交錯回想
蟹文藝(プラナリア)
食べる君
「なんだろうね、こういうこと言っちゃいかんってことはわかっとるよ。」
君が笑いながら口を開く。
「クズは嫌いといいながらも、私はクズなんやと思うよ。彼氏にする気はないけど、私のことだけを見て、好きでいてほしい。みたいな。そんな感情があるんよ。」
嘘をついているようにも、冗談を言っているようにも思えなかった。
遠く君の存在が離れてしまった。私は自分の浅ましさを痛感する。
男性に対してすら、そうなのだ。
ましてや、女の私など彼女に好いて貰える訳が無い。
優しくしていれば。話を聞いていれば。毎日一緒に食事を摂っていれば。
そうすれば私のことを好いていてくれるのではないか、なんて。
そんな淡くて汚い希望を押し付けていた。
ふと、彼女の作ってくれた夕食に目を落とす。
義理、か。義理なのか。
私はこんなにも貴女を思っているというのに。
私をただの同居人と、ただの女、と。そう思っていたのか。そうか。
「どうしたの?そんなに思い詰めたような…。」
彼女はカラカラと笑う。
「あ、いや…。 」
いつもの彼女だ。背を預けて甘えたくなるよな笑顔。
どうしようもなく、心臓が苦しくなる。
私が男であれば、そうだったならば、彼女の恋人となって心を満たしてやれただろうか。
箸が止まったままの私と対象的に、彼女はどんどん食べ進めてしまう。
「お肉もーらい!」
「あ、どうぞ。」
貴女はいつだってそうだ。
振り回されて、止まっている私から悪戯に盗んでいってしまう。
許可を取っているようで、取っていないまま。
切なくて、奪い返してしまいたい気持ちと
もう、好きにさせてしまおうという気持ちが半々だった。
「ふぁへはいほ?」(食べないの?)と不思議がる彼女を見つめながら私は考える。
私は貴女の世界から消えたほうがいいのだろうか。
それは、私のエゴなのではないだろうか。
脳内で、葛藤して、ぐちゃぐちゃになる。
「…君は、どうしたいの?」
頭に浮かんだ疑問が口をついてでた。小首を傾げて貴女は答える。
「せっかく作ったんだし、食べてほしい…かな。冷めないうちに。」
うん、そうだったね。と料理を口へ運ぶ。
生姜焼き、貴女の得意料理。少し焦げているのが愛らしい。
私は貴女の全てが、欠点すらも愛おしい。
もっとも、彼女のすべてを知っているというつもりは一切ないのだが。
「美味しいね。やっぱり君の作る料理が一番だよ。」
やだもう!と手を振りながらニコニコしている彼女は何も知らない。
弱いふりをしてずっと貴女が私から離れないようにしているのも、
たった今、「一番」の後ろに好きを付けそうになったことも。
料理という盾の後ろで貴女に好意をぶつけようとしていたことも。
妙に熱意が入ってしまって、強調してしまったことも。
私が料理を半分くらい食べ終えたところで彼女は全部食べ終わり、皿を片付けてしまった。
扉を開けて部屋を出ていく彼女。
響く秒針、陶器と箸の音。
一人になると、途端に食べるスピードが上がる。
だって、何も考えたくないから。
腹を満たせば、何かが変わる気がする。
そんな気持ちで口を動かす。
温かい、冷たい。幸せだ、死にたい。
早く戻ってきてほしい。そんな貴女なら嫌いだ。
いや、やっぱり、大好きだ。
馬鹿だ。
扉が開き、君が来る。
私の左の太ももに両手を置き、茶色の瞳で私を見つめる。
眼鏡のフレームが私の二の腕に食い込んでしまいそうだ。
「なんですか。」
ううん、と首を振る彼女。
残りの白米を口に詰め込み、噛む。
鼻腔に広がる、彼女の匂い。
彼女が胸の中で何かを呟く。熱っぽい声が聞こえた気がした。
「ん?なんですか?」
「…して」
「聞こえない。」
本当は聞こえなくても、わかっている。
貴女が何を望んで、何を欲しているのかぐらい。
胸に顔を擦り付けてくる彼女の方を掴んで引き剥がす。
「ゔぁああ…」
エッジの聞いたうめき声で反抗してくる。
「片付けてくるから、ちょっと待ってて。」
膝にいる彼女を地面に降ろそうとすると、擦り付けるように身体を寄せてくる。
断ろう。そんな関係じゃない。同性同士だ。
「あの、今日は無理で。」
「さっき待っててって言った。」
食い気味に涙声で訴える彼女。かわいい。
「やめてください。本当に無理だから。」
泣き出してしまった。大粒の涙が胸元に落ちて服の中へと転がり込む。
こそばゆい。ああ、なんて愛おしい。愛してる。
若干強めに背中をトントンと叩きながら慰めてしまう。
断ったのは、私なのに。拒みたくはないのに。
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