り添えるわ!

 それに幸いロジェ兄様は騎士で、鍛えることに関してはある意味本職みたいのなものだし? ロジェ兄様なら私にもわかるように教えてくれるはず!


「ロジェ兄様。私、兄様に教えていただきたいことがありますの」


 メイドがロジェ兄様の買ってきてくれた美味しそうなフルーツタルトと紅茶をテーブルの上に並べてくれているのを横目に、真っ直ぐに向き直る。

 私が真剣だと理解したのか、ロジェ兄様も居住まいを正して私を見つめた。


「私に、ロジェ兄様が普段騎士団で行っているトレーニングについて教えてください」


 ぱちりとロジェ兄様が瞬きをした。

 後方では退室しようとしていたメイドが、カチャリとケーキを運んできたサービスワゴンを揺らした音がした。何かに躓いたのかしら? 危ないわね、足を捻っていないといいけど。


「あー。待て、マリー。お前は運動が苦手だったと記憶しているんだが」

「ええ、でも知識として覚えることは出来ますわ」


 一瞬他所に行きかけた意識を元に戻し答えれば、ロジェ兄様は額に手を当てて天を仰いでいる。何故?

 数拍置いて深く息を吐いた後、兄様が振り絞るように言葉を発した。


「一応、理由を聞いておこう」

「最近エリックがよくトレーニングの話をしていまして、私もエリックのお話を理解したいと思いましたの」

「なるほど?」


 何か、おかしなことを言ったかしら?

 兄様が変な表情をした後、顎に手を当てて何かを思案する。

 確かに私は乗馬だってできないし、ダンスだって数曲で息切れしそうになる。でも知識だけなら勉強すれば何とかなると思うのよ! 昔から暗記だけは得意でしたし。


「スタンリーに、エリックとの関係で悩んでいるようだから相談にのってほしいと聞いていたんだが……、要はエリックともっと仲良くなりたいんだな?」

「そ……う、いうことになりますの? 私はただ婚約者としてもう少し、エリックの趣味に寄り添えたらと思っただけで」


 しどろもどろになりながら答えれば、今度は兄様がにこにこしながらティーカップに手を伸ばした。目の前のテーブルにはつやつやしたマスカットの乗ったタルトと柔らかな香りのする紅茶が並んでいる。

 いつもなら私も喜んで手を伸ばすようなセットなのに、何とも言えない居心地の悪さに膝の上できゅっとスカートを握る。

 紅茶を一気に飲み干して、この、上手く言葉にできない何かを飲み干してしまいたかったけど、さすがにロジェ兄様の前でそんなはしたない行動はできないし。


「俺たちが甘やかしたのもあるが、お前は割と狭い世界で生きているからなぁ。うん、知見を広げるのは良いことだと思うぞ?」

「では」

「うん、ただマリーはトレーニングについて学ぶより、もっとエリックを知ってやるべきだな」

「エリックを、ですか?」


 それは一体どういう?

 確かにこの一年間離れた結果、エリックは新しい趣味を作ったりして私の知らない一面が現れた。だから新しい趣味であるトレーニングについて知ろうと思ったんだけど。

 未だ理解が至らない私を他所にロジェ兄様から見たエリックの話や、仕事で関わる上で聞いたエリックと仲間たちの話を始める。


「まず、元々いい奴だとは思っていたが、この一年間しっかり鍛え成果も上げ帰ってきたな」

「あの、」

「騎士勤めをしている身からすれば、何事も成し遂げられる人間は評価が高い」


 えっと。どうして私は、兄に私の婚約者をプレゼンされているのかしら?

 本当に意味がわからない。どうしてこうなっているの? なんだか最近よくわからないことが多すぎるのだけど!




****

兄、襲来。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る