おーいお茶、からっ、おいっ水事件

さわみずのあん

お茶を入れる

「おーいお茶」

「おーいお茶」

「おーいお茶」

「おーいお茶」

「はーい」

「はーいお茶」

「はーいお茶」

「はーいお茶」

「はーいお茶」

「ずず、かっ、辛、おっおい、水!」




 ふむふむ、ふむふむ、ふむふむ。

「探偵さん、その耳障りな足音はどうにかならんのかね」

「社長さん、もうしばらく辛抱してください。これはですね、探偵ブーツといって、こう踏むことによって、足ツボを刺激するんです。そこに合わさり、この耳障りな音が、私の脳を刺激して、そうすると、ふむふむ、なるほど、ぴかっ」

「解けましたか」と事務員。

「ええ、ぴかっと解明、流れ星のように」

「本当か!」と部長。

「この不可解な密室トリックが」と課長。

「信じられない」と平社員。

「信じる者は救われますよ、平社員さん、ただし、足元にはご注意を」

 そう言って探偵は、ブーツでステップを踏んだ。ふむふむ。

「解けたのなら、その足音はもうやめてくれ、頭がおかしくなりそうだ」

「申し訳ございません社長。それでは、ぴかっと解説、流れ星のように。所要時間は五分です」

「流れ星にしては、長いっすね」と平社員。

「ふむ。では、まず、この部屋をご覧ください。この部屋に入る扉は一つ。扉を開けると、目の前、四メートルほどで壁。左手。ブラインド代わりにかかった暖簾の向こう側に、給湯室。右手。扉のある方の壁にぴたっと前をつけた形で、扉から、事務員、平社員、課長、部長、社長の机が並んでいます」

「役職は違う。けれど、縦でなく、横一列に並んで仕事をする。そういった心構えが大事だと、私は思っている」と社長。

「社長の席は、扉から、上手の上座ですけどね」と平社員。

「ばか、余計なこと言うな」と課長。

「すみません、続けてください」と部長。

「ことの発端は、社長が、『おーいお茶』と言ったことからですね」

「ああ」と社長。

「社長は、『おーいお茶』と隣の席の部長に頼んだ。社長に頼まれた部長は、『おーいお茶』と課長に頼んだ。部長に頼まれた課長は、『おーいお茶』と平社員に頼んだ。課長に頼まれた平社員は、『おーいお茶』と事務員に頼んだ。平社員に頼まれた事務員は、『はーい』と言った」

「はい」と事務員。

「あなたは、席を立って、暖簾をくぐり、給湯室でお茶を入れた。五つの湯呑みをのせたお盆を持って給湯室を出て、自分の机に一つお茶を置き、四つの湯呑みをのせたお盆を、『はーいお茶』と平社員に渡した。受け取った平社員は、お盆から湯呑みを一つ取り、残った湯呑みをのせたお盆を『はーいお茶』と課長に、課長は湯呑みを一つ取り、『はーいお茶』とお盆を部長に、部長も湯呑みを一つ取り、『はーいお茶』と社長に。社長はお盆の上に残された湯呑みを取り、飲んだ。おそらく、社長が飲んだお茶の中には、デスソースの類が入っていたのでしょう」

「あのお茶の辛さといったら、すこぶる辛かった。今もまだ、舌が痺れておる」と社長があかんべえをする。

「デスソースが入っているのではないか、と、課長さんはすぐに、気がつかれたようですね」

「ええ、だから、皆に動くなと、言って」と課長が得意そうに言う。

「デスソースの容器がどこかにあるはずだ、と課長が言うもんだから」と部長。

「みんなで大捜索」と平社員。

「ゴミ箱から、書類の間一枚一枚。スーツのポケットまで、隅から隅まで探したんです」と事務員。

「液体を運ぶには、必ず容器が必要。だと思ったんですが、結局何も見つからず」と課長。

「探し物が見つからないとき、本当は見つけたのに、それに気がつかなかった、なんてことがあります。そういえば事務員さん。お茶汲みは、いつも、あなたの仕事なのですか?」と探偵が尋ねる。

「ええ、まあ、一番席が近いですから」と事務員。

「その他に、いつも、あなたが、あなただけが任される仕事はないですか? 例えば、コピー取りとか?」

 そう詰め寄る探偵に、事務員は、何も返さなかった。



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